第1話 いきなり殺人ってヘビー過ぎる
目を覚ますと、目の前には多くの星が瞬く夜空が広がっていた。
これ程の綺麗な夜空を見たのは生まれて初めてだ――こんな感動は一瞬で消し飛んだ。辺りに漂う何のものとも分からない強烈な異臭によって。
堪らずこの場を離れようとしたが、次に襲ってきたのは全身を走る猛烈な痛み。うめき声をあげながら地面を転がったが、それによって益々痛みが酷くなる。
歯を食いしばって、じっと痛みに耐える。完全に引いたわけではないが、少し和らいだ気がした。落ち着いて自分の体の状態を探ると、傷ではなく打ち身のようなものによる痛みだと分かった。
どうしてこんなことになったのか――酔っぱらって喧嘩でもしてしまったのではないかと考えたが、酒なんて飲んだ記憶はない。真っ直ぐに帰路について最寄り駅からバスに乗ったことをはっきりと覚えている。そして――。
「おい。いつまで僕をほったらかしにするつもりだ?」
不意に聞こえてきた声に思考を遮断される。何者かと声のした方向に視線を向けてみると、その途端に痛みを忘れられた。
声を掛けてきたのは金髪翠眼、頬をほんのりと赤く染めた白人の少年だった。これだけだと美少年のように聞こえるが、少年はふっくらを通り越して丸々と肥えている上に、こちらに向ける視線も生意気そうなもので、可愛いとは少しも思えない。
それだけではなく、その服装はフリルの沢山ついた白いシャツに赤い蝶ネクタイ。白いタイツの上に紺色の半ズボンと、漫画に出てくる典型的な馬鹿貴族といった装いだ。
「お前は?」
「お前? お前とは何だ? 無礼ではないか!」
返ってきた答えもある意味予想通り。頭の中が益々混乱してしまった。
「まあ良い。ようやく話を聞ける者に出会ったのだ。ここは大度を示してやろう」
意味の分からないことを言う少年は、普段であれば決して相手をしたくないタイプなのだが、今は事情を聞けそうな唯一の人だ。追い払うわけにはいかない。
「ここは何処だ?」
少年の問いに、それを聞きたいのはこちらだと、頭の中で返そうと思ったのだが。
「裏町の貧民街のはずれ」
口から出たのは全く違う言葉だった。
「貧民街……しまった」
少年の顔が青ざめているのが暗くても良く分かる。この反応だとどうやら迷子のようだ。だが、それよりも気になるのは、貧民街とは何処だということ。
その答えは――グランフラム王国の王都の北のはずれにある貧民街。
聞いたこともない国名が何故か頭の中に浮かんだ。
何かがおかしい。血の気の引いた今の自分の顔は少年と同じように真っ青だろう。
「おい、お前。僕は大通りに出たい。道案内が出来るか?」
「……出来るけど出来ない」
今度は頭で考えて浮かんだ言葉をそのまま口に出した。
自分には自分が知らない知識がある。これも自分の頭で思いついた言葉だが、その意味が分からない。
「出来るけど出来ないとはどういう事だ!? 礼ならするぞ!」
少年が焦った様子で話しかけてきたせいで、また思考が中断された。まずはこの状況を何とかするのが先のようだ。
「……怪我で動けない」
「怪我? あっ、そうか。ちょっと待っていろ」
人を呼んできてくれるのかと思ったのだが、その期待に反して少年はこの場から動こうとしない。真剣な表情で何かを呟いている。
「……我に癒しの力を与えよ」
じっと耳を澄まして、聞こえてきたのはこれだった。
「癒しの風、ヒーリング」
少年の言葉にわずかに遅れて自分の全身を風が撫でる。
わずかな風だ。わずかではあるが確かに風だ。少年の行動の意味を理解して、愕然となった。
「どうだ?」
勇んで少年が問いかけてきた。怪我が治ったかという意味なのは間違いないだろう。
そっと体を動かして見る。
「くっ」
思わず声が漏れる。少し和らいでいる気もするが痛みは消えていなかった。
