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【人が怖い実話2】常に笑顔の男

私が生物学を専攻していた大学3年ごろの話。

M教授が担当する「細胞生物学」という講義を履修していた。
その講義は、高校の教室より少し広い大きさのひな壇型の講義室で実施されており、受講者は40人ぐらいであった。

彼は教授とはいえ、偉そうな雰囲気は皆無で、いつも人懐っこい笑顔を絶やさない男性である。

ある日の講義で、細胞生物学の実験に使用する薬剤について話が及んだ。

「実験のために細胞を人為的にガン化させることがあるんだけど、そのときに『ホルボールエステル』って薬剤使うの。俺の研究室でも使ってる。ガン化させんだから、めちゃめちゃ危険な薬剤なわけ。1ナノグラム(1グラムの10億分の1)摂取しただけで死ぬんだよ、ヒトの場合」

(微量すぎて、ピンとこない……)私は、生唾をごくり、と飲み込んだ。

教授は続ける。

「そんでさ昔、俺の後輩が誤って口に入れちゃって、半年後に白血病になって死んじゃった

胸が痛んだ。と同時に恐怖も感じた。この話をM教授が目尻にしわをつくって、にこにこと笑顔で話していたからだ。例えるなら、受験に合格して男性担任に報告したときに「おおっ、良かったな」と言われるときのような笑顔で、である。

彼はしばらく黙り込んだ後、今度はゆっくりとハッキリとした口調で、唄い出した。

「オラは死んじまっただあ~」

「オラは死んじまっただあ~」

ザ・フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」。
昭和を代表するコミックソングである。

私含め、学生たちは隣同士 顔を見合わせ、教室内が若干ザワついた(ように記憶している)。

実験事故の話とコミカルなメロディとの落差が大きすぎて、脳が処理できないでいた。
他の学生も同じだったと思う。

「天国に行っただあ~。…で、次にこのホルボールエステルを…」

と、通常運転に戻った。

大学時代の、最も印象に印象に残る講義である。

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