真影の月 真影の刻:第162話 明けない夜はない。とは少し違うけれど。
アーサー国王軍と、国王軍は自称でありハートランド侯爵家派改めシャロン女王派からは反乱軍と呼ばれているが、ランスロット率いるシャロン女王軍との戦いが始まった。
アーサー自称国王軍、シャロン女王軍それぞれ三万。いずれもブリトニア王国軍で、アイル王国に侵攻していたかスコット王国だったかの違い。兵の質は、経験値という点ではアーサー国王軍に若干の分があるが、勝敗を決定づけるほどの差ではない。そうなると決め手はそれを率いる指揮官の差。
「俺に続け! 一気に敵を蹴散らすぞ!」
危険を恐れることなく最前線に出て、その武を思う存分に発揮し、兵士たちを鼓舞するアーサー。その勢いを止められる者などシャロン女王軍にはおらず、アーサーが向かうところ敵なしの状態だ。ただシャロン女王軍を率いるランスロットも一方的にやられるだけではいない。
「右翼、後衛を前に。左翼を突撃させて。一気に押し込むんだ」
アーサーの攻めに対しては守りを固めて犠牲を最小限に押さえるように指示を出し、それとは別の場所で攻勢をかける。弱い場所を狙って敵を削ろうという策だ。
アーサーの側もこれに完全に対応出来ていない。アーサーは最前線にいる為に戦場全体を俯瞰して指示を出せていないのだ。
前線で力を発揮するアーサーと後方で全体を見て指揮するランスロット。本来はこの二人が組み合わさることでブリトニア王国軍は最強の軍になるのだが、それが真っ二つに分かれて戦った結果、消耗戦のような状況になってしまっていた。
アーサーの側にグリフレットがいれば状況はまた違った。グリフレットが後方から指揮を執れば、アーサー自称国王軍は有利に戦いを進めることが出来ただろう。グリフレットでなければガウェインが。だがそのガウェインもいない。その二人はアイル王国で敵味方に分かれて戦っているのだ。
互いに決め手を持たないままに兵数だけがじりじりと減っていく。終わりの見えない戦いが続いていた。
その戦いに水を差す出来事が起こる。突然、中天にあるはずの太陽が沈んでしまったかのように戦場全体が暗くなっていった。
「なっ……なんだこれは?」
「えっ? 何が起こった?」
周囲の変化に気付いて驚きの声をあげる兵士たち。まさかの出来事に両軍ともに距離をとって、空を見上げることになった。
「……た、太陽が……き、消えた」
空にあるはずの太陽はその姿を隠し、わずかではあるが星が瞬いている。まるで夜空。見慣れた夜空と異なるのは月もまた浮かんでいないこと。それに気付く人はほとんどいないが。
「う、うわぁああああっ!!」
誰かの叫び声が戦場に響き渡った。それがきっかけとなり、両軍の兵士は大混乱に陥っていく。
「しまった。急いで伝令を走らせろ! 恐れるな。太陽はすぐに姿を見せると!」
兵士たちの混乱を見て、ランスロットは慌てて命令を発した。ランスロットは知っているのだ。太陽は月に隠れているだけだと。自分たちは月の影の中にいるだけだと。だが兵士はそうではない。そんな知識は持っていないのだ。それを失念していた結果、指示が遅れ、戦場は混乱してしまった。
――この日、ハイランド大陸はその全土が月の影に覆われた。また太陽が姿を現すその時まで。
◇◇◇
皆既日食の影響を受けたのはアルスターの戦場も同じ。アルスター軍とブリトニア王国軍、こちらもアーサー自称国王軍というべきか、との戦いは、兵士たちの多くがまさかの事態に直面して大混乱に陥ったことにより、中断されることになった。
アルスター軍にとっては幸運。敵をかなり追い詰めていたつもりのアーサー自称国王軍にとっては残念な事態だ。
「こんなものはただの自然現象だ! さっさと兵士の混乱を鎮めろ!」
自軍を落ち着かせようと大声で指示を出すガウェイン。日食の知識くらいはガウェインも持っていた。
「急げ! すぐに戦闘を再開するぞ!」
アーサー自称国王軍は二万に増強されている。しかもアイル王国制圧の総指揮官であるガウェインがそれを率いている。全力で落とせというマーリンの指示に従った形だ。
それでも個人の戦いであればアルスター軍のほうが人材豊富なのだが、ガウェインにわざわざ不利な戦いに挑む理由はない。数の優位を活かしてアルスターの各城門前に厚い陣形を整え、敵を押し込めて戦う作戦をとった。
これにはアルスター軍は苦戦している。野戦に持ち込もうにも外に出ようと城門を開いた瞬間に敵が殺到してくる。城門を突破されればそれでアルスター軍は負け。ガウェインの思惑通りに内にこもって戦うしかない。
