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第一発見者は釣り人です!

 その日も、いつも通り無雲むうんとおいたん(当時は彼氏・現夫)は、釣りに興じようとEDO川のサイクリングロードを疾走しておりました。

 土手には、日向ぼっこをする人、ピクニックをする人、運動をする人と、結構な人が出ていました。

 いつもの釣りポイントに到着するちょっと手前で、無雲は土手に妙な人を見た気がいたしました。

「ん? 今の人、頭に袋被ってなかった?」

 いやいや、そんな人居たらおかしいでしょ。その人の隣には日焼け目的で上半身裸の男の人が寝そべっていたし、そんな人居たら声を掛けているはずでしょ。

 無雲は自分の見たものは『間違いであった』と自分に言い聞かせました。

 そして、釣りポイントに到着しました。そこは、その妙な人も見える所でした。

 土手には人が沢山います。その人は大の字で寝ているように見えました。頭の袋は確認できません。けっこう遠目だったのと、無雲は近眼でそこまで目が良くないからです。

 一応、おいたんに確認しました。

「ねぇ、あそこで大の字で寝ている人、ちょっと変じゃない?」
「ん? 昼寝でしょ? 良く居る良く居る。気にしないで釣りしようぜ!」

 そうして、無雲は心に引っ掛かりを感じたまま釣りを開始。その日はぼちぼちハゼやテナガエビが釣れました。

***

 無雲とおいたんっていうのは、釣りをしているとけっこうな勢いで知らない人から声を掛けられます。その日もそうでした。

「釣れますか~?」

 初老の男性は、のほほんと無雲達に声を掛け、しばらく雑談に興じていました。ちょっと離れた所に去ってからも、無雲達をずっと見つめていました。

***

 釣り開始から三時間が経った頃、無雲は心に引っ掛かっていた人をまた見ました。

「おいたん、あの人ずっと同じ姿勢だよ?」
「熟睡してるんだと思うよ。気にするなって」
「でもさ、通りがかった時、頭に袋を被っているように見えたんだよね?」
「虫よけだろ」

 おいたんは、無雲の気がかりを微塵みじんも気に留めようとしません。しかし、無雲はこの時かなりの不安感を感じていました。

 三時間も動かないその人。頭には袋を被っていたように見えた。

 あれは……死んでいる……?

 その時、先ほどの雑談おじさんがその人の所に近寄っていきました。かなりじろじろとその人の周りをうろついています。

 無雲は、意を決してその人の所に寄っていきました。

 すると、やはりその大の字で寝ている人は頭に袋を被っていました。

「お、おじさん……! この人もしかして!!??」
「あぁ、これは死んでいるな。ガス自殺だ。そこにガスボンベがあるだろう」
「えぇぇぇぇ!!!!! 警察!! 警察に電話しなきゃ!!!」

 無雲は慌ててスマホを取り出して警察に電話しようとしました。そこにおいたんがやって来ました。

「あぁ、死んでたのか……」
「おいたん!! 警察に電話しなきゃ!!!」

 無雲は半泣きで緊急通報しました。

「え……EDO川の土手で人が死んでるんです!! すぐに来てください!!」
「正しい場所を教えてください」
「えーと……えーと、H線の橋の下です」
「橋の下とはどの橋の下ですか?」
「だからH線の橋の下だって!!!」

 取り乱している無雲は、現在位置を正しく伝える事も出来ず、まず何を言っているのか分からない状態だったらしく、オペレーターの人と意思疎通がまともに出来なかったので、途中でおいたんが電話を代わってくれました。

 そうしましたら、おいたんは冷静に『今・どこで・何が起きているか』を完璧に伝えました。

 電話を切って少しすると、まず救急車が到着しました。すぐに警察も消防も到着しました。

 無雲とおいたんは一旦追い払われたので、釣り場に戻って現場の様子を伺っていました。話を聞きたいからちょっとその場に居てくれ、とも言われていたので、警察の事情聴取を待ちました。

 すると、すぐに警察官が事情聴取に来ました。

「あの死体にはいつから気付いていましたか?」
「来た時からおかしいなって思ったけど、彼氏おいたんが寝ているだけだって言うから……」
「そうですか。頭の袋はおかしいと思わなかったんですか?」
「彼氏が『虫よけだ』って言うから」
「はぁ!? 言わないよね!!?? そんな事誰も言わないよね!? ねぇ!! 彼氏さん!!??」
「言いましたぁ……」
「……はぁ、そうですか。ならば、誰かあの人を殺しているのを見ましたか?」

 バカなのぉ!? と無雲は叫びそうになりました。さすがに殺している所を見ていたらその場で通報するだろうが!!

「見てないです……ずっとあのまま寝ているように見えていました」
「はぁ……所で、ご職業は何ですか? それと身分証明書を持っていますか?」

 無雲はスッと障害者手帳(当時は精神一級)を差し出しました。

「無職です。それから、障害者です」
「あぁ……なるほど。じゃぁ、彼氏さんも無職って事でいいですか?」
「俺は働いています! 会社員しています!!」
「はぁ、そうですかぁ。じゃぁ今日は平日だけど休みって事でいいですか?」

