第14話 イベント:遠足(後半)
先に進むヴィンセントたちを追いかけたリオンだったが、思いがけず、早く追いつくことになった。全力で逃げなければならない状況の中で、ヴィンセントたちは立ち止まっていたのだ。
「どうされましたか?」
「それが……」
ヴィンセントたちが立ち止まっていた理由は、その視線の先にあった。女子生徒の一人が手を足にあてて、辛そうな顔で地面に蹲っている。
「……怪我ですか?」
「足を挫いたみたいだ」
「では急いで治療を」
「治癒魔法は効かない」
骨折は治せても、捻挫や打撲といった怪我に治癒魔法は効き目がない。同じように風邪や食あたりといった病気にも効かないことが分かっている。
理由は分かっていないが、そういうものだと納得するしかない。
「……急がなければなりません。恐らく魔獣は後を追ってきています」
「それは……」
ヴィンセントの問いにわずかに首を振ることでリオンは応えた。その意味を理解して、ヴィンセントの顔が歪む。
「ご決断を」
「決断?」
「大勢の命を救うために、犠牲を受け入れる覚悟が必要です」
「……怪我人を置いて行けと?」
躊躇いながらもヴィンセントは口にした――口にしてしまった。
「いっ、いやあ! 置いて行かないで!!」
ヴィンセントの言葉を聞いてしまった女子生徒は、血相を変えて叫び始める。この場に置いていかれれば待っているのは死。それが彼女にも分かっていた。
「お願い! 置いて行かないで!」
「それは……」
「お願いします! 何でもします! だから、助けて!!」
女子生徒の必死の嘆願にも、周囲の生徒や従者たちは何も言おうとしない。中には顔をそむけてしまっている者までいる。決断をヴィンセントに押し付けた形だ。
その決断の責任を負わされたヴィンセントは、重圧で泣きそうな顔をしている。
「もう一つの選択肢もあります」
そんなヴィンセントにリオンがもう一つの選択肢を切り出す。
「もう一つとは?」
「私に命じてください」
「命じるって、何を?」
「魔獣を食い止めろと」
「…………」
これは犠牲を、怪我をした女子生徒からリオンに振り替えただけ。ヴィンセントが、簡単に決断出来ることではない。
「ご自身の立場をお考えください。ヴィンセント様は今、この集団の指揮官なのです」
「だからって」
「ここで怪我人を放置することを選択しても、やはり追いつかれる可能性はあります。追っ手を振り切るには、やはり殿が必要です」
「それがこの部隊の役目だ」
「実際に足止めの為に魔獣と戦う、本当の意味での殿です。ヴィンセント様は、このような場で命を危険にさらして良い身ではありません」
「しかし!」
「侯家の責務をお忘れですか!?」
卑怯とは思っても、リオンはヴィンセントを説得する為に、この言葉を使った。侯家の嫡子としての責務を大事に考えているヴィンセントには絶対に否定出来ない言葉だ。
「…………」
沈黙がヴィンセントの精一杯の抵抗。
「ヴィンセント様が命を賭ける場所はここではなく、将来の話です。それが分かっているのであれば侯家の嫡男として、正しいご選択を」
「リオン……」
「私に『魔獣を止めろ』と命じてくださいと言っているのです。死ねと命じてくださいとは言っておりません」
「……そうか。そうだな」
リオンが自分の気持ちを楽にする為にこう言っていることくらいはヴィンセントにも分かっている。分かっているからこそ、こう答えなければと思ったのだ。
「では、ご命令を」
「魔獣を……魔獣を食い止めろ」
「承知しました」
「そして」
「……はい」
「そして、必ず生きて戻って来い」
「はい。必ず」
「これを貸し与える。少しは力になるだろう」
腰に差してあった剣をヴィンセントはリオンに差し出した。それを恭しく受け取ると、リオンはすぐにヴィンセントに背を向ける。
「急いでください。もうすぐそこに来ています」
感傷にふける時間はないのだ。
「……ああ。じゃあ、待っているからな」
「はい」
慌ただしくヴィンセントの指示が飛ぶ。怪我をした女子生徒は背負って運ぶこととし、さらに集団を二つに分けて、先に進もうとしている。その一つはリオンの後に殿の役目を受け持つ集団だ。