「今度こそ城門を打ち破れ! 決戦の時だ!」
太陽が姿を現し、辺りの様子は元に戻っている。戦闘再開。今度こそ決着を付けようとガウェインは兵士たちに気合いを入れる。
ブリトニア王国ではアーサーとシャロン女王との戦いが始まっている。ガウェインとしては、いつまでもアルスターに関わっているわけにはいかないのだ。
「盾構え!」
アーサー自称国王軍にとっての脅威はアルスターから放たれる弩。どうしてこれだけの弩砲がアルスターにあるのかと驚くほどの数が飛んでくるのだ。
それを防ぐ為に大きな盾を前面にならべてアーサー自称国王軍は隊列を組む。いよいよ攻撃開始。こう思ってガウェインが号令をかけようとした時――それは起こった。
「何?」
また黒い影が自軍にかかる。二度も日食が起きるはずがない。そう思って空を見上げたガウェインの瞳に映ったのは。
「ま、まさか……」
日食では驚かなかったガウェインが動揺する存在だった。
「こっ、黒龍だぁああああ! 黒龍が現れたぞ!!」
太陽の光を遮っていたのは空を飛ぶ漆黒の龍。かつて見た暗黒龍が、討たれたはずの暗黒龍が宙に浮かんでいた。
「そんな馬鹿な……」
暗黒龍を討つ術などガウェインは思い付かない。それどころではない。兵士たちは、さきほど以上に大混乱に陥っている。暗黒龍の恐怖を知っている兵士は少なくない。そうでなくても暗黒龍が世界を滅ぼす存在であることを兵士たちは知っている。
「どうしてここに……?」
ガウェインのわずかな希望は暗黒龍がどこに向かうということ。前回の様に敵に向かっていってくれるのであれば悪いことではない。前回はそれで勝利を収められたのだ。
だがそんな期待が叶えられるはずがない。災厄をもたらす存在は空を飛ぶ龍ではなく、それを従えている人物。ガウェインはその人物にとって許されざる敵なのだから。
『食いちぎれぇええええっ!!』
「ま、まさか……」
ガウェインの口からまた「まさか」の言葉が呟かれる。聞こえてきた声の主もまた死んだはずの存在なのだ。
だがその存在をきちんと確認している余裕はガウェインにはない。今この瞬間にも自軍の兵士は暗黒龍、に見えるクロウに襲われて恐慌状態に陥っている。それを何とか落ち着かせて陣形を整え直さなければならない。レイモンドの号令は守りの薄い後方から聞こえてきたのだ。
だがその余裕さえもガウェインは奪われてしまう。
「に、逃げろ! 散開しろ!!」
「い、急げっ! グ、グリム・リーパー! 氷人形(アイスドール)だぁああああっ!!」
整えるどころか陣形は崩壊していく。ドロシーの魔法を知っていて、一カ所に固まっている勇気は兵士たちにはなかった。
「……こ、こんなところで……レ、レイモンドォオオオオッ!!」
優勢だった戦況がわずかな時間でひっくり返された。実体が何も分からないまま、ただ暗黒龍、ではなくクロウとレイモンド、そしてドロシーが現れたというだけで。
その屈辱に叫び声をあげるガウェイン。
「がっ……あっ……」
だがガウェインにはそれさえも許されない。胸から飛び出た槍の先。それがガウェインの叫びを止めた。
「うるさい。勝手に人の名を叫ぶな」
「あっ……」
ゆっくりと地面に崩れ落ちるガウェイン。薄れてゆく意識の中、知った顔が冷たい目で自分を見つめているのが分かった。
「……楽に死なすことになるか……まあ、いい」
剣のきらめきがガウェインの最後の記憶。振るわれた剣によって首を切断されたガウェインは絶命した。
『貴様らに選択肢を与える! 今すぐ降伏するか、死ぬか! どちらかを選べ!』
ガウェインの首を槍先に突き刺し、高々と掲げながらレイモンドは叫ぶ。地に降り立ったクロウを背後に従えて。
このレイモンドの言葉に、いまだ圧倒的な戦力を誇るはずの、アーサー自称国王軍の多くの兵士が武器を捨て、その場に跪いて降伏の意思を示す。
降伏した彼らは知っているのだ。レイモンドが暗黒龍討伐の英雄であることを。彼らは思ってしまったのだ。レイモンドは暗黒龍を殺したのではなく従えたのだと。災厄を従えるようなレイモンドに逆らって生きていられるはずがないと。
「ば、馬鹿者どもが! 何をしている!? 早く立て! 立って奴を殺せ!」
当然、全てが従ったわけではない。騎士の多く、特にアーサーに近い立場にあった騎士たちが降伏など受け入れるはずがなく、レイモンドを討つように兵士たちに指示を出している。