 所々、警察の方というのは失礼です。無雲はちょっとこの警察官が好きになれそうにありませんでした。ちょいちょい先入観を挟んでいるように見えるからです。

「ところで、何故この死体が死んでいると気付きましたか?」
「それは……そこに居るおじさんがじろじろ見ていたから私も近寄っていって……って、あれ?」

 いつの間にか、雑談おじさんは姿を消していました。今にして思えば、雑談おじさんは『逃げた』んです。この面倒事に巻き込まれたくないと、逃げたのです。
 
 とりあえず警察にはおじさんの存在は知らせましたが、まぁ、おじさんはただの通行人であって犯人とかじゃないからね。だってあの死体はずっと前からそこで寝ていたわけだし。

「最後になりますが、またこの件でお電話差し上げることがあってもよろしいですか?」
「やだ」
「は?」
「やだやだやだ!! 私警察から電話来るのやだもん!! 絶対やだもん!!」

 この時点で、無雲のメンタルは幼児退行を起こしてしまっていました。極度のストレスが無雲の精神を幼女に戻してしまっていたのです。

「やだって言われてもさぁ、人ひとり死んでるんですよ。頼みますよ~」
「やだもん! 無雲ちゃんやだもん!!」
「仕方ないなぁ。じゃぁ彼氏さんの方にするからいいですよ」

 と、警察すら諦めさせた幼女モード無雲。あらかじめ見せてあった障害者手帳(精神一級)の効果もあってか、警察は無雲をとんちんかんと判断したのでしょう。けっこうな諦めモードに突入してくれましたね。

 そんな感じで警察の事情聴取は終了。手元にはまだ生きているハゼとテナガエビ。

「なんか……死体を見つけた川で釣れた魚を食うってのも気味悪いから、今日はリリースするか」

 おいたんにそう促されて獲物をリリースして、帰り支度をしました。

 帰る途中、現場からちょっと離れた所に雑談おじさんを発見しました。逃げたけど、やっぱり現場が気になるんですね。ちゃっかり見てやがった!

***

 おいたんと共に無雲の実家に到着すると、無雲から電話で事情を聞いていた両親は、慌てふためいて二人を迎え入れてくれました。

「大変だったね。お母さんもお父さんも心配していたのよ。とんでもない目に遭っちゃったわね」

 母の優しい言葉が無雲に落ち着きを取り戻させてくれます。

「今日はお父さんが奢ってやるから、これでうまいものでも買ってこい!」

 父はそう言うと無雲に二千円をくれました。そのお金で、無雲とおいたんはスーパーでお寿司を買いました。

 両親の優しさが詰まった寿司を食べながら、無雲はおいたんに疑問をぶつけました。

「おいたんはさ、死体に全然驚いてなかったけど、何であんなに冷静だったの?」
「あぁ……俺、こういうの四回目だから慣れてるんだよね」
「はぁ!!??」

 おいたんによくよく話を聞きましたら、おいたんは実はEDO川で死体に遭遇するのが四回目だと言うのです。その詳細と言うのが凄かった。

〇夜釣りをしていて、朝になったら後ろの橋で首を吊っている人が居た。
〇夜釣りをしていたら、後ろにあった車が炎上してその中で焼身自殺している人が居た。
〇昼間に釣りをしていたら、上流から水死体が流れてきた。

 ヘ……ヘヴィーすぎるやろ。

「だからさぁ、EDO川で釣りしてたら、死体にも慣れてくるんだよ」

 よく、ニュースや新聞で「第一発見者は釣り人です」というフレーズを聞きます。釣り人というのは、人気のない場所や早朝、時には夜間に行動する事があります。そして、どういう訳か水辺には自殺志願者が集まってきます。どういう訳だかは分からないんだけれども……。

***

 無雲達は、この釣りポイントにはその後三年間近寄りませんでした。当時の記憶が生々しく蘇ってくるからです。

 その死体の三回忌が過ぎた頃、再び無雲達はその釣りポイントに舞い戻りました。
 
 無雲は、その現場に手を合わせました。

 その日は、五十一センチのクロダイが釣れたりして、今までにない大漁になりました。まるで、その時の死体が「見付けてくれてありがとう」とでも言ってくれているかのようでした。

 しかしね、未だに無雲の心に引っ掛かっている事があるのです。

 あの日、その死体の横には、日焼け目的の男性が横たわっていた。土手には人がいっぱいいた。なのに、誰も通報しようとしなかった。見て見ぬふりをした。

 きっと、誰もが面倒事に巻き込まれたくなかったのだと思う。それが『死体』だと気付いていても、見て見ぬふりをしたのだと思う。

 それって、凄く寂しい事だと思う。

 大勢の中に居ても感じる孤独。

 そんなものをあの死体の存在に感じました。

 無雲は、未だにその釣りポイントに行くたびに、現場を見つめて心の中で念仏を唱えます。

「南無阿弥陀仏」
 
 もしかしたら違う宗派かも? と、一応こうも唱えます。

「南無妙法蓮華経」

 あの死体の人も、色々辛くて自殺を選んだのだと思う。でも忘れないで。ここにあなたの事を忘れていない人間が居るって事を。

 無雲は、生きている限りあなたの事を忘れない。いつまでも祈るよ、あなたのご冥福を。

***

 そして今、夫婦となった無雲とおいたんは毎週のように釣りを楽しんでいます。この『死体の第一発見者になった事件』は、EDO川からの洗礼だったような気がしています。

 釣り人が死体を発見するのはよくある事。でも、よくある事でもそれぞれの心の中にはトラウマレベルで傷を残している。

 しかし、誰かが見付けてあげて、通報して、されるべき供養をしてもらう。その流れは、きっと必要なのです。

 でも、本音を言えば……

 もう二度と第一発見者にはなりたくないなぁ!!!

────了

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