「……僕はまだ子供なのだ。大きくなればもっとうまく使えるようになる」
自分の反応で結果が分かったのだろう。少年が言い訳をしてきた。だが、これで間違いない。少年は魔法で自分の怪我を治そうとしたのだ。
「痛みは軽くなった。歩くくらいなら出来る」
「そ、そうか? では案内せよ」
少年の為というよりは、明らかに危険な場所であるここから早く立ち去りたくて、まだ痛む体をどうにか動かして立ち上がった。
痛みはあるが、動けない程ではない。一応は少年の魔法は効果を発揮しているようだ。
「……こっち」
又、勝手に頭の中に場所の情報が浮かぶ。何故かは分からないが、今は助かる。
この情報が正しいという前提ではあるが、疑っても仕方がない。とにかくもっと安全な場所に移動して、少年か、もっと話が分かりそうな誰かに状況を確かめなければならない。
そう。ここは危険なのだ。自分にとっても、少年にとっても。湧きあがる恐怖に自然と足が早くなる。
だが、その足は、すぐに止めなければならなくなった。
「よう。まだ生きていたのか?」
目の前に現れた男によって。
俺はこの男を知っている。俺の怪我はこの男の暴力のせいだ。それだけではない。これまで何度も酷い目に遭わされた。
人には言えないような事をされてもいる。いくら憎んでも憎み足りない存在。それがこの男だ。
「まあ、それは良いや。今は後ろのガキに用がある」
案の定、男の興味は後ろに付いて来ている少年に向いている。
明らかに金持ちのボンボンといった風体の少年だ。この街に住む者たちにとっては恰好の獲物。自分だってある程度まで送った後は、金目のものを奪うつもりだった――自分ではない、自分がこんなことを考えている。
「その餓鬼はこちらに渡してもらうぞ。テメエには勿体ない獲物だ」
自分であれば少年の持ち物を奪うのがせいぜい。だが、この男であれば実家を脅して身代金を手に入れられるだろう。確かに自分には勿体ない――どうして、こんな思考が浮かんでくるのか。自分には分からない。
「ぶ、無礼者! 僕を誰だと思っている!」
「知るか! こっちは金持ちであれば誰でも良いんだよ!」
「僕はヴィンセント・ウッドヴィル! ウィンヒール侯家の人間だぞ!」
「何だと!?」
金持ちであれば誰でも良い。男はこう言ったが、それにも限度がある。
ウィンヒール家は俺、正確には俺の中に居る誰か、みたいな人間でも知っている有名貴族。この国を支える三侯家の一つだ。三侯家に睨まれてはこの国に居場所などない。
こう考えるのが普通なのだが、男の反応はそうではなかった。満面の笑みを浮かべて少年に近付いている。分かっていたことだが、この男はどうしようもない馬鹿なようだ――これについては同感?だ。
「侯爵家のガキとなれば、いくら要求しても問題ねえ。一生遊んで暮らせるぜ」
「ば、馬鹿なことを考えるな」
「俺は馬鹿じゃねえ!」
どう考えても馬鹿だろう。男が馬鹿なのはどうでも良い。だが問題は自分の身の安全だ。この状況を周りの奴等はどう見ているか。俺が少年を騙して、男に引き渡していると見られないか。
もし、そうであれば、俺の人生も終わりが見える。どうでも良い人生だが、良いことが何もないままに死ぬのも少し癪に障る――そうじゃない。こんなことで死にたくない。夢であれば、早く覚めてくれ。
自分の中で自分が叫んでいる。今の自分はどちらの自分なのか、何だか分からなくなってきた。
「大人しくしていれば痛い目を見ることはねえ。金が手に入れば無事に家に帰してやる」
「本当か?」
どうやら少年も馬鹿のようだ。顔を見られた誘拐犯が生きて帰すはずがない。
そして少年が戻ってこなければ、侯爵家は報復の為に、その力の全てを使うだろう。捕まれば殺されるのは間違いない。逃げられるとも思えない。逃げようにも逃げ場も逃走資金も俺にはない。
