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無題

たいてい3色ほどに収まるのだが、最近はクローゼットを開けると、かすかに光沢のあるベージュと白、黒の服ばかりが並んでいる。ベージュの少しの艶のおかげで、黒の服が地味になり過ぎに済んでいる。

ある日仕事場で、やはり少し光沢のあるイエローベージュのニットに、柔らかな革とニット地の異素材を合わせたクリーム色のスカートを履き、靴までベージュにしていたら、うわ、裸かと思った、という軽口が聞こえた。

こう書くと品がなさそうだが、声の主は決してそんな人ではない。ちょっとだけ何かが気になる時、あるいは少しばかりいいんじゃないかなと言いたい時、その人は照れが先立つのか、笑いにくるんで、ベクトルを外した言い方になってしまうのだ。

スポーツ好きらしい彼は、浅黒い肌の持ち主で、レンガ色のポロシャツがよく似合っていた。会話にいつもひねりを入れすぎるきらいがあり、立ち回りが器用な人ではなかったが、「普段はああだけど、人の苦境に寄り添う人なんだ」と、誰かも言っていた。

ちょっとした集まりに誘われた時、仕事が終わった後に駆け付けると、既に少し赤らんだ顔をして、口の端を上げ、赤ワインをなみなみと注いでくれた。

彼のことを思い出す時、そのレンガ色のポロシャツしか浮かんでこない。多分ブルーや白も着ていただろう。だが、他の色の印象を残してくれる前に入院してしまったのだ。頑健そうに見えたので、愚かなことに、何の変化にも気づかなかった。考えてみれば顔色も、肝臓の状態の悪さを示すものであったのかもしれない。

そしてこういった事どもが、しばらくした後に彼の訃報を聞いて、頭の中を巡った。ぐるぐると、という感じではない。こなごなに割れた鏡の破片のように、彼についての記憶の端々が鋭いかけらになって、頭の中でちらばった。

しばらくして、彼の妻が会社に挨拶に訪れた。応接室に通された彼女の背中がちらりと見えた。小さく、か細く見えた。その時彼女が着ていた服の色は覚えていない。




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