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マジパン思い出話第一回 マジカル・パンチライン結成前夜

 マジカル・パンチラインのファンは、大別すると二つに分かれます。初代リーダーである佐藤麗奈が所属していたアイドリング!!!から流れてきたファンか、それ以降のファンか、です。自分の場合は、前者でした。といっても、あくまで深夜番組「アイドリング!!!」のファンであり、ライブも、リリースイベント一回と解散ライブにしか行っていません。とても「アイドルオタク」と名乗れる人間ではありませんでした。
 たくさんのドラマとともにアイドリング!!!が活動を終えたのは、2015年10月31日でした。そして、佐藤麗奈参加の新アイドルプロジェクトのスタートが予告されたのが、翌11月1日(偶然ですが、そのほぼ5年後、と思うと、胸がグッときます)。当時まだ17歳と若くアイドルを続ける意欲も持っていたさとれなが、そういう選択をしたのは予想の範囲内でしたが、翌日という早さで、しかも既存のグループに参加するのではなく一から立ち上げるというのは、驚きと好意を持って受け止められていたかと思います。アイドリング!!!ロスに陥っていたファンをいち早く捕まえるという意味でも、いいスタートだったと言えるでしょう。
 僕自身は、特にさとれな推しというわけではありませんでした。ですが、メンバー全員のことを気にかけていたので、解散のロスを埋める意味もあって、経緯を見守っていました。しかし、謎のカウントダウンサイトが立ち上がっただけで遅々として情報は出ず、年内はクリスマスに衣装が発表されたのみ。ずいぶんやきもきしていたのをよく覚えています(今から思えば、ちょうどオーディションやらレッスンやらが行われていた時期ですね)
 年が明け、1月8日にようやく一人目のメンバーとして小山リーナが発表されました。12歳という年齢と、その美少女っぷりに界隈はざわつきました(が、今から思えば、あのときのアー写は「ぜんぜん盛れてなかった」のですが)。発表と同時に、Twitterのアカウントもスタートしました。鳥好きの困り眉の可愛い女の子、という印象があります。
 1月22日、三人目のメンバー・浅野杏奈が発表。当時のネットの評価は「小山さんよりはちょっと劣るかな」という感じ。おさげ髪の真面目そうな女の子、という印象でした。同時に「マジカル・パンチライン」というグループ名も発表。当時の反応としては、ちょっと微妙、という感じでした(苦笑)清水ひまわりが発表されたのが、2月5日。実は、アー写の段階では、僕は清水さんに一番好感を持ってました。
 そして2月19日、最後のメンバーとして沖口優奈が発表。言わずとしれた、アイドリング!!!五期オーディション落選メンバーの一人です(他に元ベビレの高見さん大矢さんが有名ですね)。そうきたか!と界隈がざわついたのをよく覚えています。!!!のファンを取り込むという意味でも、沖口さんを最後に持ってきたのはいい戦略でした。公式では、この日がマジカル・パンチラインの結成日となります。
 各メンバーはそれぞれTwitterを始めましたが、浅野さんは後発の清水さん、沖口さんにあっさり抜かれてしまったのをよく覚えています。最年少ではなく、ビジュアルでの優位もなく、アイドリング!!!受験組という属性もないので当然といえば当然なんですが、可哀想だな、応援してあげたいな、というこのとき抱いた感情が、あとから思えば浅野さんを推すようになった始まりでした。

 正直に言ってこの段階では、僕にとってマジカル・パンチラインはあくまで「数あるアイドリング!!!残党組のひとつ」でしかありませんでした。後にまさか、ここまでどっぷりはまることになるとは夢にも思わず。そのあたりの話は、次記事以降で徐々に触れていければと思っています。

※検索していたら、オーディションの裏側のインタビュー記事を見つけたので(インタビュー自体はだいぶあとですが)貼っておきます。

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