選択肢は残されていない。覚悟を決めるしかない。
「良いから大人しく付いて来い」
「……やっぱり嫌だ。僕を家に帰せ。ちゃんと礼はする」
「だから金を貰えば返してやるって言ってるだろ?」
「だ、だって……」
男はまずは穏便に事を済ませるつもりのようで少年を懸命に宥めようとしている。こちらに意識は全く向いていない。
やれるか? やるしかない。心の中でもう一人の自分が止めようとしている。その意識を奥に押し込んで行動を起こす。
ゆっくりと、気付かれないように男の背中に近付いて行く。隠し持っていたナイフを取り出す。この日の為に集めていた武器の一つだ。残りは数刻前に男に全て取り上げられていた。今度は絶対に失敗しない。
少年の両腕を掴んでいる男。しゃがみ込んでいるおかげで、男の後頭部がすぐ目の前に見える。男の首筋にナイフを突き刺そうと腕を振り上げる。
少年が自分に視線を向けているのが見えた――馬鹿が。少年の目線で男が後ろに居る俺に気が付いて振り返った。
「テメエ! 何してやがる!」
「うわぁああああああ!」
湧きあがる恐怖に叫び声をあげながら、男の顔に向かって腕を振り下ろした。
「ぐがっ」
手に残る嫌な感触。そんなことを気にしている余裕はない。男の口に突き刺したナイフを抜いて、更に男の顔に振り下ろす。男の右目に深くナイフが突き刺さる。まだだ。男は何かを叫ぼうとしている。
「死ねぇえええ!」
更に顔面にナイフを振り下ろす。男の口から言葉が漏れることはなかった。ゆっくりと前に崩れ落ちる男。
「はあっ、はあっ、はあっ」
息が苦しい、心臓の鼓動が激しすぎて胸が痛いくらいだ。
「おっ、お前……」
「……逃げろ」
「に、逃げるって?」
「俺に付いて来い! 急いで逃げるんだ!」
「おっ、おお」
大通りへ向かう道を懸命に駆ける。血まみれのナイフを捨てようとするのだが、手が硬直していてナイフを放せない。何度も腕を振ってみるが固く握られたナイフは離れなかった。
「お、おい! 待て! もう少しゆっくり!」
後ろから少年が叫んでいる。放って置く訳にはいかないので、言われた通りに足を緩める。
少年は俺にとって大事な金づるだ。助けたことを恩に着せて、何とかまとまった金を手に入れなければならない。
それが王都から逃げる為の資金になる。
「……死んだのか?」
「……分からない」
「人を殺したのだな?」
「殺さなければ殺されていた」
「そうか……」
それでまた少年は黙り込んだ。人を殺すことに抵抗はあっても、自分が殺されるよりはマシだ。こう考えるくらいの頭はあるようだ。
人を殺した。少年の言葉のせいで、それを実感した。
急に手が震えはじめた。さっきまでどうやっても放せなかったナイフが、するりと手の中から滑り落ちる。震えは全身に広がっていき、足が動かせなくなった。
「おい? どうした?」
少年の問いにも答えることが出来ない。
「おい? 大丈夫か? 早く逃げないと」
そんなことは分かっている。男は殺した。だが男には仲間がいる。貧民街を離れなければ、次は俺が殺される番だ。
分かっているのだが、どうしても体が動かない。体が動かないどころではない。意識が徐々に朦朧としてきて、少年の声も聞こえなくなってきた。
「……い! ……しろ! ……どこだ!?」
何を言っているのか全く分からない。それを考える力もない。そして俺の意識は深い闇の中に沈んでいった――
◇◇◇
目を覚ますと、木目の天井が目に入った。どうやらベッドの上で寝ていたようだ。
夢だった――こう思ったのだが、目の前の天井も自分が知らない天井だと気が付いた。
慌てて体を起こしてみれば、ベッドが置かれているこの場所は少しレトロな感じもする重厚な家具が置かれた洋風な部屋だった。
視線を右に向けたところで、もう一人、この部屋に人が居ることに気が付く。気が付くと同時に酷く落ち込んでしまった。
