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【怒りの正体】アンガーマネジメントに失敗し続けた私が学んだこと


①「怒り」の正体とは?

『怒り』は「相手のミス」を心に入れている状態。つまり、嫌いな奴が家賃を払わず心に不法滞在してる状況、だと聞いた。

②アンガーマネジメントを読んでも治らない怒りっぽい私

たしかに。と思った。なぜなら私はかなり怒りっぽい。同時にかなり気ィつかいなタイプだ。二面性が周りを困惑させてしまった経験が、隠さなくてはならない内面と出していい外面、内と外の性質が乖離しているという自己認識を生んでしまった。
アンガーマネジメントの本を買い、時間もお金も割いたが、「深呼吸する」「タイミングを測る」「伝え方を変える」など、根本的な心の楽さには繋がらなかった。

③倫理観による強迫観念症

怒りっぽい私は、怒ったとき、どこか強迫観念症的に「自分から陰口をいうくらいなら、相手に直接伝えなきゃ」「誰が見ても自分の意見に一貫性をもたせないといけない(=でないと責められる)」と行動してきていた。

お陰で証拠収集はお手のもので、時を待ち、実際に相手が上司や年上でも正論を振りかざし、勝つことも多く「強い」と言われるようになった。

打ち負かした直後の気持ちよさ、戦いを乗り越えてきた感覚はあるが、その後相手がどう思ったのかの不明瞭さ、被害にあった嫌な記憶は消えない。状況や場所は変われど、怒りは繰り返された。都度都度、心は楽にならなかった。

④「怒りを伝えること」とは?

怒りは「相手のミス」を心に入れている状態。つまり、嫌いな奴が家賃を払わず心に不法滞在してる状況と聞いて、解消されないじぶんのくるしさの理由がわかった。

相手に直接怒るのは、私にとって救いではなく、ただ「相手の心に不法滞在し返す行為」だった。
さらに、一貫性を持ち続けることは意見を変えてはいけないと過去の意見に執着させ「繰り返しイヤな記憶を思い起こさせる行為」だったのだ。

⑤あたらしい価値観

先日の話だが、ある被害に遭い、警察に「本当は忘れて、早くいままでの生活に戻って欲しいんだけど、何度も思い出させて申し訳ない」といわれた。
つまり、『嫌な記憶は、なんども思い出さなくていい』ということ。
わたしにとって新しい考えだった。

⑥ブラッシュアップ(自分を責める)癖も同じ思考回路

怒りと同じく、人間関係思い通りにいかない、嫌なことがあったとき、「自分の何が悪かったのか」リストアップして修正してきた気がする。つまり自分を責める行為だ。
これは多くの人が陥りやすい思考回路だと思っている。嫌なことを何度も思い出し、相手のミスですら自分の本質と混同させ、心に住まわせてる状態。
近年「自責」なんて言葉があるから後押しされやすい。自分に責任を持つことと、自分を責めることは違うのに。

⑦【日記】怒りの正体を知ってから

今日、悪気なく傷つく言葉を使う人から、連絡が来た。昨日その人がした些細な過ちを私に謝るために。わたしには「相手のミス」を心に住まわせる必要がなかった。

昨日コトが起こった時、私はイライラしたし悲しかった。本音では仲良くしたい気持ちもあった。

だけど、人生が「そっちの道はちがうよ」と言っているとき、どれだけ望んでも扉は開かれないのだと感じた。
逆に言えば、人生はある程度おこることが決まっていて、扉は開かれるのを待っている。行動しない時、扉はいまかいまかと待ち、行動した時、扉の方から飛び込んでくる。
何も面白いことを探さなくても人生は奇想天外になっているのだ。

私たちには、ことが起きた時に自分の倫理観がどう熟しているのか、周りにどんな人がいるのか、があるのみ。何度も思い出さなくていい。

人間は記憶だって曖昧だし、身体も心も波のように操縦しがたく、ときに他人のようにすら感じる。いまだって、何度も書き直し、理解したはずと思った心が重くなったり、軽くなったりしている。

フェスで常連になったnever young beachとラップ界のレジェンド、スチャダラパーがコラボした曲『ネバやんとスチャやん』に

ほら 力抜いてよ そんな顔じゃお腹壊すよ

という一節がある。
気楽にいこう。お腹痛くなっちゃうよ。

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