戦艦探偵・金剛~サーバルの濡れ衣~③
タクシーに乗り込み、金剛と五月雨は今度こそ相模原市にある瀬留里安次郎のアパートへ向かった。
「先生」
五月雨が不安そうに金剛にたずねる。
「遺体の指紋は、安次郎さんのアパートから検出されたものと一緒なんですよね? 足の指紋まで一致したとなれば、やはりサーバルの檻の中で発見された遺体は安次郎さんということでしょうか?」
「いや、まだわからないヨ」
そう言いながら金剛は手に持った一枚の写真を見つめていた。それは天龍から借りたもので、安次郎を写した数少ない写真の一つであった。写真は花見の時のものらしく、大きな桜が写っている。木の後ろには僅かに川が入り込んでいて、安次郎は数人の友人らと共に真ん中よりやや左に位置していた。
「でも、指紋が一致したんですよ?」
「指紋が一致しただけネ」
金剛は事も無げに言って見せると、
「天龍の説明では、被害者がサーバルの檻にいた事実に納得がいかないヨ。それに、ドアの前に落ちていた血痕の説明がつかないネ」
「天龍さんの言う通り、やはり事件とは関係ない血痕なんじゃないですか?」
「五月雨、犯罪捜査は蓋然性の追求デース」
金剛は言い聞かせるように言った。
「サーバルの檻に倒れていた死体、常識的にみれば確かに動物に襲われたと見るのが正しいデース。しかし、そういった先入観に囚われたままで捜査を行うと、時に信じられないほど単純な事実を見落とすことがありマース」
「はぁ………」
タクシーは一路、神奈川県は相模原市に向けて突き進んでいく。
安次郎のアパートは、典型的な東京都近郊の安アパートという感じだった。外観は木造で、築三十年は経っているであろう。塀に架けられた看板の文字は掠れて読みにくいが、風呂無し、トイレ共同と書いてあった。二階建てで、子持ちの家族が住んでいるのか、壁の傍には使い古した三輪車があった。動物公園の住所録では、安次郎はこのアパートの二階に住んでいるらしい。早速、金剛と五月雨は隣の一軒家に住む大家をたずねた。
玄関の呼び鈴を押すと、五十代の夫人が面倒くさそうに玄関から出てきた。どうもこの人が大家らしい。金剛が、自分は探偵で、安次郎の事件について捜査を依頼されたこと、そのために安次郎の部屋を調べたいというと、大家は頭をかきながら、
「ああ、あれね。全く困ったもんだよ。鍵を取ってくるからちょっと待ってて頂戴ね」
と言って奥へ引っ込んでいった。
少しして鍵を持って来た大家と共に、金剛と五月雨はアパートの階段を登っていた。階段は金属製でさび付いており、一段一段上る度に嫌な音を立てた。アパートの階段を上りながら、大家はこのアパートが夫の父親から受け継いだものであり、家賃収入のほとんどが税金で持っていかれること、あまりにボロボロで次第に住民が減っているが、立て直すにせよ取り壊して更地にするにせよ金がかかるのでにっちもさっちも行かない、ということをぼやいた。
「安次郎さん、身寄りが無いんだってねぇ。家財道具とか、どうなのかね。売るか捨てるかしたいところなんだけどねぇ」
「ということは、まだ片づけてないんですか?」
五月雨が言うと、大家は首を縦に振って、
「昨日、今日のことだから何にも手を付けてないよ。貯まってたゴミ出しと、流しの食器くらいは洗ってやったが、それだけだね。だいたい、昨日まで警察がさんざん荒らしていったんだから。ご近所には変な噂を立てられるし、ろくなもんじゃないよ」
階段を無事に登り切ると、アパートの二階通路の入口へ入る。入口の傍には下駄箱があって、何だか不用心だった。五月雨がそう言うと、大家は笑って、
