かばねとみつげつ

 乗組員は三人いたが、一人が奇病に侵され、また一人はそいつに貪り食われると、既に俺一人だった。航海士は肉片になって漂っていても、宇宙船は自動で進む。テクノロジさまさまってやつで、そこはいい。問題は、いわゆるゾンビとなった大河原が医学的には死んでいないらしい事。よって船内規定に照らす通り、彼女と俺は仲良くやらなければいけない。
 テクノロジさまさまってやつで、破ると俺の方が安全服に更迭される。今日的に言い換えれば、餌になる。

 彼女、大河原がなぜ航海士の浦崎を捕食できたのかは、単に彼らができており、なんというか、行為中だったからだ。流石にその際のあれやこれまで加害とみなされてはたまらないので、自分ともう一名の同意のもとでいったん保護機能を切るのが普通だ。普通なら別に知った事ではない。逃げ場のない野郎ひとり差し置いて、彼らが日に何度、昼寝だとか気分転換だとかでいそいそ離席していこうが、全然全く知った事ではない。けれどその挙げ句がこれで、俺の命にも関わる事態となった。

 仮にも船医として、病原体を解き明かしておきたくはあったが、彼女は船外まで出張る整備士であり、さほど用心深くもなかった。二対一で投棄させた、山のような宇宙デブリのどれかとともに持ち込んでしまい、現状では彼女、ベッドで眠る権利を奪ったミンチド・浦崎、これら以外から感染する心配はないと考えておこう。というか、そうでもなければやっていられない。

 最後に映像機の目を俺のドアップから、現に血みどろの寝室へ、顔面蒼白の大河原へと移す。二十日後にさしかかる通信可能域で、大河原の錯乱を上に聞き入れてもらう為の陳情を、俺は録り終えた。ギリギリ朝礼に間に合った。


 扉の開閉ボタンを押す。二酸化炭素を嗅いで、大河原がはしゃぎ出す。宇宙メガネがずり下がったままだ。
 朝礼中の30分は談話室に居なければならない決まりだ。彼女はどう見てもゾンビ畜生だが、向き合って親交を深めねばならず、何者にも拒否権はない。ボコボコにしてトドメを刺したいがそれも許されない。
 ……俺に横恋慕のようなものがなかったとは言わないが、よくある航海病の一つだ。

・・・・・

「大河原君、熱はないかな?」「だうー」
「何か食べたかったら言ってね。当てて見せるよ!」「ま、ま、ま、ま」

 テクノロジさまさまってやつで、会話が成り立ってる必要はない。埋め込みスクリーンにゴキゲンづらのバカAIが出て、はやし立てる。俺たちは備え付けテーブルの周りをぐるぐる回り続けた。鬼ごっこの常套手段。

 しかし、これは10分かそこらで突破される。彼女は短いながら記憶する頭があるようで、テーブルへ膝を引き上げ始める。だらしなく乾いた口が迫る。初日は震え上がったものだ。

「君が積極的になってくれて嬉しいよ!今夜ヒマかい?」
 ブッブー。セクハラがあったので、AIがメソメソしてCP(コミュニケーション・ポインツ)の減点を告げる。浦崎は言いたい放題言ってたけどな。俺は彼女の体が乗り切るのを待ってテーブルの下に潜った。

「よのよおおとで」「なあAI!アーケードゲームモード」
『がってんしました』

 机が半透過し、レトロチックな星空の中を泳ぐ孤独で直角二等辺三角形の自機が浮かび上がった。反転したタイトルロゴと同時に、ほつれた血染めのセーターとへそが見えた。腰から下はテカった安全服一丁だ。俺は凝視してしまってから目を背けた。

 足首に冷たいものが垂れる。
「うおっ!」
 引っ込めると、大河原のささくれた指先が、俺の足がはみ出ていたあたりで空を掻いた。垂れていたのはヨダレ。えんがちょ!


