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聖痕の守護者 第7話 三者面談……?

 魔人討伐任務に向かっている聖光兵団ジャスティス従属部隊。先行する従属部隊にやや遅れる形で守護戦士候補たちと騎士たちが続いている。遅れているといっても今はその差はあまりない。移動途中にある街の有力者との面会など、討伐任務に向かう途中であっても色々と予定があった守護戦士候補たちだが、目的地に近づいたことでそういった雑務はなくなっている。目的地は魔人が拠点を構えている森林地帯。雑務が発生するような街など近くにはないのだ。
 カロンがマイアに連れられてきたのは、守護戦士候補たちが今晩泊まる予定の村。森の資源で生計を立てている人たちが暮らしている小さな村だ。

「あの建物です」

 マイアが指差したのは村の中でも割と大きめな建物。村長の家なのだが、説明されていないカロンにはそんなことは分からない。考える余裕もない。
 まさかここまで連れてこられるとは思っていなかったカロン。周囲から向けられる視線が気になるのだ。

「やあ、カロン! どうしたんだい?」

 そんな中で陽気な挨拶を投げかけてきたのは、聖弓士候補のヒューイ。子供の頃から何度も会っているカロンとヒューイは幼馴染みと言える関係だ。ヒューイの挨拶もそういう気安さからのものなのだが、今のカロンには煩わしい。

「……呼ばれたから来た」

 全然答えになっていない。実際にカロンは何の話をする為にここまで連れてこられたのか分かっていない。とりあえず伝えておこうと考えたのは、自分の意思ではないということだ。
 ヒューイにではない。そのすぐ側にいるマルスと、彼と同じような白い目を向けている騎士たちに対してだ。

「ああ、おじさんのところか。会うのは久しぶり?」

 ヒューイは勝手にカロンがここに来た理由を決めている。こう考えるのは普通だ。マイアが話したいからここに連れてきたなんてことは思わない。彼女が同行している点を疑問に思わなければ。

「……かなり久しぶり。前回はいつだったか覚えていないくらいだ」

「そう……終わったら話せるかな?」

 カロンとディオスの距離。それを感じたヒューイの表情が、一瞬ではあるが曇る。

「それは俺には決められない。時間が許されれば」

「分かった。じゃあ、また後で」

 時間は与えられる。聖弓士候補のヒューイがそれを望んでいるのだ。邪魔する人はいない。唯一可能性があるのはマルスだが、不服そうな態度は見せても話すなとまでは言わないはずだ。ヒューイには分かっている。
 ヒューイの言葉に苦笑いを残して、建物に向かうカロン。入り口の前に立つと、脇に立っていた騎士が扉を開けてくれた。カロンの為ではない。マイアがいるからだ。
 その彼女に続いて、建物の中に入るカロン。玄関を入ってすぐの部屋にディオスはいた。

「お待たせしました」

「待ってはいない。もともと今晩はここに泊まる予定だったのだ……久しぶりだな」

 マイアと言葉を交わしたあと、ディオスはカロンに視線を向ける。

「ご無沙汰しております。ディオス様」

「……まあ、座れ」

 元親子関係にあったとは思えない他人行儀な挨拶。それを向けられたディオスは気まずそうだ。そんなディオスの感情に対して何の反応も見せずに、カロンとマイアは椅子に座った。

