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失敗作たち

 僕は同性愛者なのだけど、両親から「孫の顔が見たい」とせがまれており、まぁ、僕も子供は嫌いじゃないし、と考えて赤ちゃんを造る事にした。
 泥をこねて人間の形をつくり、呪文を唱えて魂を入れる。
 昔どこかで買って読んだ本によれば、これで人間が出来上がる……筈だったのに、何が駄目だったのか……どうにもうまくいかなかった。泥が、人の血肉にならない。
 泥は泥のまま、産声をあげた。
「ぼぶうああ ぼぶうああ」
 赤ちゃんの泣き声といえば「おぎゃあおぎゃあ」だと思っていた。実際にはこんな奇妙な声を出すものなのか。……いや。失敗作だからか。
 僕自身も失敗作だ。両親はお金と時間と手間をかけて僕を育てたのに、その結果はといえば、結婚相手もいない、無職の、役に立たない息子だ。いや、仕事は数ヶ月前まではしていたのだが、人員整理でクビになった。次の会社はまだ見つからない。
 ん。もしや。新しい仕事が見つかってから、子供を造る……というのが正しい流れだったのではないか。こういう判断を、僕はよく間違えるのだ。
 いろんな事を間違い続けながら、失敗ばかりの人生を生きている。
 まぁ、でも、失敗でも何でも孫は孫だ。両親に見せてあげよう。
「何その変なのは! 捨てなさい!」
 駄目だった。もっとまともな孫を見せろと言われた。
 泥で出来た僕の息子は……いや……娘か……? 性別すらもよくわからないような僕の子供は、しかし、僕の腕の中で元気に蠢いている。
 この子を捨てるのは嫌だなあ。
 そこで、両親から文句を言われながらも泥の子を育てる事にした。子供は、ミルクを元気に飲み、泥を排泄する。このまま育ち続けたら、やがて両親好みのまともな孫になったり……は、しないのだろう。しょせん、僕の子供だ。
 そんな変な赤ん坊を近所の人には絶対に見せるな、と両親が厳しく言うので、皆が寝静まった深夜にだけ僕は子供を公園に連れて行く。
 ブランコと砂場とベンチだけがある小さな公園で、僕は子供を抱きかかえて小さなブランコに無理やり座り、ささやかに揺れる。月明かりが僕らを照らす。
「ぼぶえあ」
 子供の声を聞きながら、この子の名前を考える。
 そう、まだ、名前をつけていないのだ。
 ずっと考えてはいるのだが、なかなか……決まらない。名付けって難しい。
 上手に造ってやれなかった。せめて名前だけでも、良いものを。と。願うほどに、どんどんどんどん難しくなっていく。
 わからないなあ。正解が。
「あの、なあ、そこのあんた」
 声をかけられた。
 公園の入り口の方、月明かりも街灯もあって夜の公園で一番光の当たる場所に。
 男が立っていた。
 いつの間に。近所の人だろうか? 僕は両親と違ってあまり近所付き合いをしないので、人を見てもどこの誰だかわからない。ただ、あれが誰だとしても。
 絶対見せるな、って言われているのに。
「あのさ、ちょっと、ちょっと見せて顔。あ。やっぱり。イイ顔」
 男はずんずんと僕に近付いてきて、僕の顔面をじっと見て、そんな事を言う。
 赤ちゃんじゃなくて僕の方を見ている?
 と、思っていたら男はやはり子供の方も見た。
「あー……あんたの子?」
「あ……はい」
「だよなぁそりゃそうだよなぁ既婚者だよな」
「あ、僕独身……ではありますけど」
「独身。独身? 恋人は?」
「いませんけど」
 男はガッツポーズをする。至近距離で見ると、男は僕と年齢はそう変わらないように思えるが、格好はちょっと……僕より……派手というか、チャラい。
 怖い。
「ちなみにあんたって男はイケる人?」
「男しかイケませんけど」
 再びガッツポーズ。なんかちょっと面白くなってきた。何が面白いんだろう僕は。今の今まで怖がっていたのに。感情ってたまに勝手に動くよな。僕だけだろうか。
「俺、どう?」
「どう、っていうのは」
「ひとめぼれしたんだよ俺、だってあんた、自殺した弟によく似てるからさ」
 僕は、少し考えて、首を横に振った。
 男は、残念そうにため息を吐く。
 だって僕の好みは、年上の落ち着いた感じの人なのだ。彼は違うから。
「……ちょっとお喋りするのはいい?」
「いいですよ」
 どこの誰かもわからない男は、楽しそうな様子で僕にいろんな話を始めた。優秀な兄と不出来な自分っていうエピソードにはちょっと共感した。僕に兄はいないけど、他者と比較されるって事はある。あの家のあの子はあんなに優秀なのにお前は、っていう風に怒られたり馬鹿にされたり。
「そんで弟が死んでからは兄さんと俺だけになった訳でさ、あ、そういや」
 自殺っつっても騒がないやつ珍しいなあ、と男は言う。
 自殺……? あ、弟さんが自殺したとかどうとか話していたっけそういえば。
 騒ぐも何も、僕の不出来な脳みそでは相手の話をスムーズに処理するのが大変で。あの時は、確か、「ひとめぼれ」のワードにしか返答できなかったってだけの話で。別に、気をつかって弟さんの事に触れなかった訳では……いや、むしろ、触れた方が正解だったりするんだろうか。正しい会話が僕にはできない。
 でも、まともな人は多分、正しい会話をしようとか考えないんだろう。
 ただ、普通に話をするだけだ。それが僕にはできない。
「んでさ、そういやぁその子の名前なんていうの?」
「は。あ。この子ですか。まだ決まってないんです名前」
 自分の子供の名前も決められない。笑うだろうか。
 男は笑顔を見せた。でも、僕を馬鹿にした笑いであるようには見えなかった。
「じゃあさあ俺が決めていい?」
「え?」
「金太郎。強く育ちそうだから」
「却下で」
 駄目かあー俺センスねえんだよなーと呟いて男は落ち込む。
「僕もセンスないですよ。だからずっと悩んでて」
「ふたりともセンスねえならオシマイだな、もう」
 男は笑う。釣られて僕も笑った。
「お、ぶあ」
 子供も笑った。笑ったように見えた。
「おー、可愛い子だな。もっと可愛い名前のが似合うか」
「…………可愛い、ですよね、この子」
 本当に可愛く見えますか? と、聞こうとした。
 僕にとっては大事な子供だけど、客観的に見れば、気持ち悪い姿の筈だから。
 でも、そんな問いかけを口にするのは、この子に失礼な気がして。
 聞けなかった。
「可愛いよ、可愛いよなあ、お前」
 男は僕の腕の中の子供に笑いかける。
 子供も男に笑顔を返す。
 僕は……両親に、まともな孫は見せてやれなかったけれど。
 それでもこの子は可愛いなあ、と。
 そう、思えた。
 
 夜の公園。
 月明かりが、僕ら三人を照らしている。

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