だがそんな彼らに応えたのは自軍の兵士たちではなく、どこからか飛んできた矢。立ち上がったままの騎士、その中でも上位指揮官は矢を受けて次々と地に倒れていく。
それでもうアーサー自称国王軍は反抗の意思を失った。立っていた騎士も武器を捨て、地に跪いていく。
「久しぶりだね。元気そうだ」
ほぼ全員が跪いたところでルークが姿を現して、笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「よく分かったな?」
レイモンドは移動ルートを詳しく教えていない。教えようにも決まっていなかったのだ。そうであるのにルークとドロシーは見事に攻撃のタイミングを合わせてきた。それにレイモンドは感心している。
「クーは目立つから」
アーサー自称国王軍に見つからない程度にアルスターに近づいて、あとはクロウの姿が見えるのを待つだけ。クロウがアルスターの上空まで近づけば、それはもうレイモンドが戦闘に入る前触れだとルークたちは考えた。
「なるほどな」
「思い付いたのはドロシーだけどね」
「……レイ。元気そうね」
ドロシーがレイモンドに会うのは久しぶりのこと。再会の感激でドロシーは目を潤ませている。
「ああ。えっと……ドロシーも元気そうで」
そんな反応を見せられるとレイモンドは困ってしまう。どう応えて良いのか分からない。
「龍主(ドラゴンロード)。もしかしてその方が?」
そんなレイモンドに声を掛けてきたのはレイモンドと共に戦っていた男。この戦場だけではない。レイモンドがワイバーを離れた後に出会い、ずっと海の向こうで戦っていた仲間だ。
「龍主(ドラゴンロード)? えっ、何それ? ロードって王にでもなったの?」
その男がレイモンドを龍主(ドラゴンロード)と呼んだことに驚くルーク。だがその反応に返ってきたのは男が持つ槍だった。
「無礼ではないか?」
ルークの眼前に槍を突きつけてレイモンドに対する無礼を咎める男。
「ルークはいい。ルークは俺の右腕といって良い男だ」
「……右腕」
レイモンドの説明を聞いてますます男は不機嫌になる。自分たちこそがレイモンドの側近のつもりなのだ。
「いや、もっと言うと幼なじみだ。子供の頃からずっと一緒で、家族みたいな存在だな。だから礼なんて無用だ」
それに苦笑いを浮かべてレイモンドはルークに対する説明を言い直す。
「……幼なじみ。そうでしたか。これはこちらが失礼した」
幼なじみと聞いて、ようやく男は納得した。
「紹介を先にしておこう。彼らは海洋族、といってもこれは総称でいくつもの部族に分かれている。彼はバスター。バルト族の族長だ。隣にいるのがフィン族の族長でシャーク。その後ろが……」
次々と同行してきた男たちの紹介をするレイモンド。ただこれだけでは彼らが何者かルークとドロシーにはさっぱり分からない。
「あの、レイ。彼らはどこの人たちなのかしら?」
「ああ。ワイバーの東の海を進んでいくといくつもの島がある。彼らはその島で暮らしている。多くの船を持っていて、漁業と交易と、あとは海賊が主な仕事だな」
「……そう。知らなかったわ」
海洋族の男たちの雰囲気から、海賊が本業というべきなのではないかとドロシーは思ってしまう。ただこれは少し間違い。戦争だから屈強な男たちを連れてきたのであって、海洋族にはもっと穏やかな人たちもいる。この場にいる彼らが海賊であることは合っているが。
「本当の世界は遙かに広い。ハイランドは大陸なんて言っているが、実際はちょっと大きな島程度だ。本当の大陸は東の海を渡った先にある」
「世界は広い……」
ドロシーたちにとってはゲーム世界であるハイランド大陸が全て。ここ以上の世界など考えられない。存在も知らなかった。
「龍主。それでこの方がそうなのか?」
またバスターがドロシーが何者か尋ねてきた。
「それは……違うけど……」
その問いに対してレイモンドは歯切れが悪い答えを返す。
「……何のこと? 私に何かあるの?」
そんな態度を見せられるとドロシーは何の話か気になってしまう。何を話しているのかを、レイモンドでは誤魔化されそうなのでバスターに直接尋ねた。
「我らは龍主の大切な人を守る為にここまで来た。龍主よりも偉い方だ。女性だと聞いていたので貴女がその人なのかと思った」
「ああ、そういうことね。龍主より偉い……そうね、私たちの女王陛下はもうすぐ現れると思うわ」
彼らが探していたのはクレア。レイモンドが彼らに対して行ったクレアについての説明が少し面白くて、ドロシーはさらに話を盛ることにした。
