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【実話怪談44】入りたい

「母は霊が見える人なんです」という女性Uさんから伺った話。

今から25年ほど前の夏、F県北部に家族で引っ越した。
引っ越し後間もなく、Uさんの母親は転入手続きのために町役場に赴いた。燦燦と照りつける太陽の下、役場に続く小さい商店街を歩いて進む。平日の田舎道のため、人通りは多くない。

商店街を直進しているとき、後ろを誰かが歩いているのに気付いた。
店のショーウインドーに自分が歩く姿が映っているのだが、その数メートル後ろにスーツを着た50代ぐらいの男性が映っていた。真面目そうな雰囲気で、スーツの色は茶色。ひと昔前に流行したような古い型のように見えた。

彼女はそれが生者ではないことをすぐに悟った。
ショーウインドーにはその男が映っているのに、後ろを振り向いても誰もいないからだ。

その人物は、ガラスに映った姿しか捉えることができなかった。一定の距離を保ってテクテク追尾してくるだけで、危害を加えるような様子はない。

そして彼は、役場までついてきた。
役場の出入口に全面ガラス張りの手動ドアがあるのだが、それに彼の姿が映っていたからだ。

悪意を感じないためさほど気にせず、彼女は役場に入り、転入手続きを済ませた。役場を出たときも、出入口のドアガラスに依然として彼の姿が映っていた。

「彼、役場の中に入りたそうにしてたの。でも、自分でドアを開けて入ることができない様子でね。だから、ドアを開けてあげたのよ」と後に母親はUさんに話した。

母親は、ドアを開けて何秒間か開けっ放しにしてから閉めた。閉めたドアガラスには、もう彼の姿は映っていない。帰り道も、ついてこなかった。その町には2年ほど住んでいたが、その男性を見たのはその一度きりだそうだ。

「その男性は昔、役場の職員だった人ではないか」とUさんの母親は解釈している。

Uさんは、最後にこう付け加えた。

「母親は頻繁に霊に遭遇するため、霊も人間も分け隔てなく接していました。役場の件も、普通に親切心でドアを開けてあげたんだと思います。ただ、いつもは霊が実体として直接ハッキリ見えるのに、その人に限ってはガラスに反射した姿しか見えないのが不思議だったと言ってました」


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