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月山文庫改装中

「あれぇ?」
 その日タカシくんはいつものように漫画を立ち読みしようと思って、移動書店月山文庫の前まで来ました。
 けれどどうした事でしょう、月山文庫の扉が閉まっています。と言うのもですね、ここの入り口の扉って、いつもなら営業中は常に開けっ放しになっているのですよ。でも、今日は閉まっている。そして、扉には何か、貼り紙がしてあるようです。

  改装のため臨時休業

 紙には、そんな言葉が書かれていました。
「……やってないって事?」
 そんなタカシくんのひとりごとに。
「やってないって事だねぇ」
 背後から返答がありました。
 タカシくんが振り向くと、そこには女性が立っています。
 女性は、ここの店長の友達だと名乗りました。たまに店の手伝いもしているそうです。言われてみれば、タカシくんは彼女を店内で何度か見かけた事がある気がします。
 そして女性の方も、タカシくんに見覚えがあるようでした。
「あっ、よくお友達と漫画読んでる子だ! 今日はひとり? 友達は? 絶交した?」
「してないしてない。今日はトモ……友達はサッカークラブの用事、です。あいつサッカーしてるから」
「そうなんだねえ」
 と、会話をしていた時。
 ガコン!
 月山文庫の扉の向こうから、大きな音がしました。なんだろう?
 女性は「おっと」と呟いて、扉へ近付き、そしてそこへ耳を当てます。
「忘れるところだったよ。アタシ、改装の様子を聞きに来たんだよね。……うん、順調、順調」
 様子を……聞きに? 見に、ではなくて? そう思いながらタカシくんが女性の様子を眺めていると、女性がタカシくんの方にちらと目をやり、ちょいちょいと手招きしました。
「君も、聞いてごらん」
「……?」
 タカシくんは女性の真似をして、扉に耳を当てます。すると、扉の向こうから。
 ゴウン…ゴウン…ゴウン…ゴウン…。
 何か、機械が動いているような、低くて鈍い音が聞こえてくるのでした。
「これ、改装の工事の音?」
「そうだよ。今この本屋さんは作り変わっているんだよ。工事が終わったら、このお店はガラッと変わるよ。今までとは別物になるよ」
「……変わるの? 今までどおりでいいのに。ここ、僕好きだよ。広くて漫画がたくさんあるもん」
「そぅお? 変わるのも楽しいのになあ」
 ゴウン…ゴウン…。音は鈍く響いています。
「ほら、今までは小さい店から倉庫直通だったでしょ? それが店部分を増やして、倉庫との接続は形を変えて、そうやって新しい月山文庫になるんだよ」
「……???」
 倉庫? ここ、倉庫なんかあったっけ……とタカシくんは思います。自分達客からは見えないところにあるのかな?
「ほらさぁ、君、漫画フロアによく通ってるでしょ」
「あ、うん」
「あれがね、漫画用の倉庫」
「うん?」
「漫画倉庫とか、小説倉庫とか、それぞれの本をいっぱい並べてある倉庫に簡易レジを置いたのが、君達が普段使っていた『漫画フロア』や『小説フロア』だよ」
 ……?
 え、あそこ、倉庫って事?
 いつも検索機からワープして入っていたあの広くて本棚がいっぱいある場所、店じゃなくて倉庫って事?
「ここのオーナーはね、店をどんな形にするか決められなかったんだって」
「お友達の人?」
「友達は店長。オーナーは別の人だよ。……それで、だからねぇ、お客さん達に店の形を決めてもらう事にしたんだってさ。しばらくは倉庫直通で、本を買ったり立ち読みしたりしてもらってさ、ここではどんな本が人気かなとか、椅子をもっと置いた方がいいかなとか、喫煙所を広くしようかなとか、その場所での需要に合わせて、店を変えていく形にしたんだよ」
 じゅよう……学校の授業中に聞いた気がします、ジュヨウとキョウキュウ。
「で、どんな風に変わるの?」
「わかんない! ……アタシも誰も、どう変わるのかわかんないんだよねぇ。顧客データを自動で参照して自動で変化していくシステムだからさ」
「お店の人もわかんないの?」
「お店の人もわかんないの」
 そんな事もあるんだなあ、とタカシくんはぼんやり思いました。
 えーととにかく今は改装工事をしてるって事だなとタカシくんは理解しました。
 どんなお店に変わるのかな。やっぱり別に変わらなくたっていいと思うけどな。でも僕としては、とりあえずは、漫画が読めればそれでいいかな。
 そんな風に、タカシくんは考えていました。
 扉の向こうでは、ゴウンゴウンと音が響き続けているのでした。

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