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知らない人と大羊

 学校から帰ると、うちの庭に変な羊がいた。
 すっごくでっかいし、毛が緑色。なんだろこいつ、と思ってランドセルを背負ったままじろじろと眺めていると、羊の背後から、知らない人が顔を出す。
「お、君がタカシくんかな」
 知らない人が、僕の名前を知っている。……って事は父さんの友達か。
 僕の父さんには、しょっちゅういろんな人と仲良くなっては家に連れてくるという癖がある。今回もそれだろう。と考えていると、その父さんの声が僕の背後から。
「タカシおかえり。お客さんに挨拶したか?」
 振り返ると、なにやら茶色い大きな袋を抱えた父さんが僕を見下ろしている。まず父さんに「ただいま」と言ってから、知らない人……お客さんの方に向き直って、「………………こんにちは」と呟いた。
「こんにちはタカシくん。あ、それが牧草ですか、すみませんねどうも」
 僕に挨拶を返してそのまま父さんと話し始めたお客さんから逃げるように、僕は、家の中へと駆け込んだ。そう、父さんの社交性は、僕には遺伝しなかったのだ。
 どうやらお客さんは旅人で、でっかい羊は「大羊」と呼ばれる種類らしい。
「俺の故郷には、年頃になったら大羊と旅をするって風習があってな。俺も若い頃に故郷を出て、それからずっと旅を続けてる。この暮らしが性に合ってんだよな」
 そんな話を、晩ご飯を食べながら聞いた。僕が質問しなくても向こうからべらべら喋ってくれるのは、ちょっとうるさいけど楽だ。旅人さんは僕の家で晩ご飯を食べ、お風呂に入り、父さんと晩酌をした。今夜はうちに泊まるようだ。
「タカシくん、大羊を見るのは初めてだろ? どうだ、撫でてみるか?」
 旅人さんがそんな事を言ってくれたけれども、僕は妙な気恥ずかしさから首を横に振って、自分の部屋に閉じこもった。読み飽きた漫画を読んで、やりたくもない宿題をして、ベッドに潜って眠り……それからふと、目が覚めた。窓の外では月が輝き、庭では大羊がすやすや寝ているのが見える。僕は、こっそり庭に出て、寝ている大羊におずおずと近付いて、そっと触れてみた。
 大羊は、とても、ふかふかしていた。

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