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聖痕の守護者 第6話 家庭の事情って何?

 ジャスティスの新たな任務の場所はロムルス王国の南部にある森林地帯。その森林地帯内に拠点を構えている魔人を討つというものだ。特別なものではない。守護戦士候補チームの任務は全て魔人討伐。赴く先が違うだけだ。
 ただ今回の任務に限っては少し条件が異なる。現守護戦士の二人、聖剣士ディオスと聖女マイアが視察という名目で同行していた。二人は他のチームの視察にも回っていて、いよいよジャスティスの番となったのだ。
 現守護戦士が視察するということで、守護戦士候補は大張り切り、とはならない。聖剣士ディオスは自国の人間であり、守護戦士候補のマルスとテルースの父親。身内が来ているのだから、それは当然という考えもあるが、だからといって雰囲気が和んでいるわけでもない。
 どちらかと言えば張り詰めた雰囲気が漂っていることに、気付く人は気付いている。

「……親子喧嘩でもしているのかしら?」

 その雰囲気に気付いていて、しかもそれを真っ直ぐにディオスに聞ける人。聖女マイアがその人だ。

「そんなことはない。ただ、難しい年頃で」

「反抗期ということ? 私には子供がいませんから詳しいことは分かりませんが、そんな年なのかしら?」

 反抗期を迎えるには遅すぎる。マイアはそう思っている。正解だ。マルスとテルースの態度は反抗期だから、ということではない。反抗期を終えても親子の溝は埋まらなかった。広がったくらいだ。

「……あれくらいの年になると何を考えているのか分からなくなる。上手くコミュニケーションが取れない」

「そう……子育てって難しそうですね? 私には無理そうです」

「君なら……いや、どうだろう。子供の性格はそれぞれ違うからな」

 マイアであれば大丈夫、という言葉をディオスは飲み込んだ。自分の妻であるグレースの子育てを否定しているように受け取られる。そう考えたからだ。

「二人とも真面目な性格だと聞いていましたけど……だからこそですか?」

「追及が厳しいな。俺の子供の話はもう良いだろ?」

「貴方の子供の話ではありません。守護戦士候補の話です」

 親との確執があるのであれば、その原因は何なのか。本人の問題があるのであれば、知っておく必要があるとマイアは考えている。

「……真面目は真面目だ。子供としては難しい相手だが、守護戦士候補としては立派にやっていると思っている」

 ただディオス相手にそれを確かめようとしても無駄だ。彼は子供たちを守護戦士にしたい。不利になるような情報を教会の人間であるマイアの耳に入れるはずがない。

「それは分かっています。ただ、私が気にしているのは……そうですね。遠回しな聞き方は止めましょう。どうして彼を追い出したのですか?」

「……その話か」

 マイアが知りたがっているのは、自分の子供たちの守護戦士としての資質ではなく、カロンのこと。それが分かったディオスの表情が曇る。

「理由を聞かせて下さい」

「……追い出したわけではない。彼は俺のところにいるよりもローグと暮らしたほうが良いと考えたからだ」

「それは理由ではありません。何故、そう思ったのですか?」

 マイアの追及は厳しい。詳しい事情を知っているのはディオス。もう一人、グレースがいるが彼女の話は聞けないので、ディアスに真実を語らせるしかないと考えているのだ。

「俺が教えられるのは剣だ。だが彼は守護戦士候補にはなれない。学ぶべきは剣ではなく槍。そう考えたからだ」

「……それは養子に出す理由になりますか? 槍を学ばせるだけであれば、貴方の子供のままであっても出来ました。わざわざ独身のローグの養子にする必要はありません」

 ディアスの説明は真実を隠す為に用意されたもの。マイアはそう考えている。

「家庭の事情まで君に話す必要はあるのか?」

 これはさきほどの説明が嘘だと白状しているのと同じだ。

「彼の重要性は貴方も理解しているはずです。教会に相談することなく、彼を養子に出すなんて本来はあり得ません」

「……それについては申し訳なかった。ただ同じ守護戦士のローグのところだ。問題になるとは思っていなかったのだ」

「その結果、彼が虐待を受けることになっていても?」

「……なんだって?」

 この反応はディオスが虐待の事実を知らなかったことを意味する。そうであれば仕方ない、とはマイアは思わない。それは養子に出したあと、カロンの様子をまったく気にしていなかった証だ。

「ローグは変わってしまったのですね? そんなことをする人ではなかったのに」

「本当にローグがそんな真似を? 何かの間違いではないのか?」

「きちんと調べた結果です」

「それを知って、何故教会は何もしない? それだって問題だろ?」

 教会の失点を見つけて、反撃に出たディオス。だがこれは反撃にはならない。

「では教会が彼を保護することに同意してもらえますか? 貴方が賛成しているとなれば、ロムルス王国との調整も円滑に進むでしょう」

「それは……」

 ロムルス王国はカロンを手放したくない。ディオスが同意した、などと伝えられては王国を怒らせることになってしまう。半ば引退状態のディオスの言葉に耳を貸すはずがないのだ。

