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作られた勇者、生み出された悪魔 第5話 おやつは幾らまでですか?

 勇者養成学校における生徒の評価は定期試験が全てではない。様々な機会が用意されており、その時の活躍も最終評価に影響を与える。実際は定期試験よりも重要視されており、何度かそういった機会を重ねていく中で脱落していく生徒が増え、自然と学年の首席は決まっていくものなのだ。
 そうであることは生徒たちも分かっている。だからその機会、学校行事とされているその機会を万全の状態で迎えようと、それぞれが様々な努力を行うのだ。

「遠足……俺は欠席だな」

「駄目だよ。ちゃんと先生の話を聞いていた? 遠足という名の実戦訓練の場だから」

 学校行事の一つである遠足を欠席しようとするベリアルに、コリンがただの遠足ではないことを説明する。本来は説明する必要のないものだ。ホームルームの時間に教師がきちんと説明しているのだから。

「実戦訓練? もう、そんなことやるのか?」

 いきなりの実戦訓練だと聞いて、ベリアルは驚いているが。

「もう、って……もう二学年の秋だからさ。この先の行事は重要なものばかりだよ」

「俺は入学したばかり」

 ベリアルは二学年の途中で入学してきた。だから、「もう」なんて思うのだ。他の生徒たちにとっては、ようやく訪れた本格的な訓練の機会だ。もちろん、もっと先であって欲しいと考えている生徒もいる。その多くが自分の実力に自信がない生徒だ。

「そうだとしても参加してもらうから。うちの騎士団は四人しかいないのよ?」

 クレタ王女もベリアルの参加を求めてきた。命じてきたが正しい表現だ。

「それは俺の責任ではありません。そう思われているのであれば、増やす努力をされてはいかがですか?」

「私はそうしたいけど……」

 クレタ王女もメンバーは増やしたい。だがアイアスは中途半端な人材の加入を、こういう言い方を彼はしないが、許してくれないのだ。

「どうして俺には強制で、アイアスには気を使うのですか? 差別です」

「ナイツ・オブ・ドーンの団長はアイアスだもの」

「そうきましたか……」

 本当の理由は私情。アイアスに好意を抱いているからであるはずなのだが、クレタ王女はそれを隠す理由を用意していた。

「今更ジタバタしてもどうにもならないわ。今回は今のメンバーで戦うしかない」

「……ひとつ確認が」

「何かしら?」

「王女殿下は戦えるのですか? 一度も授業でお見かけしたことがないので、実力が分からなくて」

「…………」

「嘘?」

 答えは沈黙。つまり戦えないのだ、とベリアルは受け取った。

「誤解しないで。私はサポート専門なだけよ」

 直接的な戦闘は出来ないが支援は出来るとクレタ王女は言ってくる。

「サポート専門というのは?」

 だがその支援がどういうものなのかベリアルには分からない。

「お茶を入れたり、食事の用意をしたり?」

「…………」

「冗談よ。私は魔道使い。敵を探知したり、逆に気配を消したり。あとは味方の身体強化も出来るわ」

「……それは魔道具があれば誰でも出来るのではないですか?」

 魔道使いは魔道具使い。ベリアルの言う「誰でも出来る」はさすがに言い過ぎだが、実際にそれらの効力を発揮するのは魔道具の力だ。

「そんなことを言う人には貸してあげないから」

「……まさか王家保有の魔道具を?」

 魔道具にも当然、良し悪しがある。王家が保有する魔道具は王国最高の物であるはずで、クレタ王女はそれを使っているのではないかとベリアルは考えた。

「あのね、さすがにそこまでのことは出来ないわよ。私が個人的に所有している物よ」

「それを王家保有と言うのでは?」

 王家の一員であるクレタ王女が保有しているのだから、その魔道具は王家保有の魔道具だとベリアルは思う。実際は少し違う。特級品と呼ばれる魔道具は王家の一員であっても自由に使えるものではない。王国管理で他国との戦争の時などにしか使われない物だ。

