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【七題噺】一月七日の話

#n題噺
【お題】七草粥/七不思議/虹/一週間/七福神/七味/音階

 私の足は炬燵で温まる。
 私の右耳はTVの音を聞いている。
 私の左耳はキッチンの音を聞いている。
「今日はさー、何作ってんのー?」
「何って、言わんかったっけ、七草粥
「え!? 粥!? お粥ぅ!? ……あ、今日って七日か。そっか……」
「作ってもらってる立場で不満そうな声出しやがってよう。まあ足りないだろうから、おかずに唐揚げ買ってきたけど」
「やったぜ。今日のご飯は唐揚げか」
「七草粥だっての。……揚げ物つけたら粥の意味ないよなあ、やっぱり……」
 キッチンに立つ幼馴染の後姿をちらと眺める。
 彼とは昔から仲が良く、幼稚園小学校中学校と一緒に通い、高校で一度離れたけれど、偶然にも大学で再会した。それぞれが今一人暮らししているアパートも割と近かったので、時々、こうしてお互いの家に遊びに行ったり来たり、彼の作ったご飯をふたりで食べたり、くだらない会話をしたりする。
 困るのは、互いの親が(特にどちらも母親が)私達の結婚を期待している事か。
 彼と私はそういう関係ではないし、これからもそうはならない。でも、幼馴染で、ずっと仲良くしていて、男と女で、そうなると、そういう関係を期待されても仕方ないのかもしれない。とはいえ、親の勝手な期待に応えてやる気もない。私達は幼馴染であり友達であり、他のどんな関係でもない。
「もうすぐできるよー……何ぼうっとしてんの?」
「何も」
 TVから聞こえてくる声。適当につけているチャンネル。クイズ番組だったらしい。ひらめき系の。
「……ねー、空の上にあるものって何? 宇宙?」
「ファだろ」
「ふぁ?」
音階、音階。ドレミファソラシドの、ソ、ラ、の前はファだろ。定番問題じゃん」
「へー」
 彼は何でもよく知っている、と私は思う。
「流石小説家志望」
「それうちの親に言ってないよな? せめて何かの賞でもとってからじゃないと絶対反対されるんだから。つか小説関係ない」
「言ってない言わない、関係ない?」
「関係ない」
 というところで電子音がする。電子レンジが呼んでいる。
「あっ、唐揚げできた!?」
「一応本日のメインは七草粥なんですけどもね、チンしただけの唐揚げでそこまで喜ばないでくれる? ほら炬燵の上、片付けて」
「はいはい」
 炬燵の天板に広げていた雑誌を閉じて床に置いて、どこかに置いた筈のスマホを探して見つけてやはり床に置く。
「部屋も片付けろよ……? てか大掃除した……?」
「し……た。一応。私なりに」
「まあいいけど俺の部屋じゃないし。はい唐揚げ」
「わあい!」
「はい七草粥」
「わあい」
「微妙にテンション違うんだよなあ」
 そんなこんなで目の前に並んだ食事を、「いただきまふ」と言いながら食べる。粥、熱い。あふあふ。彼も私の正面で炬燵に足を入れ、はあ温かい、と呟き、いただきますと手を合わせる。
「で、どう、旨い? そういやお粥作ったのすごい久しぶりでさ」
「うまいうまい。唐揚げも旨いよ」
「唐揚げは作ってないんだよ」
 熱さと旨味が喉を通っていく。
「そうだ、小説のネタ出し協力してほしいんだけど」
「あ、いいよ。テーマは?」
七不思議
「また季節外れな」
「今から準備しとかないと夏の公募に間に合わないんだよ」
「小説って時間かかるんだねえ」
「……俺が遅筆なのもあるかな……」
 そうなのか。まあ遅かろうと早かろうと、最終的に面白い小説が書ければそれで良いのではないかと、読む方専門の私は考える。
「あ、音階」
「音階?」
「さっきのクイズ。の、音階。で、思い出した。うちの高校の、音楽室の噂」
「ピアノの音?」
「そっちじゃなくて、視線を感じるってやつ」
 いや、ピアノの方もあったかな? ううん、どうだろう、そっちはあまり覚えてないな。勝手に音が鳴る話を聞いた覚えがなくもないが、楽器はギターだったかもしれない。