「盗まれるような靴を履いてる人はこんなところにいやせんよ」
と、答えた。
三人は安次郎が借りていた部屋の前に辿り着く。大家はドアの鍵穴へ鍵を差し込み、ガチャガチャと音を鳴らして玄関の戸を開ける。安次郎の部屋は、彼の私物や家具を除けば四畳半に台所だけのシンプルなものだった。台所の部分は板の間になっていて、足の指紋はそこから採ったのだろうと思われた。部屋の隅には布団が畳まれていて、中央にはちゃぶ台、廊下側の壁には箪笥があった。壁にはピンク映画のポスターが貼られていて、壁には飼育員の作業着が架かっていた。
「男の人の部屋にしては片付いてますね」
五月雨が言うと、大家は腕を組んで、
「二月に引っ越してきたばかりだったからね。何だっけ? 動物園の飼育員だったんでしょこの人。世話してた動物に殺されるなんてねぇ」
「ああ、いえ、安次郎さんは、担当していた動物とは違う動物に殺されたんです」
五月雨が訂正する。
「あれ? そうなの? 嫌だわぁ、てっきり警察が動物に襲われたっていうもんだから勘違いしちゃった。でも、なんで違う動物に襲われたりなんかしたの?」
「警察は酔っ払って、間違って入ったんだろうと考えているようですが」
「ああ、そう言えばあの人、お酒は全然駄目だって言ってたもんねぇ」
金剛は五月雨と大家の会話を無視して、台所の下やタンスの中を丁寧に探っていく。
何かあるはずネ! 警察が見落とした手掛かりが!
すると旅行先で買ったお土産など、細々したものが入った引き出しの底が、二重底であることに気が付いた。
これネ!
金剛が小物を掻き出して、二重底になっている引き出しを開けると、そこには………何も無かった。
「シット!」
結局、安次郎の部屋からは新しい手掛かりは発見されなかった。
「元気出してください、先生」
安次郎の家の捜索を終えた金剛と五月雨は、近くの喫茶店で少し遅い昼食を摂っていた。二人とも、注文したのは同じカレーライスだった。モリモリと食べる五月雨に反して、金剛は腕を組んだまま、スプーンを取る気にもなれないらしい。
「うー」
「カレーが冷めますよ」
「何かあるはずデース。サーバルの檻の中にいたのはアンジロー=サンでは無いはずデース。きっと何かあるはずデース」
「何かって、何ですか?」
「何かは何かデース! チグハグな線を繋ぐスマートな解決法ネ! 犯人は指紋を残すために、わざとサーバルを選んで檻の中に入れたネ! ライオンやチーターなら本当に人を全部食べかねないケド、あのサーバルが人の手足を食べないことを計算していたデース!」
「そうですか、それで、次はどうします?」
金剛は少し考える様子を見せて、
「アンジロー=サンを最後に目撃した居酒屋に話を聞くネ。五月雨、住所はちゃんと控えてるネ?」
「ええ、もちろんです」
瀬留里安次郎が最後に目撃されたのは、立川駅近くの居酒屋だった。安次郎のアパートへ着いたときにタクシーを帰してしまった金剛と五月雨は、電車を使って立川駅へ降りたが、着いたときには午後五時に差し掛かっていて、ボチボチと仕事帰りのサラリーマンが通りに目立つようになっていた。それでも居酒屋が開くにはまだちょっと早いと見えて、多くの店はまだ暖簾を下ろしたままになっていた。
五月雨が手帳に控えた店も、未だ暖簾の上がっていない居酒屋の一つだった。建物と建物の間に挟まって、横に押しつぶされたような狭い二階建ての建物だった。二階のベランダには手拭いが物干しざおにたくさんかけられて、風に揺られていた。木製の外壁は安次郎の住んでいたアパートと大差ないくらいに色あせてボロボロになっている。
「住所もだいたいこの辺りですし、この店ですよ、きっと」
