未来は俺等の手の中3
5.
11月のイベントが決まった。きみ、オーガナイザーとしての素質があるよ。そんな電話に乗せられた、といっても、正直そのころには、夕方に鳴る突然の電話に少し、いやかなりびびっていた。今回は前回の太郎ちゃんに加えて、ずっとDJをやりたがっていた同級生のシンガーをまねいた。時間はいつもの8時から11時に戻してもらった。それでもノルマは2000円×30人。楽観していた。前回の成功もあるし。ひとは来るでしょ。太郎ちゃんだけはDJを了承する代わりに、G、といった。Gさ、ちょっとあの店長に空いたスケジュールを無理矢理、回されてねえか?。そんなことないよ。そんなことない。何度も言われて、ちょっとだけむきになった。オーガナイザーとして素質もあるし、育ててくれるって!。ならいいけどさ。
あいだにども!タロックです!という題名のメールが来て、タロックくんと新宿で軽くお茶をした。同じようにロックが好きで、僕がそれまで無縁のクラブに通ってるといった、タロックくん。クラブで有名なロックライターさんがあのちっちゃなかわいらしい女の子をナンパしたんだよねー、なんて話してて、すげーな!と感動した。だってずっと読んでいた雑誌のライターさんだった。今度、一緒にイベントやろう?。素直に嬉しかった。コーヒー二杯もおごってくれたし。
3人のお客さんの前で、それも僕が呼んだお客さんはいなかった、イベントは静かに始まり、静かに終わる。険悪を通り越して、諦め。フロアの、あの冷えていく以前に冷めた目。みんな黙って帰り道、電車に乗る。太郎ちゃんがいった。騙されてんだよ。今日は俺等だって、金払ったじゃん。4万円までは払えた。残り、1万4千円。二人で割って出してもらった。受け取った札束を手に、ま、まだ勉強だからね。店長はそういった。DJはいい感じだから、きみ、次はブレイクビーツとかエレクトロニカのイベント、やんない?。目の隅っこでスタッフのB系の男の子が掃除をしていた。あくびしながら。イベントはちょっと。さえぎるように、や、DJでさ。頑張るんだよ。いま頑張んなかったら、これまでの勉強料が無駄になるんだよ。そこで1月のイベント、別のオーガナイザーに僕と、ほら、前回DJしてた男の子、エレクトロニカ系の、と僕の友達を指し、彼を紹介したいんだ。それにそのオーガナイザーは、VJを入れれる。
6.
冬になり、もうあの太郎ちゃんと一緒に買いに行った、半袖の灰色のシャツは着てなかった。もういつもの喫茶店にも行かなかったし、下見をしながらワクワクすることもなくなっていた。ノルマ、二人分で15人、3万円のうちの2万円は用意できた。オールナイトだし、オーガナイザーさんいるし。大丈夫だろうと思っていた。根拠がないからこそ。メール、一斉に送信したし。その後輩、コーちゃんとふたりでクラブに入っていった。コーちゃんはもうライブハウスにも出ていたギタリストだった。夏の成功したと思ったイベントにも出てくれていた。クラブに入るなり、最初にそのクラブを紹介してくれた先輩がおっ!といって、来たなと笑う。ようやくお前のDJ見られるなあ。
コーちゃんがリハーサルの途中で、入ってきたBボーイ二人組にあいさつした後、Gさん、ちょっと空気吸いません?と外に誘う。Gさん、やばいっすよ。彼らDJ決まったの先週ですって。オーガナイザーいないし、なんか、彼らはノルマなしらしいっす!。ねぇGさん、このまま逃げません?。
2セットずつ、四人で回す。オープンしまーすという先輩の声。タロックくんが入ってきた。だけど、僕やコーちゃんが回す最初の時間のお客さんはタロックくんだけだった。BボーイDJ’sもそこにはいなかった。コーちゃんの途中、11時半にはタロック君が帰り、コーちゃんの最初のセットの最後のほうでようやくBボーイDJ’sがブースに入ってくる。一人のお客さんがいることに気づく。先輩が、コーちゃんに近づいて、お前センスいいね!といった。僕はずっとうつむいていたし、BボーイDJ’sが回す、アイムスティルジェニファロペス、アイムスティルジェニファロペスというコーラスの曲で、その唯一のお客さんが手を上げて歌いながら踊ってるのを見てた。コーちゃんにお金、どう切り出そうかずっと考えながら。8千円。かあ。僕の番が来た。トリッキー、DJshadow、マッシブアタック、ジュラシック5のスウィングセット…最後にTHA BLUE HERBの未来は俺等の手の中をかけた。誰もいないフロア。コーちゃんが準備を終えて、Gさん、もう途中で変えていいすか?と聞いた。最後までかけて。わかりました。ボスの声が僕の中で鳴り響く。そして消えていく。
コーちゃんのほうがセンスが良いね!先輩は上機嫌だった。店長は僕から、僕の二万円と、心底謝りながらコーちゃんに出して貰った8千円のノルマを受け取ると、いつものように、これは投資だから、みんな初めはそうだから、といった。
寒い朝、吐く息白い新宿の朝、24時間の居酒屋に入る。相席できるようの大きなテーブルに二人で座り、僕はいつものようにDJが終わるまで口にしなかったビールを呑んだ。大学時代、僕が歌い、ギターを弾いてくれていたコーちゃんはGさん、騙されましたねといった。でも。いや。甘いっすよ。Gさん、次はないからね。しばらくして、僕はいった。コーちゃん、俺考えたら、ノルマ払わなかったら、機材買えたよ。揃えられたよ。二人で爆笑した。僕、頑張ってバンドやります。だからGさん、DJ、あそこじゃなくて、でもどこかで頑張っていつか一緒にやりましょう。僕、DJはいいや。バンドやります。生温いビールを財布の中身を計算して二杯飲んだ。それからしばらくして、何度か店長からかかってきた電話を無視した。タロックくんのメールが一日に10回鳴る日もあった。1か月過ぎて、ようやくそのクラブ周りのひとの連絡が途絶えて、僕はDJなんてやるんじゃなかったな、と思うようになっていた。始まりの終わりだった。半年間のDJ生活だった。
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