この場に残るリオンにとっては、どうでも良いことだが、そんな周到さをヴィンセントが発揮したことについては、少し嬉しかった。
集団の気配が遠ざかっていくのを確認して、リオンは眼帯を取り去った。入れ替わる様に近づいてきた魔獣の気配を感じて、臨戦体勢に入ったのだ。
これから絶望的な戦いに臨むはずのリオンの顔には、ふてぶてしい笑みが浮かんでいた。
これがリオンの本来の姿。
静かな水面を思わせる青い瞳が亮の持つ理性の色であるならば、左眼の紅はフレイが宿す憎悪の炎。その二つの性質が混じり合った存在、それがリオンだった。
今、戦いを目の前にしてリオンの性質は、好戦的なフレイに傾いている。身に付けた力を行使出来る喜びが、自然とリオンの心に湧きあがってきていた。
「……サラ」
リオンの呼びかけに応えて現れた光。勢いよく周囲を回るその光に、リオンは苦笑いを浮かべる。
「そんな怒るな。紅い瞳は目立つし、普段は大人しくしていないといけないから」
リオンの声に益々、光の勢いは増していく。納得出来ない、というところか。
「喜べ。今回は手加減無用だ。こんな機会は滅多にない」
周囲を飛び回る光の勢いが緩む。リオンの言葉の意味が分かっているのだ。
「ほら、現れた。拗ねている暇はないからな」
魔獣の姿がいよいよリオンの視界に入った。次々と姿を現し始めた魔獣だが、先ほどの魔法攻撃を覚えているのか、すぐに跳びかかっては来ずに、リオンから少し離れた位置で足を止めた。
「サラは攻撃。敵を燃やし尽くせ。ディーネ、守りを頼む」
リオンの周囲を回っている光は、小さな竜の形をした燃え盛る炎に姿を変え、それとは別に、人のように見える、透き通った水の塊がリオンの横に立ち上がる。
いずれも亮の記憶の中にあった火の精霊と水の精霊のイメージが元になっている。
「……じゃあ、行くか」
ヴィンセントから借りた剣を抜いて、リオンは一歩前に出る。
まるで、それが合図だったかのように、魔獣が一斉にリオンに襲いかかった。
正面から跳びかかってきた魔獣に対して、真正面から剣を振り下ろす。打ち込まれた剣は、魔獣を真っ二つに切り裂いた。
「……手応えが。これ普通の剣じゃない」
紙を切り裂くように魔獣を二つに割った剣に、それをしたリオンが驚いてしまう。
侯家の嫡子であるヴィンセントの、それも息子を溺愛する侯爵が持たせた剣だ。並の剣であるはずがなかった。
「本気で行けるかもしれないな」
リオンが剣で魔獣を斬っている間に、襲いかかってきた別の魔獣は、炎に包まれて燃え上がっている。これで二体。
周囲を囲む魔獣の数からすれば微々たる数ではあるが、リオンは確かな手応えを感じていた。
◇◇◇
リオンを残して先に進んでいたヴィンセントたちに、新たなトラブルが降りかかっていた。ヴィンセントたちが逃げてきた事態に比べれば、あまりに馬鹿馬鹿しいトラブルだ。
「信じられない! どうして、こんな酷いことが出来るの!?」
大声で叫んでいるのはマリアだ。
先を急ぐヴィンセントたちの前に現れたのは、先行しているはずの別グループではなく、Aクラスの生徒たちだった。
三つに分かれたうちの先頭集団は、魔獣に出くわす事もなく、早々に目的地まで辿り着いた。
彼らは目的地で待っていた学院の教師たちに事情を話し、救援を求めたのだが、それに真っ先に反応したのは教師や護衛の騎士ではなく、Aクラスの一部の生徒たちだった。
それが誰かとなれば、当然、マリアとそのマリアに引っ張られるように行動を起こしたアーノルド王太子とランスロットたちだ。そして、シャルロットもアーノルド王太子とランスロットが動けば、それに付き従わざるを得ない。
結果として、学院の重要人物が一斉にBクラスの救援にと動きだし、そうなれば、教師も護衛たちも動かないわけにはいかなくなる。
目的地に居たほとんどの者たちが、北ルートを逆に辿ることになった。
途中で次のグループに遭遇し、怪我人が出たことを知った彼らだったが、その事実に不安を膨らませる間もなく、ヴィンセントたちの集団が現れた。
