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NHKクローズアップ現代とTBS報道1930と・・・少しだけですが

noteを書かないまま、1か月が経ってしまいました。
まぁ、その間、ムーニー劇場の撮影活動などに没頭していたから、というのもありますが、あの「事件」について、どう書こうか、と迷っているうちに1か月が経ってしまいました。

そう、安倍晋三氏銃撃事件である。

既に、民放各局では連日報道されているが、やっと、NHKもクローズアップ現代で報道し始めた。

NHK、遅い!
SNS等で言われるように、政府からの圧力?で、NHKはこの問題に及び腰で、このままスルーするのかと思われたが、クローズアップ現代の番組自体は、旧統一教会関連団体トップへの直接取材、もちろん、無批判にそのインタビューを垂れ流すわけではなく、スタジオゲストの塚田穂高弁護士のコメントも含め、ジャーナリズムとしてよくできた番組だったと思う。

しかし、事件直後にBS-TBS「報道1930」で詳細に報道されているのを観て、旧統一教会の教義やその活動の異常さ、恐ろしさに衝撃を受けていたので、目新しいものではなかったが。

そういう意味で、TBS「報道1930」は、よくやったと思う。

メディアの端くれで働く人間として、日本のジャーナリズムが、まだ死んでいないことを切に願う。

この大事件以降、ボクもずっとモヤモヤしているし、上手く書けないこと、書かない方がいいこともたくさんあるように思う。

しかし、「何か言うと、ボロが出るよ~!何も言わないほうが賢く見えるよ~!」という、悪い意味で「意見の言えない日本人」的価値観を、以前の会社で嫌というほど味わったので、ボクとしては、これだけの大事件に対し「何も言わない」というのも何だか違う気がする。

事件直後、ちょうど選挙期間終盤だったこともあり、政治家をはじめとして日本中が、「暴力は断固許しません」という、思考停止した暴力否定論に陥っているのも、何だかなぁ、と疑問を感じていた。

日本人が、いざ、暴力事件に直面した時の「暴力は許されない」という声の弱さ、空虚さは、暴力を伴いながらも、市民が自らの力で君主の政治権力を奪取した、「市民革命」という経験を持たない日本人の弱さでもあると思うのだ。

御幣を恐れず、そして、三島由紀夫の言葉をお借りして、申し上げるとすると、ボクも「暴力は否定しない」。

ボクは、SNSや、このnoteを読んでいただいている方はご存じの通り、リベラルな主張をしているが、元々、ボクの家族は、自民党員の党員証を持ちながら、共産党の赤旗新聞を読みながら、家には江田五月さんを代表とする社会民主連合のポスターを掲げ、祝日には国旗掲揚をするという、ハイブリッド!?な家庭だった。
自営業である父親は、消防団で活動していたし、ボクがレプリカの日本海軍軍帽をプレゼントすると、涙を流す父親だった。

消防団の消防車に乗り込む父

今でも、ボクは、自衛隊、警察、消防のみなさまには、最大限の敬意を持っている。
また、宗教的には、神道を重んじていて、そして、家族を持ち、子供を持つ親として、保守政党の主張する「家族」「地域社会」の重要性には、賛同できる部分もあるのかもしれないと考えていた。

だが、しかし、である。

最大の勢力を持つ、政府与党自由民主党が、カルト宗教である旧統一教会に乗っ取られているならば、それは、断じて許すことはできない。

もちろん、安倍晋三氏を撃った犯人を擁護することはできないが、旧統一教会とは、人の不安に付け込んで、マインドコントロールし、献金させる霊感商法、そして、その献金を民族差別的理由で日本から韓国に送り、「家族」の多様性を否定し、性的マイノリティを差別する、そういうカルト集団である。

ボクの言葉が稚拙で、すっとマガジンを読ませていただいている、野本響子さんのお言葉を借りて申し訳ないですが、

カルト宗教が「家庭」を名乗り、「家庭が大事である」とか叫び出すと、犠牲者の声からは、いよいよ「誰かの犠牲のもとに成り立っている家庭」が想像され、そっぽを向く人が増えるのではないでしょうか。

こうして、日本語の「家庭」とか「愛」とかの言葉がいよいよ空虚になり、意味を失うのは残念なことです。

野本響子さん「日本は相変わらずイデオロギーの国で、日本語はどんどん空虚になっていく件

保守、リベラルの、政治的イデオロギーは関係なく、日本で暮らしているならば、自分の生活、家族の問題として、徹底的に抗っていくべき問題であると思います。

次回はもっと楽しい話題を書きたいですね!今日はこの辺で・・・

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