「おお、そうか。龍主の上には王が、それも女王陛下がいるのか……そうなると貴女は?」
「私? 私は龍主の……二番目の奥さん?」
「ドロシー!?」
さらに悪ノリするドロシー。レイモンドと会えたことがとにかく嬉しいのだ。
「龍主の二番目の奥方か……さすがは龍主というところだが……そうか……このような綺麗な女性が二番目か……」
ドロシーの話を聞いてバスターは少し落ち込んでいる。バスターがドロシーについて何度も尋ねたのはクレアを探してというだけでなく、ドロシーがあまりに美人なので個人的な興味もあったのだ。
「えっと……」
その態度に戸惑うドロシー。理由を尋ねようとしたがその時間はなかった。
「どうやら女王陛下のお出ましだ。お迎えの準備はいいかな?」
ルークがクレアの登場を告げる。周りを護衛に囲まれて、こちらに向かってくるクレア。三万の敵兵の中を進んでくるのだ。それだけの護衛がつくのも当然なのだが、それはいかにも女王陛下の登場といった雰囲気だった。
それを見て一斉に跪くバスターたち。それに少し驚いた表情を見せたクレアだったが、今はそれを気にしている場合ではない。
「レイ……」
ずっと会いたかった人。レイモンドと再会出来たのだ。
「レア……待たせたな」
「……ごめんなさい。私はレイが教えてくれたこの国の形を受け入れられなかった」
「謝る必要はない。俺は別にそれを望んでいたわけじゃない。レアが納得出来なければそれは良い国じゃない。そんな国は必要ない」
「そうね……」
クレアが望んでいたのは自分が納得出来る国ではない。レイモンドが良い国だと思える国だ。それを実現することが出来なかった。
「レアを受け入れなかったこの世界は間違っている。こんな世界にはもう用はない。だからもう終わりだ。俺と一緒に行こう」
「行こうってどこへ行くつもり?」
待ち焦がれていた終わりの時。これからはレイモンドとずっと共に歩んでいける。この時の為にクレアは頑張ってきたのだが、考えていたような喜びが胸に湧いてこない。
「海の向こうにはここよりも遙かに広い世界がある。その世界でもう一度、また一からだけど始めて見よう。今度こそ上手く行く。協力してくれる新しい仲間も見つけた」
また新しく物事を始める世界。それを探す為にレイモンドは海を渡った。そしてそれを見つけ、足掛かりも作れた。バックアップを本命に切り替える準備は出来ている。
「……この国はどうなるの?」
「さあ? どうにでもなればいい。レアを拒絶した世界なんて滅びてもかまわない。時が許せば俺の手で滅ぼしてしまいたいくらいだ」
この世界がどうなろうとレイモンドはもう何とも思わない。レイモンドにとって大切なのはクレア。クレアが思うとおりに生きられる世界だ。それを許さなかったこの世界には怒りしかない。
「それは駄目」
「えっ?」
「この世界を見捨てるような真似は駄目よ」
レイモンドの気持ちは分かる。だからこそクレアはまだ終わりにしたくない。レイモンドにこの世界を嫌いなままで終わって欲しくない。
「……見捨てたのはこの世界のほうだ」
「この世界の全てが悪いわけではないわ」
「それはそうかもしれないけど……これ以上、嫌な思いをする必要はないだろ?」
「嫌な思いなんてしていないわ。アルスターの人々は私を受け入れてくれた。何度も彼らの期待を裏切った私を最後まで信じてくれた。私はそれが凄く嬉しかったわ」
「そうだとしても……」
クレアが追い込まれていたのは事実だ。アルスターはその追い込まれた状況のクレアを助けただけ。それは自分たちが助かる為でもある。
「アルスターの人たちだけじゃない。騎士の人たちも私の考えに賛同してくれたわ。戦っても勝てないと分かっている状況で、それでも味方をすると言ってくれた人たちがいたの」
「…………」
レイモンドはわずかに眉をしかめてクレアの話を聞いている。クレアの意図が理解出来ていないのだ。
「レイの仲間の人たちが私を助けてくれた。皆、死ぬかもしれないのにアルスターに集まってくれたわ。レイ、私は嬉しかった。レイの仲間は皆、信頼出来る素敵な人たちだと分かって、とても嬉しかったの」
レイモンドには多くの仲間がいる。その誰もがクレアを守る為に戦場に駆けつけてくれた。勝機など見えない中で、そうだからこそと集まってくれた。最後は必ずレイモンドが何とかしてくれると信じて。
レイモンドが思っている以上に、この世界には信じられる人たちがいる。クレアはそれをレイモンドに分かって欲しかった。
