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月山文庫業務日誌より一部抜粋

2015/2/28
 よく行く喫茶店で、最近マスターの息子さんが働きだした。まだ子供さんなのでちょっとしたお手伝いをしているだけだが、「看板息子」と呼ばれて照れる姿は可愛らしい。
 ウチにも看板息子なんていれば賑やかになるだろうか。
 いや、書店は静かな方が良いのだけど、賑やかというか、何だろう、華やかだとか、見栄えがするとか、売り上げが伸びるとか、うん、売り上げを伸ばしたい。お金は大事だ。日々の生活も、店の経営も、従業員達へ支払う給料も(今のところ派遣さんしかいないので本人達へ直接的に支払っている訳ではないが)全部お金が支えている。お金を稼ぐには店を続けていく事が必要であり、店を続ける為にはお客様に来てもらう必要があり、ウチのような移動型店舗では、移動した先の場所で新しいお客様を呼び込む必要がある。そんな時、目立つ広告塔的存在、たとえば可愛らしい看板息子なんかでもいればどうだろうか。
 ……と、そんな話を何気なくしていたところ、いつもの行商から半ば強引に商品を売りつけられた。
 『簡単! ホムンクルス作成キット』の『羊人Cタイプ』と『山羊人Cタイプ』。二個まとめてお値打ち価格で売りつけてきたのは絶対売れ残りの処分だったと思う。それで買ってしまう私も弱い。キキはともかくギギにはどうも強く出られなくて困る。
 看板息子が欲しいって、人体錬成をしたいって意味じゃなかったのに。
 そして、ホムンクルスなんてものを作る気はないが話のネタくらいにはなるかと、箱を開封してしまったのがマズかった。
 真空パックに詰められた胎児(正しくは胎児に似せられた形状の、ホムンクルスの素)が出てきた。
 『開封後は即座にお作りください。ホムンクルスの素は大変腐りやすくなっております。』と書かれた注意書きも出てきた。箱の方に書いておけ。と思って改めて箱を見たら小さく書いてあった。なんかごめんなさい。
 それで私はどうする。このまま放っておいて胎児を腐らせていくのは申し訳ない。
 そう考えてしまった。
 実際には胎児ではなく、そういう形に作られた物体であり、そこに命はない。腐っていったところで、何が死ぬという事もない。申し訳ないなんて思う必要はなく、存在しない命を腐らせない為に新しい命を作成するのは、愚かだ。私の臆病な罪悪感と尊大な善意による、愚かな行為だ。
 ……と、そういう後悔を、作ってしまった後でしている。
 正確にはまだ完成していない。最後の仕上げとして、家の庭で月光に当てている。よく光を当てると、よく育つらしい。日光を浴びる植物のようだ。
 後悔しているというなら、今からでも止めればいい。それが正しい。でも胎児の形状の物体を殺せなかった私にあの二人の男の子を殺せると思うか?
 私の中には愚かな虎が住んでいるのだ。

2015/3/1
 月光が足りなかったのかもしれない。一瞬だけど空が曇ったのが良くなかったのかも。もしくはその前、作成中に何か失敗したのか。
 完成したホムンクルスは、それぞれ少し欠けていた。
 羊人の方は片方の角がうまく育たなかった。その反対側の角は立派に伸びているのに、ダメな方は根元のみがコブのように頭についているだけだ。
 山羊人の方は一見問題ないように思えたが、どうやら視力が低いらしい。正確な視力はこれから調べる事になるが、眼鏡でなんとかなる程度なら良いが。
「とびらちゃんは物事を深刻に考え過ぎだよう」
 と、友人は言う。
 彼女は育児経験があるので、今回ホムンクルスを育てるのにアドバイスを貰えたら、と連絡してみるとなんと嬉しい事に、ベビーシッターを引き受けてくれたのだ。
 子供を育てるのに必要な物も教えてくれたし、私の状況ならホムンクルスには人間としての戸籍を作るより人外協会に出生届を出す方が良いとも薦めてくれた。
「とびらちゃんが魔法使いやってたら魔術協会って選択肢もあったけれどねえ。そしたら私一番案内しやすかったよう、十年くらい前に私も手続きしたばかりだもん」
 その時は出生届じゃなくて息子を私の養子にする手続きだったけどねえ、と彼女は言った。
 今気付いたんだけど十年というか二十数年くらいじゃないのか? だって友人の息子さんは私と同い年くらいだったと思うし、そんな彼が赤ん坊の時に友人は彼を養子にした筈なのだ。友人からも息子さんからもそう聞いている。私の友人、長く生きているだけあって年数の扱いが雑。いや待て……彼女と同じく魔法使いしてる別の知人は全然そんな事ないな……彼女個人が雑なのか……。
 さて、出生届を出すにはひとつ考えねばならない事がある。
 ホムンクルス達の名前だ。
 名前。
 名前……。
 名前は彼らが一生使っていくものだ。よく考えてつけてやらなくてはいけない。でもいつまでもは考えていられない。届も出さないといけないけれど、それ以上に、彼らに名前がなかったら、彼らをいつまでも名前で呼べない。当たり前だが重要な事だ。彼らには呼ばれるべき名がない。今の彼らは二体のホムンクルスでしかない。
 早く名前を与えてやらなければいけない。
 良い名前を。
 名前なーどうしようかなー名前本当どうしようかな。何か良い名はないだろうか……。このままでは仮で呼んでいる「羊くん」と「山羊くん」で定着してしまう……。

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