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【人に尽くしたくなる】幸福のコントロール術

突然ですが、私、とても優しいんです。
どうしても相手優先で物事を考えたり、時には我慢して、相手の希望を叶える方向に動きます。

そんな私が昔から言われてきたのは、
流されやすい、影響されやすい、振り回されやすい。
確か高校生の卒業冊子では、壺買わされそうな人ランキングに選ばれていたと思います。

こういう人って、
実は結構いるのではないでしょうか?
類は友を呼ぶのか、私の周りには比較的優しい人が集まっている気がします。

生きずらいと思われがちな私たちの思考

たしかに、振り返ってみると、
少しやんちゃな異性や元気な友人から、振り回された、と思うことは少なくありません。
事あるごとに、彼(彼女)らの希望を聞いて優先する癖がついている利他的な私は、自分が見たい映画より一緒に観る相手の希望を優先するし、外食時も相手の気分を聞きながら選んだり、そんな日常を過ごしています。こうやって聞くと、何だか自分の意志がない、残念な生き方にも思えますよね。

相手に尽くす先には喜びがある

ただ、尽くしがちな人は、相手に優しくするだけで幸福になれる、という強みをもっています。
先日知人と映画を見た時の話です。まず希望を尋ねると、「呪術廻戦が観たい」と提案されました。見たことないしそもそも漫画を読まない私は、少し考えてから提案をのみ、代わりに一緒にNetflixでアニメを見ることから始めました。するとどうでしょう、みるみるハマり、映画館で見終わった後にはその知人と夢中になって映画の振り返りをしていました。とても楽しくて幸せな時間でした。普段見ることのない「呪術廻戦」の世界観にも興奮したし、何より知人との間で共感し合えることが増えたのが、嬉しかったです。

幸福のスイッチをコントロールする

私のような利他的なタイプの人は、このように自ら一歩引いて相手を尊重することで、幸せになることができます。幸福になるためのスイッチが自分の手元あって、それをコントロールしている感覚です。

対比として、自分本位な人の場合どうでしょうか。
良し悪しの話ではないですが、自分の幸せを自分以外の人の行動に依存しているのは、相手次第で必ずしも幸せになれるとは限らないし、何よりも、そこには終わりがないと思うのです。幸福のスイッチを外部に握られているような感覚です。これでは、幸福になるハードルが少し高く思います。

また、私の場合は、
幸福になるための条件は3つあります。

  1. 自分から人(人が関わるモノ)へ尽くすこと

  2. それが相手にプラスに働くこと

  3. 相手から喜びのフィードバックがあること

1と2については、
言葉の通り利他的な性格からくる条件です。
ただし、これだけではその先に自分の幸福はありません。重要なのは3の、相手から喜びのフィードバックがあることです。どんなに相手に尽くしても、”それが良い影響を与えている…!"という手触り感がなければ、幸福を感じることはできません。3が満たされない状態でも幸福を感じている場合、「そう思いたい」という理想を加えた解釈になっているかもしれません。

ただし、認識すべき限度ラインもある

一方で、一つだけ注意点があります。
自分を守るための最低限度のスタンスを持っておく必要があります。基本あなたに尽くすけど、これだけは譲れない、と言った具合に。

何も、自分を犠牲にしてまで利他的である必要はないからです。その先にある相手の喜びと、それに紐づいた自分の喜びの大きさは常にイコールであることが望ましいです。その限度ラインというのは人によって異なると思うので、これまでの経験を振り返ってみて、自分の良し悪しの感覚を明確にしていくことが、必要不可欠になります。

おわりに

最後になりますが、自分の幸福について言語化できたら、とても強いです。
今後の人生の意思決定を、その定義に従って比較検討すればよいからです。逆に、上手くいっていないと感じる時は、幸福になる条件のうちどれが満たされていないのか考えて、PDCAを回していけばいいのです。
そしてこれは、仕事、恋愛、趣味など、人生に関わる全ての決定に応用できると思います。

”その人なりの幸せな人生”というのは、実は以外とシンプルだったりします。他者との優劣で得る満足感ではなく、自分なりの幸福ポイントを見つけて実行していくだけです。変に回りに振り回されず、時に異なる意見があっても、それはそれでよし。

幸福スイッチが手元にある私たちに、乾杯。


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