ワンバウンド坊や

 ワンバウンド坊やは何でもワンバウンドさせずにはいられない性質だった。ワンバウンドと言っても食事の話である。おかずをタレなどにつける。その次に、それを必ず白ごはんの上でワンバウンドさせずにはおさまりがつかず、食べられないのである。
 ワンバウンド坊やは物心ついた時からそのようにして食事をしてきた。
 哲学とは概念を創造することだ、とジル・ドゥルーズは言った。確かにある概念や言葉がはっきり作られると、ものの見方が定まる、ということは日常生活の中でもままある。ワンバウンド坊やに起こったこともまさにそれだった。
 ある日彼はケンドーコバヤシの出演する「餃子の王将」のコマーシャルを耳にした。そのCMではケンドーコバヤシさんが「ワンバン♪」と陽気に繰り返し歌いながら、餃子をタレにつけて、それをご飯にワンバン、めっちゃうまいやん〜という趣旨のプロモーションを行っていた。彼はそれを耳にして、自分がこれまでの短い人生を通して行ってきたことの意味を知った。そして残りの長い人生がはっきりと規定された。
 つまり、彼はおかずをワンバンして食べていたのだ。
 彼はそれまで、驚くべきことにそれを意識したことがなかった。ただ一番おさまりのいい食べ方がそれだったというだけで、ごく自然に行っていた。人がいちいち自分の歩き方を意識しないように、彼はその食べ方についても特に考えたことがなかった。ましてや、「ワンバン」などと名称をつけることなどは思いもつかなかった。
 しかし一度聞いて意識すると、もう彼は他の見方をすることはできなかった。それは「ワンバン」なのだ。ノーバンでもツーバンでもなく、ワンバンであり、ワンバンでなければならないのだ。もしかしたらそれまでの人生では、ツーバンで食べたこともあったのかも知れなかった。しかしこの日を境にして、それは100%なくなった。彼の人生は必ずワンバンをして食べるという方向に規定された。そう、彼はワンバウンド坊やとなったのだ。
 ワンバウンド坊やは順調に成長してワンバウンド青年となり、やがてワンバウンド男となった。結婚して家庭を持ち、子供を3人育てあげてワンバウンド老人となった。その過程では多くの苦労があった。そして立派にワンバウンド人生を全うし、天国へ旅立って行った。

もしよければお買い上げいただければ幸いです。今後のお店の増資、増築費用にします。