「さて、ここまで来るだけで時間を使わせてしまいましたね?」

「いえ。特別予定があったわけではありませんので問題ありません」

 従属部隊は野営の準備を終え、あとは夕食をとって寝るだけだった。だからカロンたちはくだらない話をしていたのだ。

「貴方とは中々ゆっくりと話す機会が得られなくて。今回は良い機会だと考えて、こうして来てもらいました」

「……話というのは?」

「何か思い出せたことはありますか?」

 いきなり直球の問い、と考えるのは聞かれたカロンだけで、マイアにはそのつもりはない。尋ねたいことは色々とあり、これは話のとっかかりくらいのつもりだ。

「……すでに話していること以外は何もありません」

 これは嘘。連れてこられた当初に比べれば、色々と思い出している。正しくは「思い出した」ではなく、ウエアマウスのアルクに教わっただが。

「貴方のご両親については教会で調べています。ただ決定的な証がなくて。何か新しい情報があれば特定出来るかもしれないのです」

「……何もありません。俺の記憶はあの場所から始まっています」

 カロンの記憶の中の母親はラミアだ。彼女以外の親はいない。

「そう……物心がつく前のことですものね。今の暮らしはどうですか?」

「……大変ですけど、なんとか」

 もっと追及されるとカロンは考えていたのだが、いきなり話が飛んだ。少し戸惑いながら答えを返すカロン。

「何が大変なのですか?」

「鍛錬。それに実際の戦いも。思うようには行きません」

「ローグは元気ですか? 彼とも会う機会がなくて」

「元気、と言って良いのか……お会いになる機会がありましたら、お酒は控えるように言って下さい。私の言うことは聞いてくれなくて」

 会ったことがないのは事実だとしても、どういう状況か知っている可能性はあるとカロンは考えている。マイアは教会の人間なのだ。

「まあ、お酒。飲み過ぎは駄目ですね。機会があれば注意しておきます」

「それ以外は元気です。元気過ぎて手に負えません。何度も死ぬかと思いました」

「……どういう意味ですか?」

 カロンの言葉はマイアが想定していたものと違っている。もっと暗い印象を与える答えが返ってくると考えていた。もしくは嘘で塗り固めた答えか。

「鍛錬でボコボコにされます。さすがは元聖槍士。立ち合うたびにそう思います」

「貴方の実力もかなりのものだと聞いています」

「それは一般兵士の中では少しマシという程度。義理の父にはまったく敵いません」

「そうであれば、引退する必要はなかったかもしれませんね?」

 カロンの実力はかなりのものだとマイアは聞いている。その彼がまったく敵わないというのが事実であれば、ローグは片腕になっても一流の槍士だということだ。カロンが嘘をついていなければだが。

「どうでしょう? 私には魔人の強さは分かりませんので」

「そうですね。貴方の実力を見れば、ローグの今の様子も分かるかもしれませんね。ディオス殿、どう思いますか?」

「……そうだな。難しいかもしれない」

 いきなり会話に巻き込まれたディオス。それに文句はない。彼もカロンと話す機会を持ちたいという気持ちはあるのだ。

「何故ですか?」

「魔獣相手ではカロンの真の実力は測れない。カロンの実力が分からなければ、ローグの力も測れない」

 カロンが相手をするのは魔人は従えている魔獣。それも集団戦だ。それでは槍士としての実力は測れない。

「……では他の方法をとれば良いのではありませんか?」

「他の?」

「聖槍士候補生と立ち合いを行ってみるのはどうですか?」

「…………」

 まさかの提案。ディオスはすぐに答えを返せなかった。やらせたくはない。だがやらせない理由が見つからないのだ。

「それは無駄です。私は兵士。槍士とは戦い方が違いますので、立ち合いにはなりません」

 ディオスの代わりにやらない理由を考えたのはカロン。彼にしてみれば、聖槍士候補との立ち合いなど冗談ではない。下手をすれば、また隊長のバーンスに折檻を受けることになる。

「でも貴方はローグ殿と立ち合いを行っています」

「指導を受けているのです。槍の振り方や突き方だけであれば変わりありませんから」

「……それで死ぬ思いを?」

「そうですね……先日は一晩中、庭の木を突き続けることになりました。眠いというだけでなく、ずっと続けていれば腕を上げられなくなります。それでも無理して突いていると、徐々に痛くなり、一突きごとに激痛が走るようになります」

「ひどい……」

 カロンに対する虐待の一端を垣間見た気がしたマイアだが。

「義理の父も昔行っていたそうです。突きの基本が身に付くそうです」

「そう……」

 自分が行っていた鍛錬をカロンにやらせているだけ。それであれば虐待とは決めつけられない。これもカロンの話が事実であればだ。

「ああ、もしかすると正面で向かい合っての突き合戦であれば良い勝負が出来るかもしれません。それに意味があるとは思えませんが」

「……ローグのところでの生活は不便ではありませんか?」

 またマイアはいきなり話を変えた。カロンの反応を探ろうという目的ではない。追及しきれなくて、仕方なく別の話題に移したのだ。
 それに気付いたディオスは驚きを顔に浮かべている。マイアの意図をどこまで理解してのことかディオスには分からないが、とにかくカロンは追及を躱しきっているのだ。

「不便は不便です。さきほど申し上げたお酒のせいで、家政婦を雇っても続きません。家事のほとんどを俺がやる羽目になっています」

「そう」

「一方で気楽ではあります。鍛錬と家事の時間以外は自由ですから」

「……ディオスの家にいた時は気楽ではなかったのですか?」

 上手い具合に、確認したかったことの一つに話が流れてきた。それを逃すマイアではない。

「そうですね。大きく環境が変わって混乱していましたし、年の近いマルス様とテルース様がいましたので、家では一人の時間はほとんどありませんでした。気楽だったとは言えません」

