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聖痕の守護者 第2話 魔女に育てられた子

 アケローン大陸には三つの国がある。大きく分けて大陸中央から南部にかけて領土を持つ『アイネス王国』、東部と中央東部の『ロムルス王国』と西部と中央西部を領土とする『ユウス王国』の三国だ。他にも『聖光教皇国』という都市国家があるが、これは聖光教会の総本山という位置づけで独立国家としては人々に認識されていない。
 ただこれはあくまでも人族が、実際はこういう言い方は正しくなくロマヌス人がというべき、支配する国に限ってのこと。
 大陸の北半分に広がっている大森林地帯や山岳地帯にも人は住んでおり、小さいながらも国はある。ただ三国の人々、ロマヌス人は、そこに住む人々を蛮族や亜人と呼び、それらの国の存在を公式には認めていないのだ。
 特に亜人は魔人の配下、同一視されている存在で討ち滅ぼすべき敵と見られている。その魔人と亜人を滅ぼす使命を持った存在が『聖光の守護戦士』だ。
 『聖光の守護戦士』は三国が編成したチームを競い合わせて選ばれる。元々はチームではなく個人が競って選ばれるものだったのだが、守護戦士を輩出しているという名誉を各国が競うようになって、今の形に変わっている。
 カロンが所属する部隊が支援する『シャステイス』はロムルス王国人で編成されたチームで、それ以外にアイネス王国人による『ブレイブ』、ユウス王国の『フォース』の二つがある。ただその三チームの全てが公式には『聖光教会』の所属となっており、三国とは独立した組織とされている。当然、ただの建前だ。守護戦士候補者は母国の威信を高める使命を背負って、他チームと争っている。勝敗の判定を行うのが教会ということだ。

「今回のジャスティスの任務は中々厳しかったようですね?」

 教会では定期的に各チームの任務達成状況を確認する会議が行われている。その会議の場で現聖女であるマイアが配られた報告書を手にしながら尋ねてきた。

「はい。二千匹近くの魔獣を操る魔人だったようです」

 マイアの問いに答えたのは聖光兵団の兵団長であるカストル。

「彼等であれば『魔神七将』相手でも戦えそうですね?」

 魔神七将は十年ほど前に突然現れた魔人の中でも飛び抜けた力を持つ七人のこと。その全てを討ち滅ぼすことが当面の聖光兵団の目標。当面といってもまだ一人も倒しておらず、目標達成の目処はまったく立っていない状況だ。

「それはさすがに評価が高すぎるのではありませんか?」

 マイアの言葉を否定してきたのはユウス王国の教会駐在武官。聖光兵団と自国の調整役として各国は駐在武官を置いているのだ。

「魔神七将を今の時点で倒せるはさすがにお世辞が過ぎましたか?」

 聖女であるマイアは三国の出ではなく、元から教会所属。中立の立場であるので、ユウス王国の駐在武官と対立するような真似はしない。

「ジャスティスに関しては候補者ではなく、従属部隊が優秀だという話ですから」

 競争相手であるジャスティスの評価を高めるわけにはいかない。ユウス王国の駐在武官が意見を述べてきたのはこれが理由だ。

「その意見はいかがなものですかな?」

 ジャスティスを貶めるような発言をされては、ロムルス王国の駐在武官も黙っているわけにはいかない。

「何か問題がありますか?」

「大ありですな。魔人を倒したのは守護戦士候補者たち。従属部隊ではありません」

「しかし、今回の任務が厳しかったのは魔人に操られた魔獣の数。その魔獣を倒したのは従属部隊です」

「だからといって候補者の評価が無になるのはおかしい。任務を見事に達成したのだから、きちんと評価されるべきですな」

「もちろん、それを否定するつもりはありません」

 魔人を倒して、任務を達成したのは事実。それを否定するつもりはユウス王国の駐在武官にもない。それを行ってはこの先、任務達成の度に各国と議論を戦わせることになってしまう。それは得策ではない。

「ではジャスティスは難しい任務を達成した。これで良いですな?」

「任務達成については結構です。ただ従属部隊に関しては、納得しておりません」

「……どういうことですかな?」

「ジャスティスの従属部隊には守護戦士候補者並の兵士がいると聞いております」

「それは……」

 カロンの存在は当然、ロムルス王国の駐在武官も知っている。現守護戦士のほとんどはロムルス王国出身。自国の英雄である守護戦士に育てられたカロンなのだ。そうでなくてもカロンは教会では有名人だが。

