マリーアントワットとじゃがいもの花

地味な制服の下にこっそり仕込むそれだけが、私の自尊心を保ってくれる。
癖を無視して別の仕事のために切った整ってないショートともボブともつかぬ髪型、強度近視用の眼鏡、100均で買った白いマスク。マスクの下は全部石鹸で落ちるコスメで化粧しているけれど、眼鏡とマスクで隠れるから意味がない。

休日のスーパーは尋常でない混み具合である。5年もここに勤めているのに、私は一向に商品をかごの中にうまく配置出来ない。片付けられない女だから悪いのだ。家を片付ければ、きっとかごの中に入れるのもうまくなるはず。
そう思っているけれど、片付けが習慣化出来ない。じゃがいもと玉ねぎ、1個20円。おひとりさま10個まで。そういえば、マリーアントワネットとじゃがいもって関係あったっけ。そんなことを考えていたら、青のりをスキャンしないままレジを通してしまった。大変申し訳ございません、と言いながら慌てて打つ。考え事をしているから悪い。でも目の前の作業から、なんとなく冷たい視線から逃げるように、考え事をしてしまうのは片付けと違い習慣化している。

地味な制服の下に仕込んだそれ。美しい下着。マリーアントワネットを想起させる。繊細な花柄とレース。リボンが谷間を作る。このリボンが谷間を作るタイプは10年前は合わなかった。もう私のデコルテだって削げたのだ。子供に乳を吸われることもないまま、私の胸はどんどん価値を失っていく。
だからせめて、美しい下着を着けようと思った。もう誰かに見せることもない、私だけの下着を。
やっぱりセールでしっくり来ない色でなくて、定価でも奮発してお気に入りのやつを買おう。仕事が終わり、そっと大好きなブランドのページを開いた。
そこには目を疑うような文字が並んでいた。
「このコレクションは2024年春夏で終了となります。今までのご愛顧ありがとうございました」

なんてことだ。と思いつつ、この前店員さんが言っていたことを思い出した。「この価格帯でこのデザインはかなり頑張っているんですよ」と。
それは私でも想像出来る。でもそれならば、もう少し価格を上げてもいいから存続してほしかった。とは言え、ここ数年の私はこのブランドを買っていなかった。
女であることを忘れたいと思った。ユニセックスな服ばかり着るようになったので、胸の形なんでどうでもいいと思った。どんなに金欠でも、下着にだけはお金をかけていたのに、である。また、以前の職場でセクハラセクハラうるさく言われていたのもあるかもしれない。
セクハラの喚起は、男性から男性へが基本だった。女性がするセクハラだってあるわけだが、そこは聞きづらい。お客様が不快に感じたらもうそれはアウト。それならば、体のラインが見える服だって難しいのではないかなどと余計なことを考えた。
ああ、そんなこと言ってないで、ここの下着をちゃんと買えば良かった。何もない私が、マッチングアプリで「スーパーでレジ打ちしてます」と言うと切られる私が、唯一自尊心を保つ方法が、美しい下着をつけることだったのに。

私はカートの中にあったセールの商品を消し、そのブランドで自分に合いそうな商品だけを買うことにした。毎日はつけられない。忙しいと思う日にだけ、つけよう。
冷たい目を向けられたって、誰にでも出来る仕事をうまく出来なくたって、私にはこれがあるからね。かかってきなさい。


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