「……家族がいたほうが楽しいとは思わないですか?」

 また躱された。だがマイアの追及は終わったわけではない。

「もともと俺には家族なんていません。それが当たり前だと思っていました」

「家族が出来ても嬉しいとは思えなかった?」

「……人と接することに慣れた今であれば、そう思えたかもしれません。これについては残念に思います」

 問題は自分にあったとカロンは言っている。ここまで来ると自分が何を知りたがっているか分かっているとしか、マイアには思えない。大人のディアスよりも、遙かにカロンは難しい相手だと感じた。

「すまなかったな。お前のその気持ちにもっと早く気が付いてやれば良かった。それが出来ていれば、違った家族の形を作れたかもしれない」

 ここでディオスが割って入ってきた。謝罪をしてもおかしくはない流れ。そう考えたのだ。

「それは無理でしょう。その気持ちを俺は人に見せる方法を知らなかったのですから」

「そうだとしてもだ」

「そのお気持ちだけで十分です。それに当時から俺は何とも思っていません。さっきも言った通り、人の優しさも厳しさも他人事でしたから」

 ヤヌスに言われた言葉をここで使ってみるカロン。養子であった当時に何があったとしても、カロンは何とも思っていない。仮にわだかまりがあったとしても、今日ディオスの謝罪を受けてそれは解消した。
 そういう設定だ。カロンはジャスティスに守護戦士になって欲しいのだ。選定で不利になるような情報は、それがどのようなものであっても、自分が辛い思いをすることになっても教会に知らせるつもりはない。それをマイアは理解していなかった。

◆◆◆

 マイアとの話を思う通りの展開で終わらせたカロン。一仕事終えた気分で建物を出たのだが、まだ面倒事は残っていた。カロンはヒューイとの約束を、完全に忘れていたのだ。
 村を出ようとしたカロンの前に立ったヒューイ。その隣には気まずそうな顔をしたバックスもいる。

「出来れば今日はもう帰りたいのだけど……」

「ええ? 話をしようと言ったじゃないか」

「そうだけど……ちなみに話って何?」

 帰る口実を考えたのだが良いのが思い付かない。頭に浮かんだ夕食の時間を理由にすれば、ここで一緒に食べようと言われるのが予想出来る。それはカロンにとって最悪のシチュエーションだ。

「そういう言い方をされるとな……じゃあ、大事な話だけ。カロンは当然、ローグ殿に槍を習っているよね?」

「それはまあ、少しは……」

 これだけでカロンには話の内容が想像つく。カロンと親しくないバックスが、この場にいるのだ。

「バックスにも教えてもらえるように頼んでくれないかな?」

「そういうのは兵団を通したほうが良くないか? 勝手に習っていては、いや、教えている側のほうが問題にされそうだ」

 これは断る為の嘘ではない。軍の規律を乱す行為として、問題視される可能性は高い。教わる側の聖槍士候補を処分するわけにはいかないので、教えた側の罪を問う形で。
 元聖槍士であるローグであれば厳しい処分にはならないだろうが、これをあえて言う必要性はカロンにはない。

「それが断られた」

「えっ? もう頼んでいたのか?」

 そんな話をカロンはまったく聞いていない。ローグがわざわざ話すわけがないが。

「ディオスおじさんからも頼んだらしいけど、それも駄目だったみたいだ」

「そこはディオス様、せめてディオス殿では?」

「そういう細かいことは良いじゃないか。とにかくあと頼れるのはカロンしかいない。そう思っていたら丁度来てくれたから」

「……習うのは兵団の鍛錬場? あっ、いや、自宅はないか。それでもな……」

 ローグが兵団の鍛錬場まで出向くとは思えない。だからといって自宅で教えることも、というかどこであろうと教えることはないだろうとカロンは思う。

「とにかく頼んでみてくれない?」

「……正直難しいと思う。それに万一、引き受けたとしても……」

「俺には無理だと言うのか?」

 バックスが不満そうな声をあげた。カロンと比較されることの多いバックスだ。カロンの反応には敏感に、誤解なのだが、なってしまう。

「俺を相手にするのとは違うと思うけど……かなり厳しい鍛錬になります」

「望むところだ」

「あっ、いや、恐らく考えられているのとは違って、どういえば良いのだろう? 虐め?」

「……はい?」

 バックスが考えている厳しさとは実際に違う。それでカロンは従属部隊の誰よりも強くなっているのだから、鍛えることは出来る。だが並の神経では耐えられないようなやり方なのだ。