「従属部隊の強弱によって守護戦士候補者の負担は大きく変わります。この点でジャスティスが有利であることは事実だと思います」

「……他のチームも従属部隊を鍛え上げれば良いだけの話ではないですかな?」

 ユウス王国の駐在武官が言っていることは完全には否定出来ない。だが従属部隊の強弱の違いは以前からあったことだ。

「しかしですね、聖剣士と聖槍士に鍛えられた兵士はそういるものではありません」

 カロンは当初は聖剣士ディオスに、そして今は聖槍士、元だが、のローグの家で暮らしている。そんな兵士は他にはいない。

「身寄りのない子供を預かっただけのこと」

「では何故、預け先を変えたのですか? しかも元聖槍士のローグ殿は独り身。子供の預け先には向いていないと思います」

 ユウス王国の駐在武官が疑っているのは、この事実があるからだ。何故、元聖槍士の家に移したのか。それは従属部隊の兵士の主要武器が槍であるからではないかと。

「預け先を変えた理由は家庭の事情。私には分からない。それに兵士を鍛えることの何が悪いと言うのですかな? さきほど申し上げた通り、他のチームも鍛えれば良いだけのこと」

 預け先の変更に何か意図があったかはロムルス王国の駐在武官にも分からない。だが仮に意図があってのことでも非難されるようなことではないと考えている。

「もちろん兵士は鍛えるべきです。ただ私は従属部隊の強弱は守護戦士候補者の評価に反映するべきだと考えます」

「だからそれは」

「弱い従属部隊と共に戦っている候補者の負担は大きい。それで任務を達成しているのですから、より実力があるということになります」

「…………」

 すぐに否定出来る話ではない。ユウス王国の駐在武官が言っていることは正論なのだ。候補者が守護戦士になっても従属部隊はそのまま残るわけではない。従属部隊に頼っていた候補者では守護戦士に相応しくない。

「そう難しく考える必要はないですわ。従う魔獣や亜人の数は魔人の力に比例します。従属部隊がどれだけ頑張っても、最後に戦うのは候補者なのですから」

「そうですが魔人と戦う前に疲れてしまっては」

 そうならない為に従属部隊がいるのだ。疲労という点では従属部隊の強弱は大きく影響する。

「そうかといって優秀な兵士を外すのもおかしいわ」

「ええ。ですから従属部隊を交替させることを検討して頂きたいと思います」

「交替、ですか?」

「はい。任務の度に組む従属部隊を変えるのです。そうすれば不公平は軽減されます」

「……大胆な提案ですね」

 従属部隊もそれぞれの国で編成されている。他国の守護戦士候補生と組んで、はたして本気で戦うのか。命がかかった戦いで手を抜くことは難しいが、可能性がないわけではない。

「試してみる価値はあります」

「……すぐに結論が出るものではないわね。教会内で検討してみるということでよろしいですか?」

「ええ。初めからそのつもりです」

「ではそうします。次の任務はフォースの番ですね。予定では一月後ですか。ではその後の会議でまた話しましょう」

「承知しました」

 結論の先延ばし。次回の会議でも結論が出ている可能性は低い。それでもユウス王国の駐在武官としては満足だ。今のところジャスティスの評価が一歩抜きん出ていることを彼は知っている。従属部隊の力の差を指摘することで、この先の評価をわずかでも抑えることが出来ればそれで良いのだ。 
 会議室を出て行く三国の駐在武官。教会の人々はそのまま残って会議だ。特別なことではないので、駐在武官たちが気にすることはない。

