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羊が咲いた

 おばあちゃんの家庭菜園で羊が咲いた。
 野菜を育てている隣で幾種類かの花も植えられているおばあちゃんの畑で、小さな羊が咲いたのだ。僕はてっきりそこに植わっているのはチューリップだと思っていたのに、茎の先に付いているのは花びらではなく真っ白な毛並みをもつ羊の顔だった。
 羊にそっくりな花というものがあるのだろうか?
 しかし、咲いた羊は口からメェメェと鳴き声を発し、目をギョロギョロと動かしていて、どうも生きた動物としての羊に見えた。それも、ちょっと不気味さがある。
 だけどおばあちゃんは嬉しそうだ。
「見てみぃ、元気な羊の顔だで」
 と、おばあちゃんは言うので、どうもこれは僕にだけ花が羊に見えている訳でも、おばあちゃんが羊を花と思い込んで育てている訳でもないらしい。おばあちゃんは、羊を羊として育てている。
 羊を羊として育てている、っていうと、ごく普通の話みたいだな。
 でもやっぱり異常さはある筈なので、僕は咲いた羊を皆に見せてみた。
 しかし母に見せても父に見せても友人に見せても皆口を揃えて「そんなものを見せないでくれ」と言うのみで、不評なのはわかったが、異常なのかはいまいち不明。
 おばあちゃんは皆の声も気にせずご機嫌で羊を育てている。
 水をやったり、肥料をやったり、虫の始末をしたり。
 ご機嫌ならそれでいいかなあと思う。
 家庭菜園は、元々数年前に亡くなったおじいちゃんがやっていたもので、その後を継ぐ形でおばあちゃんが野菜や花の世話を続けている。この話をすると、友人からは「お前も手伝ってやれよ」と言われて、いや僕もたまに手伝わない訳ではないのだがあまりおばあちゃんから畑仕事を奪うのは良くないのだ。言い訳でなく本当に。
 畑仕事をしている時のおばあちゃんは、おじいちゃんが生きていた頃と全く同じ顔で笑うのだから。それを奪うのは、なあ、良くないと思うだろ。
 ……そういえば、おじいちゃんは確か動物の中では羊が一番好きだったような、と思い出し、しかしそれは、羊が咲く仕組みの謎解きには全然ならないのであった。

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