その姿を見たマリアが、いきなりヴィンセントを罵倒し始めた。罵倒されたヴィンセントとしては訳が分からない。心当たりはあるのだが、何故いきなり平民の女子生徒に罵倒されるのかが理解出来ないのだ。
「自分が助かる為であれば、平気で人を犠牲に出来るなんて、貴方はそれでも貴族なの!?」
この問いの意味もヴィンセントには意味が分からない。貴族であるからこそ、私情を捨てて、逃げることを選んだのだ。
「貴方のような人に、人の上に立つ資格はない!」
これも同じ。人の上に立つ立場であるから私情を捨て、集団全体の為の決断をした。共に逃げてきたのも自分の立場を考えてのことだ。
ヴィンセントが侯家の人間ではなく、リオンと同じ立場であれば、リオンと共に戦う事を選んでいた。
このような調子で、ヴィンセントは何が何だか分からなくて、何も言えずに黙って、罵声を受け止めるだけの状況になっていた。
「何とか言いなさいよ!」
そして黙っていれば黙っていたで、文句を言われてしまう。マリアのヴィンセントに対する罵倒は一向に止む様子がなかった。
だがヴィンセントも、いつまでもこの状況を許しているわけにはいかない。
「いい加減にしてもらえないか」
「何ですって!?」
「いつまで続けるつもりだ!? 俺はお前の相手などしている暇はない!」
「それが傲慢だと言っているのよ!」
「何が傲慢だ! 意味が分からない!」
「その態度が傲慢なのよ! 少しは自分の非を認めたらどうなの!?」
ようやく文句を言ってきたヴィンセントに、マリアは反論しながらも、どこか嬉しそうに見える。
「だから、今そんなことをしている場合ではない!」
「じゃあ、いつ!?」
「お前、本当にいい加減にしろよ! 今、この瞬間もリオンは一人で戦っているのだぞ!」
「それが……えっ?」
「早く救援を送らなければならない! お前などと話している時間はない!」
「手遅れよ。もう、亡くなっている」
「それはお前の勝手な考えだ! 俺はリオンを信じている! とにかくお前の相手はしていられない! 早く救援を出してくれ!」
マリアを強引に押し退けて、ヴィンセントは後ろに居た教師たちに向かって叫んだ。
「それはそうだ。急ごう」
「ああ、急いでくれ」
「それで魔獣の数はどれくらいでしたか?」
護衛騎士の一人がヴィンセントに問いかけてきた。
「俺が見た時はざっと百は超えているように見えた。もっと増えているかもしれない」
「なっ!? そ、それはどんな魔獣が!?」
ヴィンセントの答えに騎士は明らかに動揺してしまっている。ここまでの事態だとは考えていなかったのだ。
「真っ黒な狼のような姿をした。体は人よりも遥かに大きい」
「……マーダーウルフ? そんな馬鹿な。マーダーウルフがこの森に居るはずが」
「魔獣の名など知らない! とにかく早く救援を!」
だがヴィンセントの声に、教師も護衛役の騎士たちも応えようとしなかった。それどころか一カ所に集まって、話し合いを始める始末。
「何を話している!? 僕は救援を出せと言っているのだ!」
「ち、ちょっとお待ちを」
「待てるか!」
「本当にマーダーウルフであれば、救援など無意味です」
「何だと!?」
「この森に居るはずのない魔獣で、しかも、それが百匹なんて。救援を考えるよりも、どうやってこの森から抜け出すかを考えなくてなりません」
「では、リオンはどうなる!?」
「もう死んでいます」
「……何だと?」
「たかが従者が立ち向かえる相手ではありません。追われているということは護衛についていた騎士もすでにやられたということでしょう。それだけ強い魔獣なのです」
「そんな……」
「お分かりですね?」
「……リオンは死なないと約束した」
「それは……そんな約束は意味がありません」
「僕との約束だ! リオンが破るはずがない!」
「とにかく! いつ魔獣が現れるか分かりません。迎撃の体制を整えながら、まずは元の場所に戻りましょう」
それを言う教師の視線はもうヴィンセントには向いていなかった。教師に視線を向けられたアーノルド王太子は、わずかに躊躇いを見せたが、最後には頷いて見せる。