「……確認するまでもありませんが、魔女ラミアに育てられていた子供のことですね?」

 ユウス王国の駐在武官が話していた守護戦士候補者並の強さを持つという兵士。それが誰かをマイアは確認した。

「はい。カロンという名で、救出されたあと聖剣士ディオスに引き取られました」

「それは知っています。救出された場には私もいたのですよ」

「そうでした」

 マイアは聖女として魔女ラミア、カロンが母親だと思っている相手を倒した現場にいた。戦いの後、救出されたカロンがディオスの家に引き取られたことも当然知っている。

「ただ、いつからローグのところへ行ったのですか?」

「それについては私からご説明いたします」

 割って入ってきたのはカートライト枢機卿。聖光教会の諜報組織『情報局』の責任者でもある。

「お願いします」

「ロムルス王国の王立学校初等部を卒業する前年、今から八年ほど前になります」

「理由は分かっているのですか?」

「ロムルス王国の駐在武官が言った家庭の事情は事実です。義母との関係はかなり悪かったようで、その彼女がカロンと娘の関係に疑いを持ったのが原因のようです」

「原因はグレースですか……実際にはどうなのですか?」

 マイアはカロンの義母、ディオスの妻であるグレースを知っている。教会所属のマイアが聖女となったのは、聖女候補であったグレースが途中で辞退したからなのだ。

「ディオス殿の家族で仲が良いといえる唯一の存在だったようですが、あくまでも姉と弟の関係。それはそうでしょう? まだ十歳前後の二人です」

「……それで家から追い出したの?」

 仮に恋心があったとしても二人は子供、家から追い出そうという気持ちがマイアには分からない。

「我々が調べた限りは。ただ引き取り手はそう簡単に見つかるものではありません。結果、元聖槍士のローグ殿にお願いしたようです」

「だったら教会に預けてくれれば良いのに」

「はい。監視がかなり楽になりました」

 カロンは教会の監視対象になっている。そういう存在であるからディオスも引き取り手に悩んだのだ。

「そういえば、久しぶりに彼の話題になるわね? ローグのところにいるということは、まだどこから攫われてきたのかは分かっていないのね?」

「……そうですね。確実なことは分かっていません」

「分かっていることもあるの?」

「魔女ラミアを教祖とした『冥星教団』に誘拐されたとされる子供が何人かおります。その中の一人であろうと考えているのですが決め手がなく」

「……ラミアの実の子である可能性は消えたのかしら?」

 教会がカロンを監視しているのはこの可能性を考えてのこと。『冥闇の魔女』と呼ばれたラミアと彼女が率いる『冥星教団』は聖光教会にとって邪教であるというだけでなく、多くの仲間を殺した許されない相手。
 教祖であったラミアを討ち取り、教団員のかなりの人数を殺したことで今は壊滅状態にあるが油断はしていない。カロンがラミアの実の子であれば残党に祭り上げられ、教団が再生する可能性がある。それは絶対にあってはならないことなのだ。

「外見の特徴が。彼はどう見ても……どう言いましょう?」

「この場で建前を気にする必要はないわ。ですよね?」

 マイアが了承を求めたのは、じっと話を聞いているだけの教皇。聖光教会の頂点に立つ人物だ。

「かまいません」

「では……彼の外見はどう見てもロマヌス人。ラティヌス人であるラミアに似たところはありません」

 ラティヌス人は元々この大陸に住んでいた先住民。一方で聖光教会員も含めた三国の人々はあとから海を渡ってやってきた人々でロマヌス人と呼ばれている。ただこの呼称が公に使われることはない。ロマヌス人が人族で先住民であるラティヌス人は蛮族と、ロマヌス人の間では、呼ばれているのだ。

「混血である可能性はないの?」

「完全には否定出来ませんが、真実は死んだラミアにしか分からないことです。それとロマヌス人にしか見えない彼を、果たして冥星教団の残党が祭り上げるか」

 冥星教団の教団員はラティヌス人と亜人しかいない。ロマヌス人への反発心で大きくなった組織なのだ、とされている。そうであるので、ロマヌス人にしか見えないカロンを教祖とする可能性は低いと考えられている。

