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20歳、寡黙な父との晩酌。


柳美里『JR上野駅公園口』
まだ読み途中ですが。
読んでいて思い出したことがあるので書いてみる。
長いです。

今私が読んでいるところは、
主人公の男性が二十一歳の息子を亡くし、その葬式のシーン。
(その息子は、今の私の年齢と近くて、しかも苗字は「森」という。)
父である主人公の心情が描かれている。

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自分の父のことを思い出した。
私の家族は私も含めて全員シャイだけど、父は特に寡黙で、ほぼ喋らない。
それが原因でよく母と喧嘩になっていたりもするが、
とにかく何を考えているのかわからない人だ。
私が東京に出てくる時も、「まあ、がんばれよ」
とだけ言って送り出してくれた。
賛成とも反対とも言われなかったので、私もなにも気にせず、とくに深い話もしなかった。

父は私にあまり興味を示さないようなので、私も父に興味を示さなかった。
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でもハタチになって、夢ができた。
「父と晩酌すること。」
父はいつも夕食の前に晩酌をする。
北海道にしか売ってないらしい、4リットルくらい入ってる安い焼酎と、簡単なおつまみ。
釣りが趣味なので、秋にはシャケを釣ってきて、自分でとばを作ったりしている。わたしはたまにそれをもらって食べたりしていた。子供の頃から、父のおつまみをもらうのが好きだった。
ひとり、寂しいのか寂しくないのか、呑んで、
お酒は強くはないのですぐ酔っ払って真っ赤になって、ダル絡みしてくる。
中学生高校生のときは、ちょっとうざったかったけどね。
でも親元を離れて、すこしはありがたみがわかった。
だから、あの父の晩酌にひょっ、と参加して、
たまには話を聞いてあげられたらなぁ。と
成人式の為に帰ったときに思った。

今年の正月、それがやっと叶えられた。

「今年はパパと晩酌するぞぉ」と意気込んで飛行機に乗る。
父が新千歳空港まで車で迎えにきてくれるらしい。
「どんな話をしよう」
「お礼に缶コーヒーでも買って渡そうかな」

待ち合わせの駅に着くと、すぐに父がいた。
缶コーヒーが売ってる自動販売機に着く前に父に会ってしまった。
そのかわり父の方から、缶コーヒーとかりんとうを貰った。
えっ…珍しい…。笑
父とは顔がすごく似てるけど、やっぱり考えることも似てるんだなぁ。

車に乗る。
「北海道は寒いべ?東京はあったかいべ?」
ちょっとした会話のキャッチボールをする。
私からもボールを投げた。
…。
だけど返ってこない。
わたしはいつも声小さいから、聞こえなかったのかな。
また話しかける。
でも返ってこない。

父は、幼い頃に高熱を出して、片耳が聴こえづらいのだ。
年齢を重ねるたびにどんどん聴こえなくなっているようで、何年か前補聴器を買っていた。

そうか…。
もうそんなに聴こえなくなっているのか。
去年の3月で60歳になった父。
60歳か…
東京に行って離れて、わたしも大人になったけど、同じく父も歳をとっているんだなと改めて感じた。
悲しいような寂しいような気持ち。
まあでも、父の家系はみんな長生きなので心配はしていない。

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年が明けて、東京に帰る日が近づいてもうあと1回しか一緒に夕飯を食べられなくなった。
父もたぶん聴こえないから話すの億劫そうだし、晩酌はできないかなぁ、と思っていたら
父が今年釣ったシャケの燻製を出してきた。
すごい臭くて固かったけど味は美味しかった。
それを食べながら、乾杯をした。

テレビは長谷川博己のファミリーヒストリーだった。
酔いが回ってきた父はそれを見ながら、自分たちの先祖について話しだした。

森家の家紋は、“軍配”なんだよ。
へー。軍配。相撲の審判が持ってるやつ。
だからオレらの祖先は、毛利家の家臣だったかもしれないんだよ…。

父のお父さんとお母さんの話も聞いた。
北海道で開拓、農業をずっとやっていたらしい。
戦争も経験してるけど、その話は聞いたことがないらしい。話したがらなかったと。
父の出生地が奈井江じゃなくて留萌だってのも初めて聞いた。
全然聞いたことない話ばっかしてくれた。
ほんとに珍しい。嬉しかった。

最後にひとつ、父の人生観のようなものがポロッとこぼれた。

「最後死ぬ時に、いい人生だったなあ。と思えばそれでいいんだよ。」

わたしから見て父はあまりに淡々と生きているから、こんなこと思ってたんだ、と内心驚いた。
そして、

「だから、今貧乏でも、どうにかなる。どんな人生でも死ぬときはだいたいよかったなぁって思うんだから。」

直接は話してないけど、今の私の辛さをわかって言ってくれたのだろうか。
今までなにも言われず、応援されてるのかされてないのかわからなかったし、母もそんな父に呆れていたけど、
実は私と母の電話を片耳で聞きながら心配してくれてたのかなぁと思うと、あったかい、ありがたい気持ちになった。


この気持ちを、わたしはこの小説を読みながら思い出していた。
父は今日も静かに暮らしているんだろう。
祖父と祖母が北海道を拓いて、そこに父が生まれ、母と出会い、わたしが生まれ、そして今ひとり東京の電車に揺られている…

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