「私たちにはいつでも彼を受け入れる用意があります」

「彼の意向も……」

「ええ。きちんと確認します。今回は彼とじっくり話す良い機会ですから」

 マイアには守護戦士候補者の戦いを視察する以外の目的があった。カロンと話をすることだ。

「……彼の出自は分かったのか?」

「それが分かっていれば、教会で引き取るなんて言いません。実の親のところに帰します。その上で、教会で働いてもらうようにお願いする可能性はありますけど」

「そうだな……」

 カロンの親がロムルス王国の国民であれば良い。だがそうでなかった場合、ロムルス王国はカロンという戦力を失うことになってしまう。教会だけでなく、他国もその力を得ようとするのは間違いないのだ。

「それで? 彼を追い出した理由は?」

「…………」

 話は、決してディオスにとって望ましい方向ではなかったが、逸れていた。それをまた戻そうとするマイアのしつこさにディオスは渋い顔だ。守護戦士として共に戦った仲であるが、マイアのこういう一面をディオスは初めて知った。

「考えられる可能性はいくつかあります。一つは貴方の言った家庭の事情。貴方の家族との間で何らかの問題が起きた可能性です」

「……問題がないとは言わない。だがどこの家庭でも起こりうるような問題だ」

 マイアがどこまで分かっていて、これを言っているのかが分からない。ディオスは曖昧な答えで誤魔化すことにした。グレースとの不仲くらいであれば認めても良いのだが、テルースとの関係は疑われたくないのだ。事実無根であっても、他国に攻撃の材料を与えるような事態は避けなければならない。

「ではこういうことですか? 彼の才能を恐れた」

「……どういうことだ?」

「貴方の下で修行を続けると彼が聖剣士候補になってしまうと考えた。だから追い出した」

 じっとディオスに視線を向けたまま、マイアは彼の問いに答えた。視線を向けたのは問いを返される前から。彼女は自分の言葉にディオスがどういう反応を見せるかを観察していた。

「馬鹿なことを。別に彼が守護戦士候補になっても問題はない。養子であっても彼は私の息子だ。それにローグの養子になっても同じことだ。ローグの技を吸収出来ていれば、守護戦士候補になる可能性はあった」

「……そうですね。彼に才能があれば、そうなった可能性はあります」

 マイアはディオスの説明に納得したわけではない。逆に疑いを深めている。マイアは実の息子であるマルスの為に、カロンが聖剣士候補になる道を閉ざしたのではないかと言ったのだ。それに対してディオスは、肝心な点を省いて答えた。聖剣士候補を守護戦士候補に変えることで、誤魔化したと考えられる。

「さすがに今の話は俺を侮辱している。聖剣士として、優れた才能を埋もれさせるような真似などするはずがない」

「ええ、申し訳ありません。彼についてはまだまだ分からないことが多くて。どうしても神経質になってしまいます」

「君はまだ疑っているのか?」

 カロンが冥闇の魔女ラミアの息子である可能性。これは完全には否定されていない。カロンの本当の親が誰なのか、まだ特定出来ていないのだ。

「考え得るあらゆる可能性を私は否定しません。彼がラミアに攫われた可能性も認めています」

 結論が出ていない以上は全ての可能性を否定出来ない。マイアはそういう考え方だ。

「しかし……あの状況は」

 ディアスたちが追い詰めた時、ラミアはカロンを盾にして自分の身を守ろうとした。カロンに短剣を突きつけながら、子供を殺されたくなければ近づくなと。ディオスはそれを自分の目で見、耳で聞いている。
 その状況のカロンを救ったのは、ラミアがわずかに見せた隙を見逃さずに矢で撃ち抜いたミリオンだ。

「自分の子供を人質にするはずがないと? そう思わせるのが、ラミアの策であった可能性もあります」

「……可能性の話をしてもキリがない。物事にはどんな可能性だってあるはずだ」

「ええ。但し真実が明らかになるまでは、という条件が付きます。百パーセントが見つかれば、他の可能性は消えます。私はその真実を求めているのです」

「……それは教会の仕事だ」

 自分には関係ない。ディオスはこう言いたかったのだが。

「ですから私は教会の人間として必要な仕事をしているのです。貴方から事実を聞き出すという仕事を」

「俺はちゃんと話している」

 マイアはディオスへの追及を正当なものだと言ってきた。

「嘘を付いているとは言っていません。ただ真実であることも証明出来ていないだけです」

「……君は変わったな」

 ディオスの知るマイアは仲間の言葉を疑うような女性ではなかった。強い信頼で結びついている仲間の一人であるはずだった。

「まったくとは言いませんが変わっていないと思います。ただ以前は目的を共有し、それを達成することが全てでした。その時と今では立場が違うということです」

「そうか……」

 かつて冥闇の魔女を討つ為に共に戦った仲間たちは、今はもうバラバラだ。現役として残っているディオスとマイアの関係もこの通り、かつてとは違っている。それをディオスは寂しく思う。
 聖剣士に選ばれ、宿敵とされていた冥闇の魔女ラミアを討つという栄光を手に入れた。その結果が今だとすれば、どうにも空しく思えてしまうのだ。