「えっと……じゃあ、少しだけ」

「お、おい?」

 いきなり上着を脱ぎ始めたカロンにバックスは、ヒューイも驚いている。露出趣味があるわけではない。ローグの厳しさを理解してもらう為に、見せたいものがあるのだ。

「半分以上は鍛錬によって出来た傷です」

「…………」

 カロンが見せたかったのは傷跡。ローグと鍛錬を行う中で負った怪我の跡だ。それを見せられたバックスは唖然としている。カロンの上半身は傷だらけだったのだ。

「バックス様であればここまでの怪我はしないと思いますけど……それでも万一があってはどうかなと……」

「……お前はずっと、いや、そうなのだろうな。その傷跡がその証だ」

 カロンはずっとその厳しい鍛錬に耐えてきた。上半身が傷だらけになるような鍛錬に。

「ああ、こういうのはどうでしょう? 直接教わるのではなくて、俺が習ったことを伝えます。役に立つのも、まったく意味のないのもあるかもしれませんが、怪我をする心配はありません」

「それで、強くなれるか?」

 お前の様に、という言葉は飲み込んだ。バックスのプライドだ。

「どうでしょう? 俺とバックス様では実力が違いますから。何の役にも立たない可能性のほうが高いかもしれません」

「……今、何か教えてもらえるか?」

「何か?」

「何でも良い。教わったことを何か一つ。基礎的なもので良い」

 実際にどういうものなのか。バックスはそれを知りたくなった。自分の役に立つかというだけでなく、それを聞けばカロンの実力がある程度分かると考えてのことだ。

「……最近行っているのは木を突き続けるというものです」

「木を突き続ける……それだけでは分からないな。何を鍛える為だ」

「教わっていません。ただ、そうですね……攻撃を一点に集中すること。引き戻しを安定させること。それらを行うには体の軸をぶらさないようにすること。色々と気にしている点はあります。工夫していかないと一晩かかっても木を倒せませんから」

「一晩?」

「俺は未熟なのでそれくらいかかるのです。もちろん、そんな鍛錬は毎日出来ません。翌日の予定に余裕がある時だけ行っています」

 カロンは一度だけで終わらせずに何度も木を突き倒す鍛錬を行っている。バックスに話した通り、行っている間に色々工夫を凝らし、気をつけなければならない点を把握するなどしていると、明らかに槍の動きが違ってきたのが分かったからだ。

「……少しの時間で良い。実際にやってみてもらえるか」

「ええ……ああ、でも槍が」

 やらなくて済む理由。

「俺のを貸してやる」

 だがそれは呆気なく解決してしまった。

「……分かりました。では……あの木で。丁度あれくらいの太さですから」

「……そうか」

 思っていたよりもずっと太い幹。だが一晩かかるというからには、それくらいの太さが必要になるのだろうバックスは理解した。つまり、カロンは本当に一晩続けているのだと。

「……では、いきます」

 木の前に移動して借りた槍を構えるカロン。明らかにカロンから発せられる雰囲気が変わったのをバックスは感じた。
 わずかの間の後、カロンの体がわずかに揺れた。

「なっ……」

 木に向かって前後する槍先。その速さはバックスの想像を遙かに超えていた。周囲に飛び散る木の破片。見る見るうちにカロンが槍で突いている一点がえぐれていく。

「……こんな感じです」

「…………」

 カロンが突くのを止めてもバックスは呆然としたままだ。

「あの?」

 その反応にカロンは戸惑っている。

「……この調子で一晩突き続けるのか?」

「ああ、驚いているのはそれですか。まさか。最初だけです。途中から腕を上げるのも難しくなります。長く突き続けるには、いかに上手く腕の力を抜くか。これも大事です」

「なるほど」

 ずっと力を入れっぱなしでは槍は上手く動かせない。抜くべきところは抜く必要があることはバックスも知っている。

「こんなことをやっています。役に立ちそうですか?」

「……ああ。多分な」

 問題は自分がこの鍛錬をこなせるか。バックスにはそれが分かっている。それが出来れば自分が今よりもずっと強くなれることも。カロンの突きの速さは、明らかにバックスのそれを凌駕しているのだから。
 対抗意識なんて持っている場合ではない。カロンは自分が背中を追うべき相手。バックスはそれを思い知った。

「……聖剣士候補は無理でも、聖槍士候補にはなれそうですね?」

 それは少し離れた場所で様子を見ていたマイアの目でも明らかだ。

「…………」

 その問いにディオスは答えられない。彼もまた今初めて、槍士としてのカロンの実力を知ったのだ。

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