その人物がベッドに近付いてきた。
「目覚めたようですね。私は報告して参りますので、少し部屋を離れます。このままでお待ちください」
茶色の髪に青い瞳。どう見ても日本人には見えない、それもメイド服を着た女性が落ち着いた声でこう告げて、そのまま部屋を出て行った。
まだ夢から覚めていない。覚めているのであれば、これは――
冷静になって考えてみることにした。この世界は何だ――これに対する答えは浮かばなかった。
この国は何という国だ――グランフラム王国、という確かな答えが頭に浮かんでくる。
俺は誰だ――守矢(モリヤ)亮(リョウ)、自分の名前が頭に浮かぶ。当たり前だ。
だが、自分の中にはもう一人の自分が居る。これは間違いない。どうすれば、その自分を知ることが出来るのか。
生まれは――答えは東京。
どうにも上手くいかない。自分が今の自分である間は、自分のことを聞いても無駄なのだろうか。気を失う前の自分はもう一人の自分だった。その時にもっと自分の情報を頭に浮かべていれば。
考えても無駄なことを考えてしまった。今出来る方法を試してみるしかない。
この街での家はどこだ――頭に浮かんだのは住所ではなく、ボロ家ということさえも差しさわりのある、板を組んだだけのもの。その空間が自分の寝床なのだろう。一応は地面の上に色々な物が敷いてある。
質問の仕方としては成功だ。
この世界での親は――答えが分かっていて問い掛けてみた。思った通り、親は居ない。もっとももう一人の自分でなくても答えは同じだ。親は居ない。
殺した男は誰だ――ダン、という名が浮かぶ。名を知っている相手だ。そして、自分はそのダンを酷く憎んでいる。自分が知らない男をもう一人の自分は憎んでいる。
それは何故だ――この問いを頭に浮かべたことを直ぐに後悔することになった。いくつもの記憶が頭に浮かんでくる。罵詈雑言を投げつけられるなどいつものこと、暴力を受けるのもしょっちゅうだ。それだけではない。ダンという男は……自分を強姦していた。少年である自分を。
その時の屈辱が頭に浮かんだ時は、自分のことのように怒りで体が震えた。そう。自分のことなのだ。
今頃になって自分の体が小さくなっていると気が付いた。長く伸びている髪の色は変わらないが、肌の色は随分と白くなっているように見える。
恐らくは自分が子供になったわけではなく、もう一人の自分の中に自分が入ったのだろう。憑依なのか、転生なのか分からないが、とにかく、そういうことだ。
自分は自分が生まれ育った世界とは別の世界に居る。元の世界での自分は……恐らく死んだのだろう。
バスに乗った後の記憶を手繰り寄せてみる。思い出せたのは、駅から少し行った所にあるバイパス道路に入った後に、バスの車内が異様なくらいに明るくなったこと。転生の光とかそういうことではない。何かのライトが車内を照らした明るさだと自分は、はっきりと認識している。
その先はいくら思い出そうとしても何も思い出せない。
これから想像すると衝突事故で即死というところか。あんな席に座らなければ良かった。若いのだから立っていれば良かったのだ。そうすれば死ななくて済んだかもしれない。
こんなことを考えても全く意味はない。
これからのことを考えなくてはならない。
もう一人の自分は王都から逃げようと訴えている。あの男の仲間が報復してくることを恐れている。これについては賛成だ。自分だって死にたくない。
だが問題は、今の自分は孤児で、頼れる者も誰もおらず、貧民街で残飯をあさって何とか生きていたような人間で、逃げる為に必要な金も術も何もかも持っていないということだ。
そうじゃない。その前に考えることがあった。
ここはどこだ?
俺は逃げられたのか?
もしかしたら俺はすでに捕まってはいけない相手に捕まっているのではないか?
