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窓に映る情景

何年か前の何でもない日のほのかな思ひ出のなか、
夕空には薄雲が流れ、おぼろに月影が見える。

青い服の人形と赤い服の人形が窓の外を見てゐる。

(今日も日が暮れてゆくわ)
(もう日が山の陰に沈んでゆく)
(あのバス停に男の人がゐるわね)
(女の人もやつて来たよ)
(男の人が女の人を見てるよ)
(女の人も男の方をちらつと見たね)
(でも二人ともすぐうつむいた)

風が吹き、落ちてゐる枯れ葉が渦巻く。
男の足元にも枯れ葉が取り巻く。

(バスがやつて来た)
(あれ?バスは行つちやつたけど…)
(男の人がまだゐる)
(何かを誰かを待つてるのかしら)
(何を待つてるんだらうね)
(ベンチに座つてうつむいたり…)
(ねむつてるんぢや…?)
(違ふわ、ほら、片脚をぶらぶら揺らしてる)
(いつまで座つてゐるんだらうかね)
(あれね、きつと靴の周りの枯れ葉を見てるのよ)

近くの街角のどこかからしづかにやさしい歌声が聞こえて来る。

(誰かが歩いてきたよ)
(あれ?あの人、さつきの女の人だわ)
(男の人に近寄つて、肩を叩いた)
(二人ともなんだか微笑んだみたい)
(男の人が何か呟いたかな)
(分かんないけど、何があつたのかしら)

やがて雲間から上弦の月が輝き出す。
いつの間にかバス停には誰もゐない。

(あの二人、どうしたんだらうね)
(お月さま、見てたのでせう?)
(少し曇つてたから……どうかねえ)
(お月さまだけが知つてるの、わたしに話して、何があつたのか)
(見たとほりだらうね)
(透きとほつた光のお月さま、話してちやうだい)
(ああ!何か聞こえるよ…)
(ええ、一つ一つに物語があるんだつて)
(それに物語は一つ一つ繋がつてゆくからね…)
(それ、どういふ意味?)
(今晩は温かくなりさう)
(さう?もう暗くなつちやつた…)
(いつかまたこの日のことを思ひ出すんだ)



❖ ❖ ❖

[この作品は、2020年4月に一時公開していたものを大幅に書き直したものです。]

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