それで集団の意思決定は為されたことになる。
騎士たちの指示で、生徒たちは一つの集団となって移動を始める。その場に残ったのは、殿役となった騎士たちと、ヴィンセントだけだった。
「下がらないと命を失う事になります」
「……リオンは」
「諦めた方が宜しい。もし、本当に百体のマーダーウルフが襲って来たら、我々も命を失うことになる。そういう相手なのです」
「魔法を使えば」
「倒せる確率は上がりますが、もし、失敗すれば? 皆さんが亡くなる様なことになれば、やはり我等は死ぬことになります」
「……そうだな」
騎士といっても、その立場はあくまでも王家や貴族の臣下。王族であるアーノルド王太子や侯家の子弟たちに万一のことがあれば、その責任は相当に重いものになる。騎士のいう死罪はあり得ない話ではない。
そして、これを言われてしまうとヴィンセントはこの場には残れなくなる。その場を去ろうと、騎士たちに背を向けて歩き出した。
「……待っていたのですか?」
その背中に掛けられた声。振り向かなくても、ヴィンセントにはそれが誰だかわかる。
「リオン……」
「そうであれば感心しませんね。危険を避ける為には、逃げられるだけ逃げておくべきです」
ヴィンセントが自分の心配は何だったのかと思うくらいに、リオンはいつもの調子で冷静に話しかけてくる。それがヴィンセントにも落ち着きを取り戻させた。
「今、そうしようと思っていたところだ。それなのにお前が呼びとめるから」
「ああ、それは失礼しました」
「それで魔獣は?」
「まあ、何とか。騎士の方たちが頑張ってくれて、私は何もすることがありませんでした」
「……そうか。それはその騎士に感謝しなくてはならないな」
騎士など居るはずがない。護衛の騎士たちが魔獣に倒されたのが分かっているから、リオンは足止めの為に留まったのだ。
それが分かっていても、ヴィンセントはリオンに話を合わせた。
この場に居るのは二人だけではない。騎士に聞かせたくない何かがあるのだろうという判断からだ。
「さて、これからどうするのですか?」
「他の生徒に合流して。その先は僕にも分からない」
「それはそうですね。では、その合流と行きましょうか」
「ああ」
ヴィンセントと連れだって、その場を去ろうとするリオン。
「君! ちょっと待ってくれ!」
そのリオンを騎士が呼び止めた。それはそうだろう。
「何か?」
「魔獣は、魔獣はどうなったのだ?」
「逃げたと言っていいのか、ほとんどが森の奥に去って行きました」
「ほとんど、というと?」
「魔獣って、共食いをするのですね? 死んだ仲間の死骸を食べている魔獣が数匹いました」
「……残っているのか」
そうなると現場の確認に向かうというのは難しくなる。
「数は少ないですし、襲ってくる気配もありません。だから私も無事に逃げて来られたのです」
「そうか……」
それでも危険を犯す気には騎士はなれない。ここまではリオンの思惑通り。あとは流れに任す他はない。
「もう良いですか? 無事に生きて戻れると、前以上に命が惜しくなるのですけど」
「そうだな。その気持ちは分かる。では、集合地点に向かおう」
リオンの報告で当面の危険は去ったと判断して、騎士たちもこの場を離れる決断をした。
騎士だって、死にたくないのだ。
その後、途中で日が暮れる可能性が出たことで、学院の生徒たちが森を抜ける為の行動を起こしたのは翌日の朝になってしまう。
警戒に警戒を重ねた、実に慎重な行程ではあったが、そのおかげでといって良いものか、何事もなく森を抜けることが出来た。
今回のイベントはこうして終わりを向えた。
◇◇◇
それから数週間が経った後。
王国騎士団の会議室では、部下の報告を聞いた騎士団長が頭を抱えていた。王国学院の遠足で起きた魔獣襲撃事件。その調査報告がまとまったのだ。その内容は。
「つまり、中央ルートを進んでいた生徒たちが、必要もない、強力な魔法を連発したことで周辺の魔獣を刺激し、たまたま一番近くに居た北ルートの生徒たちに襲いかかろうとしたと?」
「はい。そうなります」
「どうしてそれが分かる?」
「調査の結果から」