◆◆◆

 聖光兵団ジャスティス従属部隊は、守護戦士候補者と彼等を支援する騎士団とは別の陣で休んでいる。彼等のほうが先行している形だ。従属部隊の兵士たちは戦場に到着してからも、陣地の構築など戦いの準備に忙しい。あとから来て、魔人との決戦機会が来るまで待機している守護戦士候補者たちとは違うのだ。
 当然、カロンもその先行している部隊にいる。

「はあ、聖女に会いたかったなぁ」

 カロンと同じ小隊の兵士、マカロンのため息が聞こえてくる。

「お前……聖女を何だと思っている?」

 そのマカロンに呆れた様子で問い掛けたのはアレン。彼もまた同じ小隊に所属している。

「何って……聖なる女?」

「そんなこと言っていると教会に殺されるぞ」

「なんで? 俺は褒めているつもりだ。美形で清楚。とにかく、この世界で一番の女ってことだろ?}

 聖女の選定基準はそういうことではない。だが歴代の聖女が美人であることは事実だ。各国が候補を決める段階で、そういう女性が選ばれているのだ。

「それを言ったら、カロンに殺される」

「はあ? どうしてそこで俺が出てくる?」

 いきなり自分の名を出されて驚いているカロン。今の会話の流れで自分が出てくる理由が彼には分からない。

「お前にとって世界で一番の女性はテルース様だろ?」

「……それもどうして、だ」

「義理の姉じゃないか」

「元だ。それに彼女が美形で清楚? 少なくとも清楚ってのはどうかと思うな」

 美形であることは認めるカロンだった。贔屓目ではなく、聖女候補に選ばれたのだから、そういうことだ。ただ清楚というのは違うとカロンは思う。テルースは平気で人の頭をひっぱたくような女性なのだ。

「どこが? いつも凜とした雰囲気を漂わせている素敵な女性じゃないか」

 だがカロン以外の兵士たちはテルースの外向きの顔しか知らない。

「……小さい頃を知っているからだな。どうしても、余所行きの顔に見えてしまう」

 真実を語りながら、テルースの裏の態度は隠すカロン。聖女候補であるテルースの素顔を知らせることは良くない。そう考えたのだ。

「そうだよな。テルース様も素敵だけど、大人の色香が漂うにはまだ時間がかかる」

「……俺はそういうことは言っていない」

 まったく違う意味に話を盛っていくマカロンに文句を言うカロン。

「その点、現役の聖女はきっと色気があって……はあ、やっぱり会いたかったなぁ」

 マカロンは自分の妄想に浸っているだけなのだ。人の話などちゃんと聞いていない。

「……ご期待に沿えるかしら? あまり自信はありませんね」

 そのマカロンの妄想を吹き飛ばす存在が現れた。

「えっと……」

 だがマカロンは現れた女性が誰だか分からない。彼が初めて見る顔なのだ。

「私はマイア」

「マイアさん、いえ、様か……それで……?」

「馬鹿。この人は今代の聖女だ」

 まだ分かっていない様子のマカロンに、カロンは小声で、彼女が誰だか告げた。

「聖女……げっ!?」

 現れてた女性が噂をしていた聖女だと知って、マカロンは顔を青ざめさせている。こともあろうに聖女に対して、色気なんて表現を使ってしまったのだ。教会から罰せられてもおかしくない。

「……貴方がカロンね」

「えっ? あっ、はい。そうです」

 いきなり名指しされたカロンも驚きだ。

「少しお話し出来るかしら? 兵団の許可は取っています」

「……はい」

 兵団の許可が出ているというのは命じられたのと同じ。カロンは拒否出来ない。

「ここではなく別の場所で。ディオス殿にはそこで待っていてもらってます」

「……そうですか」

 カロンの表情が曇ったのをマイアは見逃さなかった。ディオスとカロンの間にも、どれだけのものかは今の時点では分からないが、確執がある。それは間違いない。
 それが、ディオスの言う通り、ただの家庭内のいざこざであれば良い。だがカロンが絡んでいるとなるとそれがどのような件であっても、マイアは心配になってしまうのだ。

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