「うるさいわね」

 それでもクレタ王女が保有している魔道具は一級品。個人で所有出来る魔道具としては最高級品だ。

「……ちなみに料理は?」

「出来ないわよ! 出来るはずないでしょ!?」

 王女であるクレタが料理をするはずがない。聞かなくても分かることだ。それをあえてベリアルが聞いたのは、ただの嫌がらせだ。

「コリンも戦えない……お前は何をするんだ?」

 クレタ王女は魔道具での支援が出来る。ではコリンは何をするのかとベリアルは思った。コリンもまた直接的な戦闘では役に立たないはずなのだ。

「僕は……隠すことに意味はないね。魔法」

 だがコリンには戦う術があった。

「……冗談?」

「本気。僕は魔法を使える。ああ、だからといって、おとぎ話の魔法使いをイメージしないで。一発で大勢の敵を焼き払うなんて魔法は使えないからさ」

 そんな魔法はおとぎ話の中にしか存在しない。遙か昔には実在したのだが、失われてしまったのだ。

「……お前、魔人族なのか?」

 魔法が使えるのは魔人族だけ。これがベリアルにとっての常識だ。

「そう思われても仕方ないけどさ……僕は人間のはずだよ」

「よく生きているな?」

 魔人族であれば殺されているはず。コリンが普通に学校に通っていることがベリアルは不思議だった。

「だから人間だって」

「ああ、言い方を変える。よく信じてもらえたな?」

 魔法が使えるとなれば、いくら本人が否定しても周囲からは魔人族だと決めつけられる。ベリアルの認識ではそのはずなのだ。

「もう魔女狩りの時代じゃないからさ。そこまで驚くことかな?」

「……他にもいるってことか?」

「本気で聞いていたのか。いるよ。そんなに多くないけどね」

「そうなのか……」

 ベリアルには驚きの事実。かつては魔法が使えると知られた人は、すぐに捕らえられ、処刑されていた。そんな事実はなくても魔人族と疑われただけで、確たる証拠もなく殺された人も大勢いるのだ。

「貴方はどんな田舎で暮らしていたの?」

「北部のノルト」

「……田舎ね。でも戦いの最前線でもあるわ。それで知らないの?」

「庶民が知るようなことなのですか?」

「そうね……知らなくてもおかしくはないわね」

 コリンが言うように魔法を使える人間の数は少ない。都や他の街の情報が入らない田舎であれば、知らなくてもおかしくはない。

「魔法の威力は?」

「難しい質問だね。そうだな……頭くらいの大きさの石を思いっきり投げたくらい?」

「頭に直撃すれば死ぬか……体だと、一撃で致命傷とはいかないな。まあ攻撃力として認められる威力ではあるか」

 驚きの収まったベリアルは、コリンの魔法がどれだけ使い物になるかを冷静に考えている。この切り替えの早さには、少しコリンは驚いた。ベリアルらしいという思いもある。

「アイアスは剣による接近戦。コリンが中距離攻撃。王女殿下が支援役か。なんだ、兵種は一通り揃っている。じゃあ、俺は不要だな」

「違うから」「違う!」

 コリンとクレタ王女の声が重なる。この期に及んでもまだ不参加を諦めていないベリアルのしつこさに呆れ顔だ。結局、アプローチの仕方が違うだけで、しつこい性格は三人、アイアスも含めると四人の共通のものということだ。

「そうだ。肝心なことを聞いていない。実戦って言うけど、何を相手にするんだ?」

「魔物さ」

「魔物……遠足ってどこまで行くんだ?」

 魔物はどこにでもいるものではない。そのはずだった。

「確か……プローヴァ山。都から三日くらいの場所さ」

「割と近いな……」

 王都から三日の距離に魔物がいる。これもベリアルには驚きの事実だ。驚く様子は見せないようにしているが。

「驚かないね?」

 逆にコリンはそれを疑問に感じた。

「……何が?」

「魔物のことさ。知っていたの?」

 魔物の存在もまた庶民が知ることではない。魔物と戦うと聞いても、ベリアルが反応を見せないことをコリンは不思議に思ったのだ。

「ああ……最前線だからな。ただ俺の知る魔物は、大人しく山に籠もっているような奴等じゃない」

「……そうか。魔人族は戦いに魔物を使うこともあるのだったね?」

 ベリアルの故郷であるノルトは、魔物の襲撃を受けたことがある。そういうことなのだとコリンは理解した。戦いにおいて、魔人族が魔物を使ってくることがあるのは授業で教わっているのだ。

「数は?」

「そこまでの情報はない」

「それほど多くないはずよ。そうでなければ王国軍が放置しておかないわ」

 コリンに代わって、クレタ王女がベリアルの問いに答えてきた。といっても推測に過ぎない。実際のところはクレタ王女も分かっていないのだ。

「遠足ってこれまで何度も行われているのですか?」

「毎年の恒例行事よ」

「問題ない数だってことか……」

 遠足は何度も行われている恒例行事。中止となるような問題はこれまで起きていないという証だ。実際にどうかは分からないので、ベリアルは完全に納得しているわけではない。

「……それで団長」

「…………」

 ベリアルの呼びかけにアイアスは応えない。不意のことで自分が呼ばれていることが分かっていないのだ。

「団長はお前じゃないのか?」

「ああ、僕。何か用かな?」

「何故、一言も発しない?」

 これまでアイアスはほとんど言葉を発していない。雑談の時はうるさいくらいに話すくせに、割と重要な話をしている今、沈黙していることがベリアルには納得いかない。

「前に言わなかった? 僕は考えるのが苦手だから」

「そんな奴が団長……」

「不満なら代わろうか?」

「そんなことは言っていない。団長はお前だ……出発は再来週だな。分かった」

 乗り気でなかった遠足だが、ベリアルは少し参加する意味を見つけた。自分には知らないことが多すぎる。少し話を聞いただけで、そう感じた。その知らなかったことのいくつかが、遠足に参加することで、もう少し分かるかもしれない。そう考えているのだ。
 遠足の出発は二週間後。暁の騎士団=ナイツ・オブ・ドーンにとって、それが初めての実戦となる。

