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第17話 行動、行動、行動

 決断してからのリオンの生活は、一段と忙しいものになった。やらなければならない事は山ほどあるのだ。
 まず力を入れたのは自己の鍛錬。最終手段はマリアを殺すこととしても、その力がなければ話にならない。
 何といっても、魔法に関してマリアは天才と評される実力者で、学年どころか学院でも一番であることは、今となっては誰もが認めるところだ。そして剣に関しても、かなりの腕前を誇っている。魔法とは違って、学院で一番とまではいかないが、学年で上位十人くらいには入っている。
 最終的には魔人と戦う身だ。主人公としての恩恵だけでなく、きちんと鍛錬をやってきたのだとリオンは理解した。
 そのマリアを殺そうというのだ。並の力では不可能なことは分かっている。鍛錬しても可能になるのかという点は、かなり疑問が残っているが、それでも何もしないわけにはいかなかった。
 平日は暗いうちから鍛錬を始め、日が昇り人々が目覚めるまで続ける。夜は夜で人が寝静まった頃から始めて、夜が更けるまで続ける。寝る間を削っての鍛錬だ。
 そして、鍛錬は平日だけでは収まらない。
 休日も朝早くから起きて遠出する。魔獣が出没する場所へ行って実戦をこなす為だ。このただガムシャラに、身を削るような鍛錬のやり方で果たして強くなるのか、リオンにも自信はない。
 だがリオンに残されている時間は一年もないのだ。悩むよりは、まずは行動。行動しながら考えていくしかない。
 鍛練はこんな感じで行っているリオン。それ以外の時間も色々と行動をしている。

 学院での優先事項は人脈を広げること。それもマリアに嫉妬心を持つ女子生徒、そして自分たちと変わらない身分でありながら、アーノルド王太子や侯家の二人と親しくしているマリアを妬んでいる平民の生徒といった相手を対象にして。
 反マリア同盟とまでするつもりはないが、マリアに有利な噂が流れたり、ヴィンセントやエアリエルを貶めるような噂が流れたりした時に、それを打ち消す役目を果たしてもらう為の情報ネットワーク作りだ。
 これが中々難しい。マリアに敵意を持つ人であれば、誰でも良いというわけではなく、逆に敵意が強すぎて、実際に行動を起こしてしまうような生徒は外さなければならないのだ。
 そういう生徒がエアリエルに有利な行動をとれば、その行動はエアリエルの指示によるものと思われかねない。イベントを回避する上では絶対に避けなければならないことだった。
 リオンは信じている。エアリエルは決してゲームのライバルキャラのように、主人公であるマリアを虐めるような行動を起こさないと。糾弾イベントは冤罪に違いないと。
 その上で、リオンは更なる手を準備している。
 それは学院の中での活動ではない。リオンの闇と言える部分、貧民街のフレア一家の親分としての行動だ。

「雇い主の素性は?」

「後を付けて、きちんと突きとめました。レイル子爵家です」

 リオンの問いに答えたのはアイン。今では普段、貧民街にいないリオンの代わりにフレア一家を束ねているナンバー2といった存在だ。

「レイル子爵家の誰かは?」

「断言は出来ませんが、ここに来た奴はその子爵家の家宰のすぐ下で働いているようで。それと依頼内容を考えると想像はつきます」

「奥方だな。旦那の浮気相手が許せなくて、一思いに殺すことにした」

「そんなところでしょう」

「レイル子爵家か……まあ、覚えておこう」

「あの、こんなことして良いんですか?」

「相手にばれるのは良くない。だから、決して無理はするな」

「止めるという選択は?」

「それはない。こうして集める情報は自分達の身を守る為の切り札だ。今までと同じように、誰の依頼かも分からないで仕事をしていては、罪を押し付けられて潰される可能性があるからな」

「……そうですね」

 これは口実に過ぎない。実際に切り札にはなる。だが、リオンはその切り札を貧民街の為ではなく、エアリエルに何かあったときの為に使うつもりだ。
 学生たちを動かすだけでは治まらない事態になる可能性は多いにある。ゲームでのライバルキャラの末路はそういったものであることをリオンも知っていた。そういった時に、少しでもエアリエルを助ける力を持つ者を作らなければならない。脅しだろうと何でも構わない。
 そしてリオンが打っている手はこれだけではない。

