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二つ目のS字カーブにて

初出:Suimy

 もう何年と通い慣れた道に今日も車を走らせる。
 二つの緩やかなS字カーブがある以外は単調な道。俺の人生のようだ。そう思って苦笑する、その思考こそつまらない。はあ、まったく退屈な日々だ。車は一定の速度で進んでいく。
 俺が急ブレーキをかけたのは、二つ目のS字カーブだった。
 建物がある。道路を塞ぐように建っている。なんだこれ。どうしてこんな所に。いやそもそもこんなもの、昨日まで無かった筈だ。車を降りて近付いてみる。たとえばこれは映画か何かのセットで、ただのハリボテなんじゃないかとも思った。だがどうにも本物っぽい。
 店のようだ。看板がある。「SS」と書いてある。しかし何の店だろう?
 どうすべきかと、意味もなく辺りを見回す。どうするもこうするも、この道を通らないと家へ帰れない。しかし道はこの建物が塞いでいる。
 暫く考えてから、とりあえず俺は店に入ってみることにした。
「いらっしゃい!」
「いりゃっしゃい!」
 扉を開けた途端、二人の子供が駆け寄ってきて挨拶をする。片方噛んだな。二人とも同じお面をつけていて、男か女かも分からない。
「突然ですがお願いです!」
「突然ですがお願いでふ!」
 ピエロのような衣装。片方の服はカラフルで、もう片方の子はモノクロ。二人ともがつけている白く丸いお面には、どちらにも「S」と書いてある。
 二人は元気に話を続ける。
「貴方は作り手とお見受けしました!」
「貴方はちゅくりてとお見受けしましちゃ!」
 ところでこの子達、さっきから同じ台詞を順番に言っているのだ。カラフルな服の子が先、次にモノクロの子。同じことを言うなら一人だけで充分だと思うがなあ…ん、ちょっと待てこの子達は何と言った?
「作り手?」
「そう!」
「しょう!」
 この子きっちり毎回噛むなあ…。
「貴方は小説を書く人でしょう? ならば是非ともうちの商品を書いてみてはもらえませんか!」
「あにゃたはしょうしぇちゅをきゃく…」
 モノクロの子が口を押さえて座りこんだ。
「この本をご覧ください!」
 カラフルが、一冊の本を差し出してくる。言いたい事がいろいろあったが、俺はひとまずそれを手に取り頁をめくった。本に書かれていたのは、数々のショートショート。これが、この店の商品だという。ショートショートだけを専門に売っているらしい。あ、店の看板。こういうことか。
 俺に、こういうものを書けと言う。確かに、俺は趣味で小説を書いている――。どうして知っているのだろう? 自分の書いたものを、ここの商品にすると言う。俺の書いたものを、売ってくれると言う。なんとも魅力的な話だ。
 ただ、一つ問題があった。
「俺さ――」
「はい!」
「ひゃい!」

「長編しか書かないんだ」

 交渉は決裂し、俺は店を出た。車のドアを開けたところで、いやだから道が通れないんだってと気付いたが、そこには緩やかなS字カーブがあるだけだった。
 惜しい事したかなと思いながら帰路に着いた。

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