◆◆◆

 学校からの帰り道。ベリアルはかなりの速足で狭い路地を進んでいる。学校を出る時点では、なんとかアイアスをまくことが出来た。だが貧民街に帰ることはアイアスには知られている。のんびり歩いていては追いつかれる可能性があると考えて急いでいるのだ。
 だがそんなベリアルの考えは甘かった。

「お~い!」

 背中から聞こえてきた声。

「嘘だろ?」 

 アイアスが追いついてきていた。彼は速歩どころか、人目を気にすることなどなく全力で駆けてきたのだ。ベリアルは諦めて、アイアスが追いついてくるのを待つ、なんて真似はしない。
 聞こえなかった振りをして、すぐ目の前にあった角を曲がり、さらに奥へと進んでいく。帰り道よりさらに狭い路地。どこに続いているかなどベリアルは知らない。

「……迷路だな。きちんと把握しておいたほうが良いかもしれない」

 アイアスをまく為に、だけではない。貧民街はベリアルがいつも歩く道を除いて、といってもそれも表通りに比べれば全然狭いのだが、かなり細く入り組んでいる。そのほうが都合の良い人たちによって意図的にそう作られたのだ。路地の奥の奥は、王都の暗部である貧民街の更に暗部。一般人が避けるべき場所だ。

「……ん?」

 そんなことを考えながら角を曲がったベリアルの前に、不意に人が現れた。

「あ……」

「また?」

 見覚えのある、多分、女の子。以前、アイアスが助けた女の子だ。

「…………」

 じっとベリアルを見つめている女の子。といっても顔を向けているからそう思うだけで、両の瞳は前髪で見えない。

「……ああ、邪魔か」

 二人が立っているのは人一人がようやく通れるような細い道。女の子相手であってもすれ違うのは難しい場所だ。もう少し広い場所まで戻ろうと後ろを向いて歩き出すベリアル。

「……お前がそこに立ち止まったままだとすれ違えないだろ?」

 女の子が付いてきていないのに気が付いて、声を掛けた。だが女の子は無反応だ。

「……耳聞こえないのか? それとも言葉が分からない?」

 ベリアルのこの問いには、女の子は小さく頭を振ることで答えた。

「ちょっと広い場所まで移動するだけだ。付いて――」

「ベリアル! 居るのか!? 迷い込むと危ないぞ!」

 女の子を説得しようとしたベリアルの言葉は、アイアスの声に遮られた。

「ちっ……追いかけてきたお前は危険じゃないのか」

 それでもベリアルは逃げることを諦めない。半分意地になっているのだ。
 女の子の体を持ち上げるベリアル。抱え上げられたほうの女の子は、無言のまま激しい抵抗を見せた。

「い、痛い。大人しくしろ。変な真似はしない。後ろに移動させるだけだ」

 女の子に何度も頭を蹴られながらも、ベリアルはなんとか反対側に降ろす。地面に降ろされた女の子はまた大人しくなって、じっとベリアルに顔を向けている。

「……人のことは言えないが、お前のそれは伸ばしすぎだろ?」

 自分の前髪を手で払いながら、女の子に告げるベリアル。やはり、彼女に反応はない。

「さて、俺は行くけど……もし俺と同じ制服を着た男に会ったら、会ったことは内緒にしてくれ。お前と俺は会わなかった。良いな?」

「…………」

 首を傾げる女の子。言葉の意味を理解していないのではない。何故、嘘を付かなければならないのかが分からないのだ。

「……頼んでも無駄か。じゃあな」

 女の子は一言も喋らない。これはアイアスに会っても同じだろうとベリアルは考えた。女の子に背を向けて先に進むベリアル。

「あっ、いたぞ!」

 そのベリアルの行く手を塞ぐ人たちが現れた。いかにもという感じの柄の悪い男たちだ。

「テメエ、邪魔だ! そこをどけ!」

 ベリアルを怒鳴りつける先頭の男。女の子でも無理だったのだ。当然、すれ違えるはずがない。その男の怒声に対してベリアルは。

「がっ……」

 声ではなく蹴りで応えた。

「て、てめっ、ぐあっ!」

 地面に倒れた男を踏みつけて、さらに後ろにいた男にも蹴りを放つベリアル。それだけでは終わらない。地面に倒れている男たちを、とどめとばかりに何度も何度も強く踏みつける。
 男たちが完全に動かなくなったところでベリアルは、また奥に向かって歩き出した。

「……ん」

 その様子を見ていた女の子。ベリアルの姿が完全に見えなくなったところで、彼女もまた、反対側に向かって、軽い足音を残して去って行く。アイアスとその女の子とのやり取り、といっても一方的にアイアスが話しているだけだが、の声も、やがて消え、路地に静寂が戻った――。

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