「もう一つの件は?」

「まだ、これと言うのは。弱みを握れそうな奴は何人か見つけたのですが、力を持った後ろ盾がいるかとなると」

「そうか……直接、当たれそうなところは?」

「憲兵は何人か取り込んでますが、下っ端ですし、そっち方面では駄目って話ですよね?」

「ああ。憲兵隊長であっても、俺が望むところの役には立たないな」

 侯家に対しても影響力を持つような貴族。リオンが望むのはそういう伝手だ。賄賂でも何でも渡して、いざという時に助けてもらう。そういう存在を求めていた。

「正直、難しいと思います」

「理由は?」

「後ろ盾になってもらうには相手にも利がないと。貧民街に利を感じる者なんていません。殺したい奴が山ほどいれば別ですけどね」

「今のうち程度では後ろ盾になるほどの魅力はないか」

「まあ、所詮は貧民街の悪党ですから」

「そうなると、まずは自分たちの影響力を高めるところからだな。貴族が無視出来ない存在になれば良い」

「……まあ」

 又、一段と大きな目標がリオンの口から出てくる。貧民街の悪党でくすぶっていたアインにとって、リオンの話は大きすぎる。
 大きすぎるのだが、楽しくもあった。生きる目的を与えてくれる。そんな風にも思えるのだ。そしてこれはアインに限った話ではない。

「貧民街の制圧はまだ時間が掛かりそうか?」

「それが、そうでもなく」

「えっ?」

「後で話すつもりだったのですが、ゴードンのところが傘下に入りたいって言ってきてます」

「……どうして?」

「なんて言うか、うちの縄張りは勢いが違いますから。それにあやかりたいってことです」

「乗っ取りとかを企んでいる可能性は?」

「考えましたが、それは無理じゃないですか?」

「どうしてそう思う?」

「だって、大将を押しのけて一家を乗っ取ったって、元に戻るだけです。大将あっての今ですから」

「……それ褒めすぎ」

「そんなことはありません。俺らは言われたことをやっているだけです。それで暮らしがどんどん良くなっていくのだから、やっぱり大将のおかげです」

「……もう良い。聞いていると恥ずかしくなる」

 こういうところがアインたちから見て、リオンの可愛げということになる。怒らせると、とんでもなく恐ろしいが、そうでない時は年齢に相応しい態度を部下にも見せる。
 頼りになるというだけではなく、周りの者に何とかしてやりたいと思わせる何かがリオンにはあった。
 リオンは、本人が知らないうちに部下たちや、縄張りの住人たちから信望を集めるようになっているのだ。
 そのリオンの評判が貧民街全体に広がったことが、他の勢力に傘下入りを決断させたきっかけだった。ただのガキではなく、貧民街を変えるかもしれない希望の星といった、やや大げさな評判だ。

「どうしますか?」

「問題ないのであれば、当然、認める。一つに纏まった方がやれることは大きくなるからな」

「分かりました。では、伝えておきます」

「じゃあ、次来るまでに、そっちの問題を聞いておいてくれ。こっちと同じようなことをして良くなるのか、状況を知らないと分からない」

「はい。聞いてもおきますが、同席させるようにします。顔見せも必要でしょうから」

「そうだな。そうしてくれ」

 アインは分かっている。話を聞く機会を待つまでもなく、次に来る時までにリオンは、傘下に入る勢力の縄張りがどうすれば良くなるか、色々と考えてくることを。
 そんなリオンを知れば、傘下に入る者たちも、少々叛意を持っていても、すぐにそれは消えて、心からリオンに従おうと思うだろうことを。
 アインたちにとって、リオンとはそういう存在なのだ。

◆◆◆

 忙しい毎日を送るリオンだが、ヴィンセントの従者としての仕事を蔑にしているわけではない。従者としての仕事をした上で、空いた時間を利用して、様々な行動を起こしているのだ。
 そうではあるのだが。

