短編小説「憧れを自転車で追いかけた夏」(一部有料)
初の小説+音源「憧れを自転車で追いかけた夏」の小説版(1.1 version)。
加筆修正していく予定です。
小さな修正なら1.0→1.1、大きめの修正なら1.0→2.0のようにversion名を更新していきます。
音源版はこちら→ https://note.mu/moonmusicroom/n/n1b36974b25af
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[1]
人は無我夢中になると凄い力を発揮する事がある。
実際、僕が幼稚園生の頃、同級生の家で遊んでいた時にもこんな事があった。
ちなみにその家は、母親の自転車で自宅から2、30分はかかる場所にあった。
ところで不思議なもので、その家は小学校にあがってからの友達の家よりも遠くにあった。なぜなんだろう?
いくつかの仮説は立てられるけど、まぁ、いい。話を戻そう。
僕はその家に住む友達と遊んでいたんだけど、何かのきっかけですぐにでも帰りたくなった。
ただ、親達は少し離れた場所で話をしていて、僕はそこに行って「もう帰りたい」などと言えるような子供ではなかった。
途方にくれた僕は、なんと一人で家まで帰ってしまったのである。
今でこそ、バイクで10分も走らせれば簡単に行ける場所だが、当時の僕は道もろくに覚えていなかった。
迷子になり警察の世話にならなかったのは奇跡としかいいようがない。
[2]
さて、これからする話は今の話ほど昔ではないが、とはいってもかなり昔の話。
僕が中学三年、そして、あの人が高校ニ年の頃の話だ。
今の中学生がどのくらい貰っているのかはわからないが、当時の僕のおこづかいは1000円ちょっとだった。
もちろん、スマートフォンどころか携帯電話だって持っていなかった。
だから、あの人に会いたくても簡単には会えなかったし、連絡をとる事すら難しかった。
そこで無我夢中になって…、というのが今回の話だが、状況を理解してもらう為にもう少し僕たちの事を話しておこう。
[3]
……出会いはよくあるものだった。
僕がまだ幼稚園に通ってた頃だったと思う。
あの人は近所に住んでいるお姉ちゃん的存在の一人で、ちょっと気が強いところもあったが面倒見がよかった。
そんなわけで、子供達が集まっている時に僕に声をかけ相手をしてくれた。そんな出会いだ。
親同士の仲も比較的よかったので、その後、お互いに家を行き来するくらいには仲良くなった。
とはいえ、月日が経つにつれ会ったり話したりする回数は自然と減り、いつしかただのご近所さんになった。
そして、あの人の家族は僕が小学校高学年の時に海の近くの町に引っ越していった。
もちろん詳しい場所は後で知ったわけだが..。
電車で片道40分くらい。行けなくもないけど、当然、わざわざ会いに行く事はなかった。
[4]
そんなこんなで、僕が中学三年になった時だ。
夏休みに突入し、うだるような猛暑日が続く中、友人二人から海に行かないかと誘われた。
あまり手持ちのお金はなかったが、ひと夏に一度くらいは海に行きたいものだ。
それに友人達との思い出作りだと思い、二つ返事でOKをした。
そして、その日がやってきた。
多少の雲はあったものの初夏の太陽は我が物顔でこちらを見ていた。
午前中から張り切って海にきた僕達は、砂浜にシートを敷き、そこをベースにして海と戯れていた。
親や先生への文句なんかを言いあいながら海水に体を浸していただけだったが、それでも十二分に楽しかった。
いつも思うことだが、どこへ行くにしても何をするにしても、気心のしれた相手とならそれだけで楽しいものだ。
そうこうしているうちに時間は過ぎ、お腹もすいてきたので昼食を食べる。
その後、満腹感に浸っていると、さっきまでの青空が嘘のように雨雲がやってきて空を覆った。
僕らはまだまだ遊び足りなかったが、そうはいっても仕方がない。すぐに着替えて荷物をまとめ移動することにした。
とりあえず近くのファーストフード店へ向かう。
決断が早かったのであまり濡れることはなかったが不完全燃焼さは否めなかった。
僕達は、今度は雨に対して悪態をついてジュースをすすっていた。
テンションもあがっていたし、多少、声も大きくなっていたのだろう。
誰かが急に近付いてきた。注意でもされるのかと思ってパッと目線を向けると、そこには制服を着た女子高生がいた。
「...君?」と尋ねられ、相手の顔を見て、ハッとした。
そう、それは近所に住んでいたあの人だったのだ。
「ひさしぶりね」と言われ、僕がしどろもどろになっていると、友人達がなんだなんだという表情を浮かべた。
そして、僕が言葉を濁していると、テンションのあがっている友人達は「あついね~」とかなんとかいって僕をはやしたてた。
「よかったら少し話さない?今、一人で勉強していたところなの」
あの人は友人達の事は一切気にしていない様子で言った。
僕は彼らを置き去りにするのは少し悪い気がした。
とはいえ、その言葉には有無を言わせない力強さのようなものがあって、「うん」と小さく頷いた。
「じゃあ、ちょっとそこまで..」とわけのわからない事を友人達に言えば、当然、背中に冷やかしを浴びる。
僕はその声を適当にあしらいつつ、あの人の席の向かいに座った。
「ほんとひさしぶりね」
改めてあの人と二人でいることを不思議に思う。
どう返事をしようか考えた末、口をついたのは「う、うん」というぎこちない言葉だった。
さらに、「今、何年生だっけ?」と聞かれ、「中学三年生、です」と答える。
「あ、昔みたいに話してくれていいわよ」と敬語を使って話した僕に対して微笑みながらそう言った。
「お、お姉ちゃんは今高二だっけ?もう勉強してるなんて真面目だね」と若干無理をしながら以前のように話す。
「…実はうちの両親、離婚したのよ」
僕は「えっ」と声を出して驚いてしまった。今でこそ、離婚は珍しくないが当時はまだまだ珍しかったからだ。
「親にも迷惑かけられないし、そうなるといける大学も限られてるから今から本腰入れて勉強しとかないとね」
「家にいても一人だし、こういう場所のほうが他人の目もあるから、ちょっとした緊張感があって集中できるのよ」
「ちなみに、制服を着てるのは学校に行った帰りだからよ」
「あー、そうなんだ」と、とりあえず相槌を打つ。
昔から大人っぽかったが、いろいろと具体的な未来の事を考えている姿に僕は驚いてしまった。
何しろ僕なんか、この夏をどう楽しむかくらいしか考えていないのだ。
進路にしたって今の自分の成績で無理せず狙える公立高校に進学するつもりだった。
「でも、なんかすごいなぁ。僕なんか、今を楽しむって事くらいしか考えてないよ~」と思った事をそのまま口にする。
「そんなんだから彼女が出来ないのよ」確かにその通りなのだが、あの人は言ってほしくない事をハッキリと言う。
ただ、その後で「...君ならきっとすぐに可愛い彼女が見つかるわよ」と続けた。
僕らはその後も何気ない会話を続けた。思っていたよりスムーズに話せるものだと自分に驚いた。
そして、17歳にしてすでに大人の女の色気のようなものを漂わせるあの人にドキドキしていた。
やがて、彼女は広げていた教科書に参考書、そして、ノートを閉じると、「今日の勉強はもう終わり」と呟いた。
続けて、「家この近くだから、なんだったらちょっと遊びにくる?」と言ってきた。
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