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逃げろ
「逃げろ!」
その言葉を最後に、先輩は羊の群れに飲まれて消えた。
酷い人だった。いつも、面倒な仕事ばかり他人に押しつけて手柄だけ持って行く、嫌な人だった。僕はあの先輩の事が嫌いだった。……けれど、この数日間、ふたりで協力して羊から逃げ続けている内に、僕らの関係性は少しずつ変化していたのだ。
ねえ先輩。
あんたに僕を庇って犠牲になるような男らしさがあるなんて思いませんでしたよ。
普段からそういう感じでいてくれたら、良かったのに。
これからはちゃんと協力して仕事していきましょうよ。
ああ、いや、違った。先輩は今もう僕の隣にはいないんだった。
「はあっ……はあっ……」
息を切らしながら、疲れた体で必死に走る。先輩の犠牲を無駄にしてはいけない。
僕だけでも生き延びないと。
だけど、この逃走劇の結末はどこにあるのだろう?
思えば始まりはSNSで話題になっていた「野良羊」だ。
どこかの牧場か動物園から逃げ出してきたんじゃないかと噂されていた、町の中を自由に歩く羊の写真。皆がのんきに「可愛いね」とか呟いている中、羊の目撃証言はだんだんと増えていった。やがてSNS経由ではなく、目の前に直接、羊達は現れるようになっていった。よく行くコンビニの裏に、会社の駐車場に、僕の暮らす社員寮のエレベーターの中に。
羊は増殖し、町を埋め尽くす。
その光景はまるで、ゾンビものの映画のようだと、僕には思えた。
羊達はゾンビのように彷徨い、増殖し、群れとなって人々を飲み込んでいく。
羊に飲まれた人達がどうなってしまうのかは、わからない。
わからないからこそ、僕ら人類は必死に逃げ続けている。
ずっと行動を共にしていた先輩を失い、その一方で羊は増え続け、どこへ行っても羊だらけの世界を、それでも、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて……。
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