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月山文庫

 小学生のタカシくんとトモくんは、ある冬の日、不思議な書店に出会いました。
 どこが不思議かと言いますと、
 まずトラックくらいのサイズの羊がおりまして、
 その羊の体には大きな扉がくっついておりまして、
 その扉を開きますと、その先は本棚の並ぶ書店となっていた、という……。
 これは、そんな、すこしふしぎなお話です。

 タカシくんとトモくんを書店の中に入れたのは、ひとりの女性。
 明るい髪色、赤い眼鏡。彼女は、この店の、店長であると名乗りました。
 お店。書店。月山文庫、という名らしいこの場所は、とても広く感じられました。
 いや、あれ、違うなあ。そんなに広くないです。そうですね、教室くらいの広さでしょうか。狭苦しい訳でもないけど、本屋としてはそこまで広いとも言えません。でもなんだか、何故でしょう、ここはもっともっと大きな場所であるように感じます。羊の大きさとの比較の問題でしょうか。トラックよりは教室の方が広いですし……。なんか違う気もします。他に理由があるような。ううん……。
「レジの準備がまだできてないから、お買い物はさせてあげられないんだけど」
 と、店長さんは語ります。
 買い物をしにきた訳でもないんだよなあ、とタカシくん達は思います。ただ、道路をのそのそ歩く羊を見つけて追いかけてみたら、それが書店だっただけで。……ちょっとよくわからない状況ですが、これはでも、ちょうどいいのかもしれません。だってふたりは今、学校で出された読書の宿題で読む本を考えていたので。ここにはどんな本があるのだろう? 宿題の参考に、ちょっと見てみよう。
 まず、さっき入ってきた扉を背にして、正面、奥の壁。
 壁一面が本棚になっていて、様々な文庫本がびっしり並べられているようです。やはり月山文庫という店名からして、このお店は文庫がメインなのでしょうか。でも、そこ以外の本棚には、確かに文庫もありますけれど、他にもいろんなサイズの本が並んでいるのです。教室くらいの空間に、等間隔に設置されている棚に。ハードカバーとか、画集とか、漫画とか、辞書とか、絵本とか……おやおや、どうも並べ方がごちゃごちゃしています。普通の書店のようにジャンル毎で棚が分かれていなくて、とにかくいろんな本を詰め込んだみたい。
「その辺はオススメコーナーだからね。いろいろ置いてあるよ」
 店長さんはそんな風に教えてくれます。
「店長さんのオススメ?」
「あ、ほんとだ。見ろよタカシ、棚の上のとこ」
 よく見れば、棚の上部に木のプレートがついていて、『オススメ』の文字と、それから、扉の絵が描かれています。
「そこは私のオススメ本のコーナーだね。他の人のもあるよ」
 探してみるとプレートのついた棚は四つ。全部『オススメ』の文字は書いてありますが、絵の方はそれぞれ別々です。今見た扉の絵と、他には、ホウキの絵、羊の絵、山羊の絵。
 扉の絵の棚、店長さんオススメコーナーは、小説が多めでしょうか。漫画もあります。あ、でも、鬼を滅するやつとか呪術を使うやつとかは見当たりませんね……。品揃えが悪いなあと、ふたりは小声で話します。店長さんは聞こえないフリをしています。
 他の棚はどうでしょう。
 ホウキの絵の棚は、写真集や画集が多いです。後は外国語の本とか。外国語はちょっと読めないなあとふたりは思います。
 羊の棚と山羊の棚。これらはどちらも絵本や児童書が多いようでした。子供向けなのでしょうか? しかし子供向けはなあ、自分達は幼い子供じゃないからなあ、と小学生のふたりは思います。いや、別に普段読む分には良いのですけれど、朝読書の時間とかに読むのはね、でも今はもっと、読んでいるだけで「すごいねえ」と褒められるやつがいいなあと思っているのです。ええ、読書の目的や本との向き合い方は人それぞれですからね。ふたりはそんな本を探してきょろきょろします。外国語はちょっと読めないし、ブ厚いのは大変だし、これはなんか難しそうだし、こっちもなんかなんとなくいまいちだし。きょろきょろ、きょろきょろ。
 正面の壁にはずらりと文庫本。
 左側を見るとレジがあります、今日はまだ使えないそうですけど。
 右側にはトイレと……あ、あれは検索機でしょうか。ほら、大きな書店で、目的の本を探す時に使うあれ。……ここはさほど広くもない店ですが、検索機が必要なものでしょうか。
 検索機の置かれている後ろの壁には、何か、紙が貼ってあります。検索機の使い方? それとも、『万引きは犯罪です』的なやつ? 近くに行ってみましょうか。
 それは、どうやら、お店の注意書き? という感じではあったのですが、どうにも内容が変なのでした。
 たとえば、