「……そうね」

「教団に引き取れるように動きますか?」

「どういう口実で? 今の彼を強引に教団所属にすれば、色々と勘ぐられるわよ?」

 優秀な兵士を引き抜いた。まず間違いなくこれは言われる。他にもカロンの素性を知っている人々は色々と考えるはずだ。

「……元聖槍士のローグ殿の家にいることは彼にとって良いことではありません」

「まだ独り身なのね? それに腕も不自由か。面倒を見ているのは彼のほうなのかしら?」

「それもありますが……虐待と言っても良い仕打ちを受けております」

「えっ……」

「こき使われるだけでなく、暴力を振るわれるのも日常茶飯事。少し調べるだけですぐに分かりました」

「嘘よね? あのローグがそんなこと……」

 元聖槍士であったローグともマイアは顔見知り。一緒にラミアと戦った仲だ。マイアの知るローグは子供に暴力なんて振るう人ではなかった。

「ラミアとの戦いで受けた怪我。聖槍士を退く原因となった怪我の恨みを彼にぶつけているという調査結果です」

「……自分の右腕を奪ったラミアへの恨みを……実の子である証なんてないのに?」

 ローグが聖槍士を引退したのはラミアとの戦いで右腕を失ったせい。ラミアを恨む気持ちは分かるが、それをカロンにぶつけるのは間違っているとマイアは思う。

「いかが致しましょうか?」

「……それでも口実が必要よ。ロムルス王国を納得させる口実が」

「考えてみます」

「……ラミアを倒すことは出来たけど、それによって多くのものを失った。ヴォーグは命を、ローグは右腕、ミリオンは戦う心を。早く次の守護戦士を決めないと」

 冥闇の魔女ラミアは倒せたが、その戦いで守護戦士はほぼ壊滅。現役は聖剣士のディオスと聖女マイアの二人だけになっている。
 当然、これまでも次代の守護戦士選定は行ってきた。だがその全てが突如現れた『魔神七将』と呼ぶようになった強力な魔人に殺されてしまったのだ。
 現在は危機的状況。守護戦士の選定は、それも魔神七将を倒せるだけの力を持った守護戦士の選定は急務となっている。

「……選定の方法について考え直す必要があるのではないでしょうか?」

 その為には変えるべきことは変えなければならない。自分の考えをマイアは教皇に告げた。

「選定の方法を変える。それはどのようなことを考えているのですか?」

「三チームを競い合わせるのではなく、合同で事に当たらせるべきです」

「それは……難しいですね」

 今の選定方法は三国が望んだ形。それを変えるのは、選定を担う立場である教会でも簡単ではない。

「ですが今の候補者たちが命を落とすようなことになれば、次はないのではありませんか?」

 今の候補者たちは皆、若い。それは彼等より上の世代の候補者が殺されてしまったからだ。これで彼等まで魔人に殺されるような事態になれば、候補者を選出することすら出来なくなるのではないかと、マイアは恐れている。

「……それを三国が認めると思いますか?」

「しかし……」

「まだ三国とは危機感を共有出来ていないのです。魔神七将と呼ばれる者たちはずっと隠れ潜んでいるだけ。相手から危害を加えてくることは今のところありません」

 こちらから手を出さない限り、魔神七将は何も仕掛けてこない。確かにこれまではそうだが、これが永遠に続くはずがない。この考えが三国とは本当の意味で共有出来ていないのだ。

「……ではせめて視察に出ることをお許し頂けますか?」

「視察……かまいませんが見ているだけで我慢出来ますか?」

「我慢が必要ですか?」

「……貴女一人では出来ることは限られています」

 マイアは聖女。後方支援が主な役割だ。戦闘力に乏しいマイアがどこまで候補者の力になれるのか。候補者の中に聖女候補は当然いるのだ。

「ですから聖剣士ディオスも視察に加えることの許可を頂きたいと思います」

「なるほど……良いでしょう。許可します」

「ありがとうございます。ではすぐに準備に入ります」

 次の守護戦士候補者の戦いは半月後。その視察に向かうとなればすぐに動かなければならない。自分一人だけでなくディオスも連れて行くとなれば尚更だ。会議室を出て行くマイア。

「……よろしいのですか?」

 彼女がいなくなるのを待ってカートライト枢機卿が教皇に問い掛けた。

「視察を禁止するわけにはいきません」

「しかし、戦いに参加するような事態になれば問題になる可能性があります」

 現役守護戦士が参加したとなれば、その戦いは評価対象から外れることになる。候補者の命がそのおかげで助かった、なんてことを候補者の出身国が素直に認めるとは思えない。

「その場合は行動を起こした当人たちに責任をとってもらうしかありません」

「それは……どのような形の責任となるのでしょう?」

「最悪でも引退。それで困ることはありますか?」

「……そうですね。ありません」

 現役の守護戦士は聖剣士と聖女の二人。これでは守護戦士としての活動は出来ない。すでに引退しているも同然なのだ。それよりも若い候補者の命を救うことのほうが大事。教皇は、マイアもこう思っているのだ。

「……それよりも彼の素性で分かったことは何もないのですか?」

「彼の年齢から、合致しそうな親は数人に絞られています。ですがその中から特定する決め手がありません。そもそも年齢も彼の証言からの推測で正確である保証がありません」

「そうですか……分かりました。引き続き分かったことがあればすぐに教えて下さい」

「……承知いたしました」

 魔女ラミアに育てられていたカロンの素性調査は公の仕事ではあるが、それだけではない何かをカートライト枢機卿は感じている。教皇が直々に、ここまで調査結果を聞きたがることなど他にはないのだ。だからといって理由を聞くことも出来ない。その何かが知るべきではない理由であった時、今の地位を失う可能性がある。そんなことをカートライト枢機卿は望んでいない。

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