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「センス」

センスってなんだろう。
突然だけど、少し気になったので、下手なりに書いてみたいと思う。

最近、一つ年上の綺麗な先輩に「あなたのセンスが好き」と言われた。

「センスがあるね」と言われたことはこれまでにもあった。言われたときは嬉しくて、「自分センスあるんだ、ふふん」と思っていたが、よく考えると実は褒め言葉ではない気がする。

それに比べて先輩の言葉は、本当の褒め言葉ではないだろうか。

そもそも、「センスがある」ともいうし、「センスを磨く」ともいうが、センスってもともと持って生まれたものなのだろうか。それとも成長していくにつれて身につけていくものなのだろうか。

辞書によると、

人それぞれの内面にある感覚的なもので、感じ方、理解の仕方、あるいは表現の仕方に現われ出るもの。特に、ちょっとした行為や微妙な事柄についていう。

精選版 日本国語大辞典

らしい。

どうやら持って生まれたものっぽい。
おそらく、生来のセンスを認められて初めて、自分のセンスに気がつき、もっと認められたいと磨くことになるのだろう。センスを研ぎ澄ませていく感じ。
きっと全員がそれぞれにセンスを持っているのだ。
それがどんなものなのかに気がつくかどうか、気づかせてもらえるかどうかは別として。

全員センスを持っているなら、やっぱり「センスがあるね」は褒め言葉ではなく、単なる事実だ。
それなら、「センスがいいね」というのはどうか。
一見褒め言葉に見えるが、相手の基準で測られているので、対等な立場で話せていないように感じる。要するに、「上から」な感じがして嫌だ。

その点、「センスが好き」というのは、相手に自分のセンスが気持ち良く認められた、ということなのではないだろうか。
「他の人はわからないけど、私はあなたのセンスが好きだと感じた」というのは、正直だし、信頼感がある。
つまり、「あなたのセンスが好き」は、最高の褒め言葉なのだ。

先輩が私の何について「センスが好き」だと言ったのかはわからない。
写真か、イラストか、デザインか、そのうちのどれかにビビッときてもらえたのかもしれない。そのあたりは、これまで「センスがある」と言われたことがあるので候補にしておく。いずれにせよ、自分でも磨いていきたい部分だ。

ちなみに、文章のセンスについて触れられたことはこれまでに一度もない。
が、勝手に自分のセンスを信じて磨いてみるのもいいかもしれない。




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