  ・各フロアの商品は、別のフロアのレジでもお会計できます。

 と、ありますが、別のフロアってどこの事でしょうか。教室サイズの空間ひとつあるだけで、階段もエレベーターもなければ、他の部屋に繋がっていそうな通路なんかもありません。あるのは入口の扉と……レジの向こうに見える扉は、従業員専用のものでしょうし……フロアって……?
 それに他にも、

  ・飲食スペース及び喫煙所には、お会計の済んでいない商品は持ち込めません。

 と書いてありますけれど、飲食ができそうなスペースも、大人が煙草を吸うような場所も見当たりません。
 一体何を書いているんだろうか、これは。
「あ、なあこれって何だろ?」
 声を上げたのはトモくんです。検索機の画面を見ているようです。
 タカシくんも画面を見ました。そこには『検索』のボタンと『移動』のボタンが表示されています。移動? 何でしょう。
 トモくんは試しに移動ボタンを指でタッチしてみました。
 すると画面が切り替わり、今度はもっとたくさんのボタンが表示されます。ボタンにはそれぞれ、漫画とか小説とか絵本とか、文具とか、CD/DVDとか、いろいろ書いてありますけど……。
 タカシくんが指をのばして『漫画』のボタンを押してみます。
 するとこんな文が表示されます。

  漫画フロアに移動しますか?
    〔はい〕〔いいえ〕

 タカシくんとトモくんは一瞬顔を見合わせて、それから、タカシくんは〔はい〕にそっと触れました。トモくんも隣で画面を見ています。

  移動しました。

 ……そんな表示が出たのみで、他には特に何もありません。これ結局何なのでしょう、店長さんに訊いてみようと、ふたりは振り返ります。
 そこに店長さんはいませんでした。
 ただ、本棚が並んでいるばかり。
 広い広い空間に、本棚が並んでいるばかり。
 そこは、教室程度のサイズではありません、もっと広い、ずうっと広いフロアに、大量の本棚が並び、本棚にはいっぱいの漫画本が並んでいるではないですか。
 ここは、違う。
 ここは、さっきまで自分達がいた場所ではない。
 漫画がいっぱいの場所にいるわくわく感と、何故自分達がここにいるのかわからない不安感が、同時にふたりの心にわいてきます。
 すると、本棚の陰から誰かが出てきます。
 それはふたりの子供。
 タカシくん達よりちょっと年下でしょうか……一年生くらい……? 奇妙なのは、頭に角が生えている事や、手に動物みたいな白い毛が生えている事。ひとりの角は羊みたいで、もうひとりは……山羊?
 羊の角の方が言います。
「あれぇ? もうお客さんがいる、早いねぇ」
 山羊の角の方が言います。
「あれっ!? お客さん!? 今日はまだ、開店してない筈だよっ……筈、ですよ!」
 わたわたしている山羊。のほほんとしている羊。
「あっ、とびらちゃんがねえ、見学者入れたみたいよ」
 更にもう一人、女性が、店長さんとは違う女性が顔を出しました。
「んで、そうそう、これアタシのオススメ本ー。絵が綺麗でねー」
「あ、さっき言ってたやつだぁ」
「え、見学者さんの対応はいいんですか……?」
 女性と羊と山羊が会話しているのを、タカシくんとトモくんは眺めています。
 ここは一体、なんなのでしょう。

 そう、ここは月山文庫。
 すこしふしぎな書店なのです。

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