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【取材した怪談話154】新車でドライブ中……

※動物好きな方は閲覧注意

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Aさんの父親が大学生の頃、苦労してバイトに励み、紫色の軽自動車を購入した。その記念にと、友人を含めて四人でドライブに出かけたそうだ。父親の運転で、昼過ぎに出発して少し遠方の目的地に向かった。

好天のもと仲間と歓談しながら道路を運転中、左カーブに差し掛かったときだった。路面の左側に、何か黒いものが視界に入った。それが微動だにせず横たわる猫だと分かった時点では、もう車を避けきれなかった。

がこん、と、柔らかい肉塊を左タイヤが乗り越える感触が、揺れる車体を通して身体に伝わってくる。

猫がすでに絶命していたのか、まだ息があったのかは分からない。避けきれなかったとはいえ、動物を轢いてしまったというドロドロとした罪悪感が、父親に湧いてきた。「避けられなかったんだから、しょうがないよ」と友人らに慰められ、その後も彼らと雑談して気を紛らわせた。その日のドライブは無事に終え、帰宅して自宅の駐車スペースに車を停めた。

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翌日。
家の外に出て自分の車を見た父親は、ギョッとして立ち尽くした。

フロントガラス表面に、おびただしい数の猫の手形が付着していたからだ。肉球を押し当てたような痕跡で、暗赤色だった。真新しい感じではなく、付着して時間が経っているように見える。

昨日轢いた猫のだ──。
見た瞬間、父親はそう思ったそうだ。

息を飲みながら車の他の部分も確認すると、助手席側のドアの下方部分(前輪タイヤに近い部分)にも、同じような痕跡がいくつか付着していた。

さらに、左の前輪がパンクしていた。

前日、ドライブから帰って自宅に駐車するまで、肉球の痕跡もなく、タイヤも何ら異常なかった。早急にタイヤを交換し、ガソリンスタンドに車を走らせて(運転は可能だったようである)洗車機で洗車してもらった。だが洗車機で洗車しても、ガラスとドアに付着した肉球の痕跡は全く落ちなかったという。

洗車機のブラシが車体に接触してないのでは? と父親は考え、自分で洗剤などを使用してゴシゴシと拭いてみたそうだが、それでも手形を消すことができなかった。

当時、父親は実家の一軒家に住んでいた。軽自動車を自宅の敷地内に駐車していたが、駐車スペースには屋根がないため、近所の人間から丸見えの状態であった。つまり、数え切れないほどの暗赤色の肉球の手形が付着した車のフロントガラスとドアが、衆目に晒されることになる。

ご近所との付き合いも考慮し、結局その軽自動車を廃車にすることにした。フロントガラスとドアの交換という選択肢もあったが、家族の薦めで車ごと換えたほうがいいと判断したらしい。新車で購入した軽自動車は、数回乗っただけで廃車処分にする羽目になった。

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後日、そのドライブに同行した友人のひとり(車のどの席に座っていたかは不明)が、左足のアキレス腱を切る大怪我をした。

「あの猫を轢いたせいだ」と、父親は暗い顔で思い返していたそうだ。


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