「……リオン。お前、少しは休んだらどうだ?」

 ヴィンセントの勉強に付き合っているリオンは、常のリオンではあり得ないことに、眠気を必死で耐えていた。

「……すみません。どこまで進みました?」

「そうじゃなくて。僕の勉強は良いから、休めと言っているんだ」

「いえ、そういうわけには」

 ヴィンセントの言葉に甘えるつもりはリオンにはない。ヴィンセントの従者であるからこそ今がある。そんな思いをリオンは持っている。

「何も言わずにやりたいようにやらせてくれと言うから黙っていたけど、自分を犠牲にするようなやり方は許さないからな」

「……はい」

「お前が僕やエアルを大切に思ってくれているのは分かっている。でも、お前がそう思っているのと同じくらいに僕たちもお前のことが大切だ」

「ヴィンセント様……」

「それを忘れるな」

「はい」

 リオンから見て、ヴィンセントは実に優しい主だ。我儘だという者が居るが、それは部下が馬鹿にするような態度で接してきて、ヴィンセントを怒らせるからだ。
 以前のヴィンセントは確かに我儘なところがあったが、今ではすっかりそれは消えている。
 ヴィンセントの我儘が消えたのは、どんなに自分が無茶を言っても、真剣にそれを受け取って何とかしようと頑張るリオンの態度が嬉しくて、そのリオンに大変な思いをさせたくないと考えるようになったからだ。
 それをリオンは知らない。知っているのは、ヴィンセントは我儘どころか実に思いやりのある人物だということだ
 リオンが知っているその事実を、ヴィンセントをきちんと見ようとしない他の使用人は知らないままで、評価を改めようとしないのだ。
 それがリオンには納得いかない。
 そして、それは学院でも同じ。ヴィンセントの評価は一向に良くならない。昔のヴィンセントの噂がそのまま広まっていて、今のヴィンセントがどうなのかを誰も話そうとしない。
 これをリオンは何とかしなければならない。

「おい?」

「はい?」

「やっぱり、休め。眠いのだろ?」

「いえ、今は少し考え事をしていただけです」

「……その考え事をすることを休め。これは命令だ」

「……はい」

 命令とまで言われれば、リオンは従わざるを得ない。ましてそれがヴィンセントの優しさから来ているとなると尚更だ。
 席を立って隣接する自分の部屋に向かうリオン。その背中にヴィンセントの声が掛かる。

「一人で抱え込むな。僕はお前の為なら、一緒に苦労してやっても良い」

「……はい」

 ヴィンセントの優しさに不覚にも涙がこぼれそうになる。それでもリオンは一人で抱え込むことを止めるつもりはない。
 ヴィンセントであれば、この世界がゲームの世界だという突拍子もない話を信じてくれるかもしれない。だが信じて、それでヴィンセントが行動を起こしたとして、それが良い方向に進むとはリオンには思えない。
 ヴィンセントはゲームの登場人物の一人。主人公に主人公補正があるように、登場人物にも何らかの力が働くに違いないとリオンは思っている。
 ゲームの流れを変えるには、登場人物ではない、イレギュラーな存在である自分が行動するしかない。そうリオンは考えている。
 この考えが正しいのかは、リオンには分からない。分からないが、正しいと思えることを選び、それを信じて行動を起こすしかない。
 これが精神的にはとてつもなく辛い。この世界がゲームの世界であるならば、その流れを変えることは世界を変えることになる。一従者である自分が行なうにはあまりに大それた試み。
 そんなことは関係なく、そもそも定められたストーリーを変えることなど出来るのか。こんな疑問を抱きながらも、その為に行動しているリオンは、プレッシャーで大いに疲弊している。
 自分のことであれば、リオンは気持ちを割り切ることが出来ただろう。死というものにリオンは恐れを感じていない。自分自身の人生に価値を感じていないとも言える。
 リオンが重圧を感じるのは、エアリエルやヴィンセントに関わることだからだ。
 他人の人生を背負う、それも自分が失敗すれば、その人の人生が滅茶苦茶になってしまうという状況は、リオンを精神的にかなり追い込んでいる。
 休む為に自分の部屋に戻ったリオンだったが、結局は、次々と頭の中に浮かんでくる事柄を考えて、悩みを深めるばかりだった。

◆◆◆

 リオンが不安を抱えて思い悩んでいる頃。
 この世界の主人公であるマリアも頭を悩ませていた。リオンに比べると随分と気楽な悩みだ。

「いま一つ手応えがないなぁ。手を広げ過ぎたかな?」

 手帳を見ながら独り言を呟いているマリア。開かれているページには、攻略対象の名が書かれている。ゲームのではなく、この世界でマリアが攻略対象と定めた者たちの名前だ。
 名前の下には、その人物の素性や性格、それに能力が記されている。更にその下には攻略の手がかり。ゲームの登場人物だった者は、ゲームの設定通りの内容、それ以外の者のところには、マリアがこうではないかと思った内容が書いてある。

(半分、いえ、もうすぐ新入生が入学してくるから、三分の一にはしないと駄目ね)

 手帳に書いてある人物の名はざっと二十名近く。これだけの男子生徒にマリアはアプローチを掛けているのだ。手応えなど感じられるはずがない。

(誰を残すか……アーノルドとランスロットは必須。マーカスはもうかなり良い線に言っているし、ユリウスもそう……こう考えると、順調なのは登場人物だけね)

