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子供を殴る

 俺は、子供の頃の俺を殴る夢を、よく見る。

 俺はあの頃の俺が一番嫌いだ。世界の全てが自分の味方みたいな顔をして、やたらニコニコ笑っていて、そして実際世界の全てとは言わずとも家族も友人も俺を大切にしてくれたと思う。子供の俺は、愛されていた。幸せだった。
 だから嫌いだ。
 虫唾が走る。
 この感情は説明が難しいんだが多分アレルギーみたいなもんなんだ。好き嫌いとかではなくて、体がどうしても受け付けないんだ。今の人生がうまくいっていないからとか、子供の頃の自分に嫉妬しているんだとか、それっぽい理屈は幾らでも思いつくけれどそれらは全て後付けの理屈でしかなくて。
 幸福そうに笑う子供の俺が嫌いだ。
 嫌いだから嫌いなんだ。
 だから殴る。
 力いっぱいに殴れば子供の俺は簡単にふっとんで地面を転がっていく。転がった俺へ更に拳を振るう。一発。二発。三発。四発。
 蹴ったりもする。
 子供の俺がどんどんボロ雑巾のようになっていく。
 足元のボロ雑巾を見下ろして俺は少し救われた気分になる。ああ、こいつはもう、幸福じゃない。幸福じゃないんだ。
 幸福じゃない。
 俺は満足し、
 そして目を覚ます。

 夢から覚めてから数分間はとても穏やかな心持ちでいられる。
 だが、だんだん腹の底から何か嫌なものがこみ上げてきて、俺は洗面所に駆け込みゲエゲエと吐く。唾液だか胃液だか知らないがそんな液体しか口からは出てこない。
 洗面所の鏡を見ると、醜く泣いている俺の顔が映っている。
 そこに幸福な子供はいない。
 それで俺は、ほっとする。

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