暖簾は上がっていないが、道端に設置された看板にははっきりと、手帳に書かれた名前と同じ名前が下手な字体で記されていた。
金剛が曇りガラスの引き戸を開けると、外見の通り店の中は狭かった。席は全てカウンター席で、奥へ向かう通路は狭く、一度入れば手前の客が全部出るまで出てこれなそうだった。カウンターではおでんの鍋が並べられてグツグツと沸騰音を立てている。板前服を着た痩せた店主らしき老人が、おでんを煮込みながら髑髏を思わせる眼で金剛を睨み、
「まだやってないよ」
と、掠れた声でそっけなく言った。
素早く金剛が名刺を渡し、自分が瀬留里安次郎の事故死について捜査していること、この居酒屋で安次郎が最後に目撃されたと聞いて、改めて証言を聞きに来たことを話した。老人は迷惑そうな態度を隠さずに、仕込みを続けながら金剛に安次郎が最後にこの店に来た時のことを話してくれた。追い払うよりはさっさと話してしまった方が早いと考えたようだった。
老人の話は以下の通りである。
安次郎が現れたのは午後六時頃だった。彼はカウンターの奥の方の席へ座って(そこが彼の定位置だった)、焼き鳥とおでん、それから焼酎を注文して七時には帰った。それだけである。
「アンジロー=サンは一人で来たネ?」
「あいつはいつも一人だよ」
「常連だそうですが、安次郎さんはどれくらい前からここに通っていたネ?」
「贔屓にしてもらってるのは二年位前からだ」
「なるほどネ。しかし、安次郎さんは二月に引っ越したばかりと聞いたデース」
「ああ、職場が変わって近いところへ引っ越したみたいな話はちらっと聞いたな」
確かに安次郎は上野動物園から多摩動物公園へ転職、というよりは多摩動物公園は上野動物園の分園だから移籍と言うべきだろう。それを考えれば確かに辻褄は合う。
「アンジロー=サンはどれくらいの頻度でここへ来るデース?」
そう言われて店主は手を止めて考え込んだ。
「そうさな、月に二階くらいのときもあれば、一週間に三回ほど来たこともあったし。別に給料日だからって酒に金をつぎ込むような感じでもなかったな。ただ、ここに来るときはどうも疲れた顔して来るから、仕事の区切りに飲むって感じの客だな、ありゃ」
「ふーむ………」
金剛は腕組みして考えを巡らせた。どうもこの店主と安次郎はそこまで親しくは無いようだった。この居酒屋にいても、やはり安次郎が七時ごろまで飲んでいたこと位しか分かりそうもない。そう思って金剛がその場を辞して帰ろうとした時だった。
「あれ? そういえば安次郎さんって、お酒飲めるんですか? アパートの大家さんの話によれば、全然飲めないと言っていたそうですが」
五月雨が質問すると、店主は怪訝そうな顔で、
「まぁ、確かにガブガブ飲むようなのんべぇじゃないが、全然飲めないってこたないぞ、あの人は」
と言った。その瞬間、金剛は人差し指を立てて、
「それネ!」
「ひゃっ!」
突然のことに五月雨は驚いて、
「一体、何なんです?」
五月雨がたずねると、金剛は、
「はっはっはっ」
と、天井に向かって高笑いし、
「面白い、実に面白いネ! アンジロー=サンはなかなか、大胆なことをするネ!」
すると金剛は警察から借りてきた写真を取り出して、店主へ見せる。
「アンジロー=サンというのはこの人ネ?」
「ああ、そうだよ」
「本当に、この人ネ?」
金剛は写真に写った、動物園の事務室に飾られた遺影と、同じ顔を指して言った。
「そうだよ」
金剛の勢いにやや困惑しながら、店主は答える。
「サンキュー! ご協力感謝しマース! 感謝感激雨霰デース! おかげで謎が一つ解決したかもしれないデース!」