「ベートーベンとか?」
「ん?」
「え、いや視線。誰の? ベートーベン? じゃなくて他の?」
「それなんか餃子好きの人だったっけ?」
「? 何の話してる?」
 餃子が食べたいのかと聞かれたので、とりあえず頷いておく。そう言われるとなんだか実際食べたくなってきたし。
「ていうか、そうか、肖像の話してるでしょ。わかった」
「……音楽家の肖像から視線が、って話じゃなくて?」
七福神からだよ」
「七福神?」
「音楽室の隅っこにさ、七福神の置き物があるの。あったの。今もあるのかな。誰かがどこかで買ってきたお土産らしいんだけど、ずっと埃被ってて、いかにも放置されてますって感じのやつ。それが何かを訴えかけるような目で見つめてくるっていう」
「それは綺麗にしてほしいんじゃないかな……?」
 そっちの高校やっぱり変なとこ多いよな、と彼は言う。そうかなあ、と私は思う。
「七福神なー……んー……使えるかな……」
「二宮金次郎像の噂なんかもあったよ」
「動くってやつ?」
「ううん、色に光るやつ」
「虹色に光るやつ!? ……あ、っていうかそっちのとこ金次郎像あったんだっけ」
「あるよ。一宮から五宮まであったかな」
「ん? ちょっとそれ俺の知らないやつかな?」
 俺そっちの高校行けば良かったかなあ、と彼が言うので、行けばいいじゃん、と返す。
「今から高校入り直せって? それとも先生になれって話してる?」
「いや、ほら、深夜とかにね窓を割ってこっそりと」
「不法侵入って言うんだよそれ」
 へえそうなんだ物知りだねえ、と言いながら私は茶碗の七草粥を完食する。
「お粥まだあるよね? おかわり」
「鍋にあるから自分でよそってきな」
 キッチンのコンロ方面を指さす彼。
「へーい。あ、七味かけよ」
「お粥に!?」
「お粥に。え、かけない? 二杯目は味変したりしない?」
「いや……いいけど……俺はかけない……」
 おかわりの為、のそのそと炬燵から出る。寒い。えっ炬燵の外寒い。ぶるぶる震えながら鍋の置かれたキッチンへ向かう、寒い。
「えっキッチン寒い……寒くない……?」
「寒かったよ」
 と、さっきまで寒いこの場所で料理してくれていた彼は言う。
「鍋そっちに持っていかない?」
「狭くなるだろ炬燵の上が」
「床に置けばいいよ。その辺の……雑誌の上とかに」
「本は……大切に……しろ……! あと絶対お前鍋倒してこぼすから床は駄目」
「わかる、私こぼす」
 お粥をよそって七味をかけて炬燵に戻る。ああ、炬燵ぽかぽか。
「あーあー、七草粥が赤く染まって……お前七味かけ過ぎじゃない?」
「合わせて十四草粥」
「合わせるな」
 味が刺激的になって美味しいんだよと私は言う。刺激的なお粥なんてお粥じゃないよと彼は言う。
「七草粥って久しぶりに食べたけど美味しいねえ」
「まあ、美味しいならそれでいいけど……ちなみに前はいつ食ったの? いつぶり?」
「えっとね、……んー? いつだっけ、ていうか私七草粥食べた事あったっけ。なかったかも。初めてだったかも。初めて食べたけど美味しいね」
「適当な奴だなあ……」
 熱さと旨味と七味が喉を通っていく。
「いやあ、あれだね。記憶って曖昧になりがちだよね。あれかな、若年性認知症とかなのかな」
「若年性過ぎないか、おい大学生。てか同い年」
「正月ボケかな」
「年明けてもう一週間経つんですけども」
「一週間って短いよ」
「長いよ」
 そうかなあ、そうかもね。どうでもいいような言い合いをしながら、食事を続ける。
「そうだ、なあ、この家ホットプレートとかあったっけ? 今度餃子パーティーでもするか」
「お、いいねえ。でもなんで餃子?」
「お前がさっき食いたいって…………認知症発症していらっしゃる?」
「そうかもしれない。おじいさん、ご飯はまだかねえ」
「おばあさん、今食べてるでしょ」
 くだらないやりとりが、なんとなく楽しい。

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