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走っている

 走っている。
 俺は走っている。
 どうして走っているのかはわからない。理由なんて忘れてしまった。理由なんてないのかもしれない。ただ俺は訳もなく道を駆け抜け続けるのだ。そう考えてみる。どうもピンと来ない。理由というか何というか走り始めるきっかけというものくらいはどこかにあったのではないだろうかと考えてもだがわからない。やはりわからない。何もわからない。というか俺は今どこを走っているのだ。どこの道だ。コンクリートで舗装された道だ。細い道だ。まっすぐ続いている。いや、ここは森の中のうねうねと曲がりくねった少し泥のようにもなったべちゃべちゃとした走りにくい道だ。森? いや山だ。俺は山の上から来たのだから。いいやそんな筈はない。だって山には車で向かった訳だから山の上から下る時にだってそれは自分の足で走る必要はないのだと俺はスコップに足を引っかけて転ぶ。舗装された硬い地面に顔面が激突し鼻血が出る。
 思考がまとまらない。
 脳みそが暴走しているようだ。昔からたまにこういう事がある。頭の内側がわちゃわちゃとなって叫ぶとか暴れるとか何かとにかくわちゃわちゃしたものを脳の外側に体の外側に逃がしてやらないとどうにもならなくなるのでこれは俺のせいではないのだ。ただ俺にはどうしようもない事なので小さい発狂のようなものを俺はたまにやる。言葉をうまく使えない。しかし言葉とは他者に思いを伝える為のものでありどちらにしろ皆俺の思いなど聞く気がないので言葉を正しく使えなくても問題はないのだ良かった。それで俺は問題なく走る。走るのか俺は? もう良いんじゃないのか走らなくて。俺の脳はだんだんと落ち着いてきたように思える。
 爪のところが土で汚れている。
 何かを掘っていたような気がする。あるいは埋めていたのかもしれない。誰かの死体、思い出のタイムカプセル、美しい花の種。それらしいもの達は頭に浮かぶがどれも違うような気がするし違わない気もする。あの山。どの山。どこかの山の上できっと俺は何かをしていたのだし、多分そこに車を置き去りにしてきたのだと思う。なんだかそんな風に思える。思える。頭が少々すっきりしてきた。してきただろうか? 気のせいじゃないか? 胸の中に煙が満ちていく。煙というのはこの場合嫌悪感に似た感情を指す。悲壮感という説もある。どれだって他者が勝手に言っているだけだ。俺の胸にはただ名前のない煙が満ち俺を走らせる。そうだ。俺は走るのだ。
 俺は走る。
 走っている。
 どこかの道を走っている。
 顔をずきずきさせながら、どうしてこんなに痛むのだどこかにぶつけただろうか、ぶつけたんだった、俺の体は勝手に動くものであるので、俺はただひたすらどうしようもなく走っている。走っている。走っている。

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