ペラックT錠

 ペラックT錠が僕の目の前に現れたのは、インフルエンザでひどく苦しんでいる最中だった。
 子供がかかり、僕もかかった。インフルエンザは何度か経験があるけれど、ここまで喉が痛いのは初めてだった。もう何日も、活動そのものはできるのに喉が腫れ上がったようで声を出すこともできない。何より食事は一口ごとに身悶えしなければならず、心身の気力の低下は著しかった。
 僕は妻が買ってきてくれた「ペラックT錠」という聞いたこともない薬のパッケージを眺めながら横になっていた。「眠くなる成分を含まない」。だからこれを買ってきてくれたのだろう。
 ペラックT錠は僕の前にすっくと現れると、丁寧にお辞儀をした。それがペラックT錠という名前であることは、もちろん言うまでもなく一目で分かった。丸にRの文字までご丁寧に引き連れていた。商標登録済み。間違いなくこいつはペラックT錠だった。
「いい気味さ」とペラックT錠は言った。「苦しむがいい」
 声を出すことが苦痛なので僕は黙っていた。
「お話をしなかった報いさ」とペラックT錠は続けた。「それは、どれだけ休んだって治らないさ。まして、こんな薬で治ると思うなんてお笑い種だね。どんな薬だって意味はないさ。むしろ休めば休むだけ悪くなる」
 僕は寝返りを打って天井を見つめた。その通りだ。ペラックT錠が現れたのが何よりの証左だ。くだらない、とあなたは笑うかもしれない。でも人は確かに、時にペラックT錠を必要とするのだ。
「わかったならそれでいい」とペラックT錠は言った。「のどの痛みを治してやろう。あと数日はかかるかもしれないがね。今年のインフルエンザはしつこいのさ」
 ペラックT錠が去ったあとも、僕は自分の喉の痛みについて考えていた。容易にはものが喋れなくなることについても。もう一度ペラックT錠に会えるようにするべきなのか、会わないようにするべきなのか、どちらが人生にとって正解なのか僕には分からなかった。いや、それは正解という種類の問題ではないのかもしれない。ペラックT錠に会いたいのかどうか、そういう問いの立て方をするべきなのかもしれない。でも僕にはやはり答えが分からなかった。「眠くなる成分を含まない」。それは確かに目が覚めた状態で解決すべき問題であるように思えた。

もしよければお買い上げいただければ幸いです。今後のお店の増資、増築費用にします。