「だから、どんな調査だ。魔獣が刺激を受けたなど分からないだろ?」
騎士団長としては、この報告は事実だと認めたくない。
「実はあの森には地下洞窟が存在しておりました」
「地下洞窟だと?」
「はい。さすがに全容は調べ切れませんが森の中のかなりの範囲を縦横に走っているようです」
「その地下洞窟がどうした?」
「マーダーウルフはそこに生息していたようです。他にも居て、いずれも、森には居ないと思われていた魔獣ばかりです」
「……つまり?」
「魔法で地下洞窟の一部が破壊され、さらに攻撃を受けた。そこに居た魔獣は、それから逃げる為に地下洞窟を抜けて外に出て、その場所が北ルートの近くだったという事です」
「そんな都合の良い、いや、都合の悪いことばかり重なるものか?」
「中央ルート付近で崩れた洞窟を何カ所か発見しました。その場所を調べたところ、森では見ない魔獣の死骸を確認しております。当然、マーダーウルフの死骸も」
「……状況証拠だ」
その状況証拠で真実は明らかになっているのだが、それでも騎士団長は認める訳にはいかないのだ。
「しかし、その状況証拠は」
「では、その生徒たちというのは誰だ? お前はその生徒たちに責任を負わせられるのか!?」
聞き分けのない部下には、はっきりと言うしか無い。今回の事件は王太子と侯爵家の子弟が原因だった。そんな報告を騎士団長は行う気はない。
「それは……」
「森の地下にはマーダーウルフが生息していた。何らかの原因で、そのマーダーウルフが外に出てきて北ルートの生徒たちを襲った。確実なのはここまでだな」
「……分かりました」
「では、調査はこれで」
「もう一つあります」
せっかく騎士団長が話しを切り上げようとしたのに、まだ部下は何かあるようだ。
「……何だ?」
もうこの話を終わらせたい騎士団長はうんざり顔だ。
「北ルートを調べた所、襲った魔獣のかなりの数が討ち取られている事が確認出来ました」
「そうか……二人が、それほどの手練れだったとは」
「そのうちの半数以上が魔法によって殺されております」
「何?」
「あの二人は魔法を使えたのですか?」
「……使えたのであれば平騎士などでくすぶっているか」
「それはそうですね」
騎士の中にも魔法を使えるものは居る。貴族の子弟だけでなく、特別な才能を持っている者も居る。そういった者は、身分に関係なく騎士団の中でも地位が高くなる。
魔法とは、戦いにおいてそれだけ力を発揮するものなのだ。
「二人ではないとすれば、どういう事なのだ?」
「一つ可能性が考えられますが、これも状況証拠です」
「……まさか、あの悪名高い侯家の出来損ないが?」
「それ、言葉にしてよろしいのですか?」
「……忘れろ。だが、そういうことなのか?」
「いえ、違います。侯家は侯家でも、侯家の従者に一番可能性があります。一人、戦いの場に残っていたそうです」
「……その従者は貴族の出なのか?」
「いえ、平民のようです」
「魔法が使えるのに平民のまま?」
「はい。ただ成人前ですので、これからという事もあるかと」
「……あり得ない。ちょっと魔法が使えるからって、平民の子供がマーダーウルフを倒せるはずがない。何かの間違いだな」
成人前と聞いて、騎士団長は騎士の報告を否定した。
平民でも魔法を使える者はいる。だが、それは才能を有しているだけであって、きちんとした教育を受けないとまともなものにはならない。戦いに使えるはずがないのだ。
というのが通説。騎士団長には常識外のことを受け入れる度量がない。
「……宜しいのですか?」
「かまわん。そんな未確認情報を報告するわけにはいかないからな」
「そうですか……」
こうして真実は闇に葬られた、リオンにとっては幸運でもあり、不運でもある。
遠足の事件からしばらくして、又、ヴィンセントの悪評が広まった。自分が助かる為に、従者を見捨てた最低の主という評判が。
この噂がきっかけとなってリオンは大きな疑問を持つことになった。この世界に対する疑問を。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?