 机から這い出した。大河原は俺を見失ってる。卓上を右から左へスワイプ。宇宙戦闘機がミュータントの擬態惑星をよける。ダブルタップ。ちゅどーん、とボムが炸裂。大河原の尻がぷるっとする。CP回復。なんでだよ。
 俺が吹き出すと、大河原のCPにも加点が付いた。ウスラトンカチAIが浮かれた曲を流し始める。彼女がテーブルから落ちたところで、俺はゲームと合成スナックを放っぽって距離を取る。忘れるな、油断して得のある状況じゃない。


「なあ、俺さ、すっかりバカ丸出しだよな」
 AIは加点も減点もしない。
 起き上がって、ゾンビは首が変になっていた。安全服の機能が最後に解除したっきり働いていないからだ。そして答えた。
「あかつね、ぬがっ」

 その日の朝礼は、無事に終わった。

・・・・・

 大河原を閉じ込めて医務室に帰った俺は、なんとなく映像機の記録を見返して過ごした。足首は脱脂綿で拭いたあと、滅菌槽を通した。
『牧村くん、お誕生日おめでとー』『よかったなァ!モヤシ!』浦崎だけムカつく。やっぱりアイツがゾンビじゃなくてよかった。半殺しぐらいでよかったけど。
 数字の関係上、夜が来て、照明がブラックアウトしていった。

 そこは地球の草原で、やわらかい肉だけの生き物が大勢いる。動くとかわいらしいし、すごく触り心地がよさそう。ついつい確かめたくなる。俺が触ろうとしたら、そいつは身をかわしてしまう。俺は追いかける。肉は逃げ惑う。追い詰める。捕まえた!とたん、そいつは冷えて強張った。最低最悪の触感だ。鳴き声まで気色悪すぎる。なんだこれ。そんな……なんだこれ……

「ねでででで」
 俺は椅子で眠りこけていた。左手が誰かの胸に当たっている。俺じゃない誰かってのは、一人をおいて居ない。脈なし。スーッと血の気が退いた。

「がそ!」
 大河原は噛んだ。俺が性犯罪をやめる方が早かった。


 重い棚や解析装置を医務室のドアにつっかえたものに対して、彼女は全身を打ち付けている。まだ平気だが、やり続けられたらわからない。
 そうなのだ。彼女はたまに、談話室のボタンをうまいこと押して迷い出てくる。念のため、医務室にこもったら正面も裏口も塞ぐのだが、俺とキャスター付きの椅子はわざわざそこへ近寄って、手はおあつらえ向きに棚の隙間へ伸びていた。今度から寝る前に自分をデスクの下にしまおう。それはもうきっちりとしまおう。

 隙間からうごうごしている様子が覗く。
「ええめええ。いせいせ」
 心臓を落ち着かせる。まあなんだ、ちゃんと予防線が活きたんであって、ただミスった訳じゃない。俺は部屋の疑似重力をいっとき弱めて、逆側のバリケードを崩した。彼女は棚ごとつんのめり、俺の安全服からは未必の故意を警告するブザー音。さて寝直しだ……じゃねえや、閉じ込め直しだ。俺は廊下を明るくし、大河原のいる側の出入口へ回り込んだ。彼女は誘えばすんなりついてくる。食欲に忠実で、眠らない。

・・・・・

 半覚醒でも人は、性欲が働いたりする。飢えに苦しむ彼女はいるのだろうか。考えないことにしようと思う。ゾンビ哲学って専門外だし。

・・・・・

 彼女を0G運動室に誘導してみた。流石に整備士だけあって、機敏になった。二度とやらない。

・・・・・

 よだれの解析結果が出た。どちらかと言うと生きていそうだが変性してもいる。元に戻るかは、捕まえて調べてみないことには。
 しかし彼女は俺をぶっ殺せるし、俺からできるお返しはナンパぐらい、と来た。いっそ彼女がエイリアンだった方が俺の服はまともに守ってくれるんだが、安全服を着た同士では、加害抑止が強く、着用者への被害はあまり防止してくれない。まったくテクノロジさまさまだぜ。いかにさりげなく事故死させるかにでも知恵を絞った方が生産的である。殺して死ぬものかもまた、怪しい。

・・・・・

 備蓄庫から保存食を持って来て、色々と戻して談話室へ投げ込んでみた。うち数個には当てずっぽうで薬を盛ったりも。床が汚れただけで無反応なのでやめた。

・・・・・

 これまででも抜群にわかりたくもないことがわかってしまった。彼女はなかなかひんぱんに『たかつねを脱がせて』と言っている。たかつねは浦崎のファーストネームで、脱がせて、は安全服の解除リクエストの砕けた言い方だ。ああなる寸前の記憶が反復されているらしい。俺にできることはない。
 熱愛されてる浦崎君はといえば、空気と重力を抜いてあってもちょっとニオいそうな見た目になってきている。措置は現場を保存する為で、何も野郎に配慮したのじゃない。船外活動用のゴツい装備を借りられれば、もう少し見苦しくなくしてやれるんだが。なんせ廊下を通るたび俺の食欲が減退してく。

 ……でもさ、腹上死だなんて、地球外死因幸福度ランキングがあったらだいぶマシな方じゃないのか?