「……レイ。僕たちはまだ何もしていない」
「えっ?」
さらにルークが話に入ってきた。
「僕たちはまだ本当にやりたいことを何もしていない」
「そうね。ずっと我慢ばかりしてきたわ。嫌な仕事ばかり。皆と一緒にいるのは楽しかったけど、仕事は最低だったわ」
ドロシーがルークに同調する。言いたいことを言うなら今。そうしなければこの先、間違いなく後悔すると分かっているから。
「何が言いたい?」
「僕たちはまだ納得していない。レイが言うこの世界でまだやり残したことがある。新世界に向かうのはそれを終えてからで良くないかな?」
「やり残したことって?」
「本当の意味でレイと共にこの世界を良くする。自分たちの為に。誰かを無理矢理、王にするなんて下らないことではなく、王になるべき人を王にする為に」
「レイ。私たちはずっとこの時を待っていたわ。この世界にとってそれが最善であると信じているの」
レイモンドの言う未来図なんて関係ない。それはもう破綻している。とっくの昔に。この大陸の覇者になるべき人はレイモンド。それがこの世界にとっての最善だとドロシーは信じている。
「……レアもそれでいいのか?」
「もちろんよ。この世界にはまだまだ可能性がある。それを証明したいの」
「分かった。レアがその気なら俺も精一杯頑張る」
「ほんと!?」
ようやくレイモンドがその気になってくれた。そう思ってクレアは喜びの声をあげる。クレアだけではない。ドロシーもルークも、この場にいる全員がホッとしている。
皆、自分たちが少し勘違いをしていることに気付いていないのだ。レイモンドの勘違いとも言えるが。
「でも意外だな。こんなことならもっと前に話しておけば良かった」
「何の話かしら?」
「レアは王位なんて嫌がると思っていた。でも、レアがその気になってくれたのなら良かった。俺もずっとそれが一番だと思っていたからな」
レイモンドはアーサーを王にしたかったわけではない。その結果、クレアが権力を得て、それによって国が良くなることを期待していたのだ。
それもアーサーとクレアとの結婚を受け入れられなくなった後は、王妃にならなくてもクレアの影響力を高めるという方向に切り替えた。完全ではなくてもクレアがある程度納得出来る終戦の形にする為に。
「えっと……?」
「さっき冗談でレアのことを女王陛下って呼んでたけど、皆、これを予感していたのかもな」
「ねえ、レイ。王になるのはレイよ」
レイモンドの勘違いに気が付いて、クレアはそれを正そうとした。
「はっ? 嫌だよ。俺は王なんて柄じゃない。王になるのはレアだ。その方が皆安心する」
だがそれを言われてもレイモンドが受け入れるはずがない。クレアを王にする。レイモンドはクレアさえその気になってくれれば、それが最善の形だとずっと考えていたのだ。
「私だって嫌だわ。私にはそんな力はないもの」
「大丈夫。レアなら立派な王になれる。俺もその為に全力で支援するから」
「……絶対に嫌だって言ったら?」
「えっ? その時は……レアが王になりたくないのに俺は何の為に頑張るんだ?」
自分が王になるつもりはレイモンドにはない。その資格はないと思っている。周りにしてみれば、ではアーサーやランスロットに資格はあるのかとなるのだが、それは話が別。クレアが去った後のこの国がどうなろうとレイモンドはどうでもいいのだ。
「……その件はまた今度ゆっくり話しましょう。今、結論を出す必要はないわ」
「えっ? 大事なことだろ?」
「いいの。それよりも投降した人たちを何とかしないと」
とにかくレイモンドをこの地に留め、大陸制覇に向けて動かすことが大事。誰が王になるかなどなるようになる、ことを願ってクレアは先送りすることにした。
「ああ。拘束するにしても人数が多いな……とりあえず半分くらいに減らそうか」
「駄目に決まっているでしょ!」
ずっと親しい仲間と離れて、戦闘ばかりをしていた為か、レイモンドの感覚はまた少しおかしくなっている。元に戻ったというところなのだが、それでは困るのだ。まずはリハビリ、なんて言葉はこの世界にはないが、人と触れ合うことから始めなければならない。
大陸制覇の始まりとしては、なんともおかしなものだが、それが第一歩だった。この世界をもう一度、いや、今度こそ正しい光で照らす為の一歩が踏み出された。
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