 挙げた名は、全てゲームの登場人物だ。結局はゲームの設定通りに行動した相手だけにフラグが立っている。この事実はマリアとしては、かなりショックだった。

(かなり美人だと思うけどなぁ)

 この世界での自分の外見は、かなり良い方だとマリアは思っている。それは当然だ。主人公なのだから。
 だが、その外見が登場人物以外を攻略するのに何の役にも立っていない。マリアにとって、これは意外だった。
 マリアにとってのモテる、は次々と男が寄ってきて自分を口説いてくるというものなのだが、全くそういう出来事が起らないのだ。
 これが間違い。
 この世界では、特に貴族社会では、そんな直接的な行動は恥ずべき行為とされている。女性を口説くにしても遠回しに、相手の気持ちの機微を探りながら、少しずつ距離を縮めて行くのがマナー。
 元々、自由恋愛が許されることが少ない、この世界の貴族社会では、これさえも滅多にあるものではない。
 こういった事情をマリアは分かっていない。そしてマリアが分かっていないのはこれだけではない。
 この世界の慣習や常識などの設定は、ゲームでは一切紹介されていなかったのだ。
 雑な作り、であることも確かだが、それだけが理由ではない。リオンはこの世界が恋愛ゲームの世界だと思っているが実はそうではない。ジャンルはシミュレーションRPGなのだ。
 『エレメンタルパーティー』がそのゲームの題名だ。
 ゲームは、大きく二つのパートに分かれる。学院で仲間を募る編成パートと、集めた仲間で魔人率いる軍勢と戦う戦闘パートだ。あくまでも後半の戦闘パートがメインであって、前半は何回でも楽しめるように、パーティーに変化を付ける為のおまけパートだ。
 仲間になる登場人物の数は結構居て、それに比例してイベントも多い。逆に言えば、それだけで細かい設定などは省かれているというところだ。
 結局は手抜きで、ゲームとして中身の薄い、人気どころか存在さえほとんど知られていないクズゲームであることに違いはない。
 マリアは今、この薄っぺらな中身の前半パートを攻略している。だが、ここは分岐を選ぶだけで、次々と現れるイベントをこなすだけのゲームではなく、それ以外の時間の行動でも物事が変化する現実の世界だ。
 マリアも手探り状態で、行動しているに等しい。

(四家が居れば、それ以外が誰だろうと、それ程影響しないから)

 王家と三侯家、この力は飛び抜けている。それに加えて主人公であるマリアも当然、後半の戦闘パートの主要な戦闘キャラだ。それ以外はサポート役や囮役。誰でも戦い方に大きな変化はない。結局は、後半パートは同じパターンを繰り返す事になり、前半パートはやり込み要素には成り得ていない。

(単純に好みで選べば良いか。そうなると……行けるかなぁ。でも、最初に比べれば、かなり接近出来たし、大丈夫でしょ?)

 選んだ攻略対象にマリアは丸を付けていく。アーノルド王太子、ランスロット、同じクラスで騎士の家柄であるマーカス、風属性の魔法、特に支援系が得意なユリウス、土属性魔法の使い手で、中でも防御系が得意なブルート。そして最後に、能力不明ではあるのに、リオンにもマリアは丸を付けた。

(リオンくんは、あの怪しげな感じが気になるのよね。それに凄い美形だし。私と同じ黒髪だから、魔力が強いのは間違いない。絶対にレアキャラだと思うのよね)

 レアキャラとは、イベントをある特定のパターンで遷移していった時に現れる、主人公にも匹敵する特別な能力を有するキャラクターのことだ。
 『エレメンタルパーティー』には、この設定があると言われていた。これこそが『エレメンタルパーティー』の真のやり込み要素のはずなのだが、あまりにもレアパターン過ぎる上に、ゲームをやっている人が少なすぎて、実際に見たという話は少なく、ほとんど伝説と化している。
単純に作り手の失敗だ。
 リオンは、そのレアキャラだとマリアは思い込んでいる。マリアがリオンに対して、しつこく迫る理由はこれだ。

(さあ、もうすぐあの女が入学してくるからね、ここからが本番よ。気合を入れて、頑張らないと)

 もうすぐ新入生が入学してくる。その中には、マリアが待ち焦がれている主要キャラが何人か居る。エアリエルもその一人だ。
 ゲームでのエアリエルはイベントを次々と引き起こす、マリアにとっては、いなくては困るライバルキャラだった。

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