・・・・・

『牧村様もうあと5分で朝礼です』わかってらこの。ガタガタ言うな。俺がどんな気持ちで。

 入るなり俺は言う。
「なあAI、明るい曲。脳筋の浦崎がいかにも好きそうなやつ」
『がってんです』船員への悪口でCP減。


 俺と彼女しかいない部屋に、浦崎がリピートしまくってたBGMが流れ始める。

「たかつぇよ、ぬがてて。たーつねお」
 はは、言った。ちょろいもんだ。尻軽め。

 俺はルーチンワークで逃げを打つ。しかし傷んできているな、大河原。色々ひん曲がったままだし。手も荒れてるし。目玉しぼんでるし。あちこち剥けてるし。内臓はみ出てるし。はあ。俺、こんな子に少しでもなびいてたのか。気さくだったとか、趣味がおかしいとか、誕生日祝ってもらったとか、そんなのでさ。


 誕生日祝ってもらったとか。誕生日祝ってもらった?あん?


「なあAI、うんこだ」
 途中退室は認められるが、朝礼30分の計測も止まり、度が過ぎると更迭されるので、サボれる訳ではない。俺は映像機とダンベルを取りに行った。最後に思い立って、掃除機も。

・・・・・

「たかつねぬ……たかねつが?して。ぬぐ」
 大河原ゾンビは裂けたセーターを引きずりながら呟いている。実にハレンチな格好だ。俺は声に出した。マジにそうだった時はAIは聞き咎めない。

 俺は映像機を再生した。特に、ある時点からある時点をループ再生した。『牧村くん、お誕生日おめでとー』の『牧村くん』だけを。大音量で。


「がし、たか『牧村くん』てぬおおお。『牧村くん』ね。かかたてがしがおつねねか。『牧村くん』おぬがして」


「聞いたな。俺を脱がせ」
『がってんしました』
 クソバカアホカスマヌケフシアナAIが反応し、俺の安全服の機能が解かれた。

「なあAI。ここを無重力に」

『がってんしました』
 大賢者AIが反応し、ダンベルが浮いた。大河原は教本通りきれいな弧を描いて掴みかかってくる。俺が投げたダンベルは、彼女の左手を引んもいでっただけだ。俺は反作用で回転後退して壁にぶち当たった。「俺たち、引かれ合ってる」セクハラ減点。彼女の汚い口に、牧村くん牧村くんうるさい映像機を無理くり詰め、全力で蹴っ飛ばす。彼女の血の玉がテーブルにパタパタと落ち、宇宙戦闘機が拡散レーザーを放つ。ぱわわわわ。ちゅどーん。
 予備のダンベルは命中し、頭蓋骨が爆ぜた。


 とうとうついに、大河原は俺に見向きもしてくれなくなった。いいや、ハナからずっとそうだったさ。

 AIがメソメソして、スクリーンから大河原の名前が消えた。自動的に『牧村くん』を第一位に繰り上げたあと、コミュニケーション・プログラムはダウンした。


 重力を戻す。俺は軽く掃除機をかけ、朝礼時間をやり過ごした。未知の病気の検体を、勝手に処分した言い訳は?ええとほら、痴情のもつれ。それから全身を洗い流した。女のコとの楽しいランデブーのあとには、サッパリしたくなるもんだろ。


・・完・・


・・ひっしゃすんぴょう・・
 昨年度の逆噴射小説大賞に5本目で出そうとしていたが「ゾンビ二本目だし」「ゾンビと宇宙船程度やり尽くされてそうだし」「童貞こじらせてるし」「SF知らんし」「状況設定に矛盾が」「こむずかしくしてるのは俺では?」「ちょ今忙しいんで......END OF MEXICO............た。ところでぶこうすきーのパルプ読んでみてる。面白(リューク)

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