そう言うと金剛は五月雨の手を引いて、居酒屋を出た。後には、『何が何やら分からない』という顔をした店主だけが残されたが、すぐに彼は迫る開店時間に備えて仕込みの準備に戻った。
「ちょっと先生、説明してください」
タクシーの中で五月雨が言った。居酒屋を出た金剛と五月雨は、立川駅前でタクシーを捕まえ、再び瀬留里安次郎のアパートへ向かっていた。居酒屋で店主の話を聞いてからと言うもの、金剛の眼は再び自信を取り戻し、両手をすり合わせてひたすらニヤつくばかりである。その様子を見て、五月雨も何だか不気味に思えてきたようだった。
「わからないかネ?」
金剛が言うと、五月雨はふくれっ面をして、
「分からないからきいてるんです! 安次郎さんとお酒が、どう関わってくるんですか? いい加減、秘密主義はやめて下さい!」
「まぁ、すぐに分かるネ。ウフフ」
タクシーがアパートの前に辿り着く。時刻は既に午後六時を回り、七時になろうとしていた。五月の空には宵の明星が光り、夕焼けから次第に薄暗くなり始めている。
「ちょっとここで待つネ!」
言うや否や金剛はタクシーを飛び出して、大家の家の玄関を叩いた。五月雨が慌てて金剛を追いかけるのと、ドアが開くのは同時だった。先ほどの大家がエプロンを着けて現れた。どうやら夕食を作っている最中のようだった。
「あらアンタ、また来たの? こんな時間に困るんだけど」
大家が迷惑そうな顔をして言った。
「時間は取らせないネ。質問は一つ、アパートに住んでいた男はこの人だったネ?」
金剛が例の写真を見せて言うと、大家は首を縦に振って頷いた。
「五月雨、ペン!」
そう言って金剛は五月雨に手を差し出す。言われるがまま、五月雨が手帳を書き留める鉛筆を渡すと、金剛はそれを大家に渡し、
「オオヤ=サン、これは本当に大事な質問デース」
金剛は玄関に写真を押し付けて固定すると、
「あのアパートに住んでいた男の顔を、その鉛筆で指してくだサーイ」
大家は怪訝な顔で鉛筆を掴むと、言われた通り、写真へ鉛筆を向けた。少し丸くなった鉛筆の芯の先は―――。
「ええ!」
五月雨が思わず声を上げた。大家の持つ鉛筆が指し示した人物は、安次郎の隣にいる男だったからだ。
「一体、どう言うことなんですか先生!」
五月雨の言葉に、金剛はただ勝ち誇った表情で答えた。
「事件現場に先入観を持って臨んではなりまセーン。今回はまさに蓋然性の悪魔が犯人に味方したデース」
タクシーの中で、金剛は遺体が安次郎であると警察に誤認された経緯を説明した。
「警察はサーバルの檻で倒れていた遺体をアンジロー=サンだと確認するために指紋を用いたデース。それ自体は問題ないネ。しかしアンジロー=サンが住んでいたとされるアパートには、アンジロー=サンではなく、被害者がアンジロー=サンを名乗って住んでいたネ。大胆な犯行デース。警察は急いで確認を取るために、写真を用いたネ。しかし急いで用意できたのが集合写真なのがよくなかったデース。あるいはこの写真を使わせるために、わざと残したネ。警官はオオヤ=サンや居酒屋のテンチョー=サンに写真を見せて確認を取ったデース。写真には確かに見覚えのある男が写っていたから、二人とも『そうだ』と答えたネ。しかし実際には二人とも、別々の人間のことを言っていたデース。警察も檻の中の遺体をアンジロー=サンだと思い込んでいたから、そこまで追求しなかったんだろうネ。アンジロー=サンはそうやって指紋を偽装し、事件当日もあのアパートから被害者の持ち物をくすねて職場にある自分のものとすり替えて置いたに違いないデース」