急いでベッドを降りて窓に駆け寄る。窓から見える外の景色は青空。下には綺麗な庭が見える。三階という所だ。窓からの脱出は無理。
部屋の出口の扉に近付いて、外の物音に耳を澄ます。まるでタイミングを計ったかのように、女性の声が聞こえてきた。
「エアリエル様! いけません! その部屋に近付いてはいけません!」
耳を澄ますまでもない。はっきりと耳に届く、その言葉の意味が分かって、慌ててベッドに駆け戻った。
自分がベッドに飛び込むのと部屋の扉が開くのはほぼ同時。ゆっくりと顔を扉の方に向けてみると、そこには、貧民街で会った少年と同じ金髪翠眼の、今度は少女が立っていた。
少女の方は太ってはおらず、吊り目が少しキツイ印象を与えるが、全体的には可愛らしい顔立ちをしている。
その少女は近づいてくると、無遠慮にジロジロと自分を眺めはじめた。
口を開いた少女の台詞は。
「ふうん。そう、貴方がお兄様の拾ってきたペットね」
失礼この上ない言葉だった。
前言撤回。可愛くなんてない、ただの小生意気な小娘だ、と思ったのだが、それとは別に少女の台詞に気になる言葉を見つけた。
「お兄様が拾ってきた?」
「そうよ。“あの”お兄様が、小汚い貴方を拾ってきたの」
子汚いは余計だが、それに文句を言っている状況ではない。
「……拾ってというのは?」
「貧民街で倒れた貴方を、“あの”お兄様がおんぶして助けたそうよ」
「彼が背負って……」
いちいち、「あの」を付けるところが気になるが、少年が自分を運んできたのは確かなようだ。
「そうよ」
「つまり、この家は?」
「あら、聞いていなかったの? ここはウィンヒール侯爵家の屋敷よ!」
何故か偉そうに胸を張って、少女は言い放った。その態度が妙に可愛らしくて、思わず笑みが浮かぶ。少年の家と知って、安心して気が緩んだせいもあるのだろう。
「何を笑っているの?」
笑みを浮かべている俺に少女が話しかけてきた。
「助かったと思ってね」
「…………」
返事をした自分を少女は不機嫌そうな表情で見つめている。
「どうしたのかな?」
「……その口の利き方。ペットの分際で無礼だわ」
「ペットって……」
「私は侯爵家の人間よ。貴方がそんな口を利いて良い相手ではないわ」
「それは……失礼致しました」
これは自分が迂闊だった。少女は貴族で自分は平民、それも恐らくは最下級に位置する貧民街に住んでいた人間だ。
この世界は元の世界とは違う、身分制度に厳しい世界なのだろう。
「あら、ちゃんと話せるのね?」
「少しだけです」
「まあ、その辺は少しずつ躾れば良いわね」
躾。少女の中ではあくまでも自分はペットのようだ。
「その前に身なりだわ。髪はぼさぼさ、それに何だか……匂うわ」
「匂いますか?」
「匂うわ。凄く嫌な匂い」
「……すみません」
はっきりと言われると、さすがに傷つくのだが、少女はこちらの気持ちなど全く気にする様子はない。
「リズ」
「はいっ!」
少女の呼びかけに応えたのは、後ろに控えていた侍女の恰好をした女性だ。実際に侍女なのだろう。
「これを綺麗にしなさい。体を磨き、髪を整え、ウィンヒール侯爵家の嫡子であるお兄様のペットに相応しい装いを与えるのです」
「はい。承知致しました」
ペット扱いは確定なのか。
「では、綺麗になったら会いに来ますわ」
「…………」
「会いに来ますわ」
「……楽しみに待っております」
「ええ。では失礼」
どうやら正解だったようだ。少女はつんと澄ました顔で、部屋を出て行った。
残ったのは自分と侍女の二人。
「こちらに」
侍女の方は澄ましたというよりは冷めた顔で自分に付いてくるように促した。どうやら歓迎されていないみたいだ。別に構わない。長く付き合う相手ではない。
当面の危機は去った。次の難関は、何とか謝礼を手にして、王都から逃げ出す算段をつけることだ。その為に何をしなければならないか。考えることが多すぎて、頭がパンクしそうになる。
それでも考えるしかない。今の自分には考える以外に何も出来ないのだから。
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