許してね


私がエッセイを書いていることを知らない人がいる。
それは身近にいる家族だ。主に父と母である。
おまけに一緒には住んでいないが、ギャルに永遠に憧れを抱く妹もいる。

私はこれから、家族をバカにしたような事実エピソードをたくさん載せようと企んでいる。
面白いかどうかは私の文章力に表れてしまうので、ハードルはできれば下げておきたい。

しかし、この文字に起こす作業をしていると
私の母は、「何自由研究やってんの?」と干渉してくる。
こっちが聞きたい。
あなたの変なエピソードをまとめているのに、自由研究とは?????

呑気で自由で羨ましい。

まぁ、その自由さといえば
・午後5時にはビールでひとり乾杯
・お風呂上がりはだいたいすっぽんぽんでうろうろ
・自分の聞いてほしい話は感情任せに話すが、だいたい人の話は8割聞いていない

上記のところにも現れている。
もっと面白いエピソードがたくさんあるので、YouTubeにでも生配信で垂れ流しにしたい。
(あ風呂上がりの裸配信はできないや笑)


面白さというのは、ふとした発言に起こりがちだ。
テレビを見ていれば、漢字の読み間違いが多発。
「四ツ谷(よつや)」の読み方を、Kis-My-Ft2の藤ヶ谷(ふじがや)さんと混ざって、「よつがや」と自信満々に発言していたのが例の一つだ。

こんなしょーもないことが続いているが、「楽しい」と感じる私だ。
小さな幸せを毎日感じている。
「母は今日もボケた。あぁ正常だ。」という謎の我流の健康診断よって今日も保たれる平和。
皆さんも感じるであろう、母の、オンナの機嫌が良い時が家族の平和の象徴みたいな。


いい意味で捉えれば、我が家は母によってにぎやかだ。

私がこんなにも母を観察するようになったのは、最近になってからだ。
一回家を出て、実家に戻ってきた私だからこそ、より一層家族の大切さと感謝の気持ちが強くなった気がする。これからの人生は誰とどんな風に過ごしたいか。もう一度考えるきっかけになった自立という名の「一人暮らし」
母は私にとって、やっぱりどこか尊敬の気持ちもあるからこそ、バカにしたくなる。
そしてそのエピソードをエッセイとして残したくなる。
許してね、ママちゃん。


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