「しかし先生、それだと被害者はある程度、安次郎さんに協力していたことになります。そもそも、何故、そんなことをするのか疑問を持たなかったのでしょうか?」
五月雨の言う通り、金剛の推理では被害者は瀬留里安次郎の影武者になることを受け入れて生活していたことになる。
「一体、どうして?」
「それはこれから明らかにしていくネ」
金剛は書類を手に言った。その書類は大家から預かったもので、被害者が部屋を借りる際に書いたものだった。そこには入居以前の住所も控えられていて、それによると被害者はあのアパートに入居する以前は、多摩川沿いのアパートで暮らしていたようだった。金剛と五月雨は現在そこへ向かっていた。五月雨は、
「明日にしませんか?」
と言うが、善は急げである。するとタクシーの中で五月雨のお腹が鳴った。
「えへへ、お腹がすいちゃいました」
恥ずかしそうに五月雨が言った。
金剛が懐中時計を通り過ぎる街灯で伺ってみると、時刻は既に午後七時三十分を回っていた。
「もう少し我慢するネ」
やがてタクシーは多摩川の近くでも街灯も少なく、人通りも無い区域へと向かって言った。
「お客さん、あれがそうじゃないですか」
タクシーの運転手が、ヘッドライトに照らされる借家らしい、木造の平屋を見て言った。金剛はその近くにタクシーをつけるように指示する。
「ちょっと待ってるネ」
タクシーにここまでの運賃を支払って、金剛と五月雨は車を降りた。
「ここがそうですか?」
五月雨が言った。
「そのようだヨ」
しかし、家は誰もいないかのように静まり返り、カーテンの隙間からは光さえ漏れ出ていなかった。
「とにかく、行ってみるネ」
金剛がそう言って、五月雨と共に家の玄関へ立った時だった。
「動くな! 警察だ!」
闇の向こうから鋭い声がした。
「手を挙げろ!」
「先生!」
五月雨が金剛の袖を引っ張る。
「言われた通りにするネ」
金剛と五月雨は手を挙げた。すると物陰から二人の私服警官らしき人物が、拳銃を金剛と五月雨に向けながら現れたのだった。
時刻は午後八時四十二分。金剛と五月雨は、警視庁の応接室の黒皮のソファーへ並んで座っていた。二人の前には出前のかつ丼が並んでいて、その器は既に空っぽだった。付け合わせのたくあんですら無くなっている。
「警察署でかつ丼を食べるのって、私、夢だったんですよ~」
膨れた腹を摩りながら、五月雨は満足そうに言った。
「こういうところで食べるかつ丼って、何だかおいしそうじゃないですか」
「何言ってるネ、五月雨」
金剛が呆れたように言うと、応接室の戸が開いて刑事課長がやってくる。年齢は四十代後半、頭頂部の薄くなった髪に黒縁の丸眼鏡をかけている。着ているスーツは茶色で、体格は中肉中背、ズボンの裾が少し汚れていることから現場にもよく足を運ぶタイプのようだった。冴えない雰囲気に対してネクタイは新品で流行りの柄であることから、仕事を始めたばかりの子供からの贈り物なのだろう。
「どうもすいません、金剛さん。とんだ手違いがあったようで」
刑事課長は頭を下げながら、二人の目の前のソファーへ座る。
「いえいえ、彼らは自分たちの仕事をしただけデース。どうか彼らを処罰することを止めて頂きたいネ」
「ははっ、そう言って頂けるとありがたいですな」
禿げかけた頭をかきながら、刑事課長はテーブルの上に資料を並べる。五月雨は、それとなくかつ丼のどんぶりをどかした。
「まずはこちらの情報から」
刑事課長は咳ばらいをして言った。
「もう新聞やラジオで知っているかもしれませんが、三日前、都内でも有数の資産家である仲手川氏の宝石が盗まれました」
「ええ、知ってるネ。確か盗まれたのは『サンドスター』という金剛石デース」
「はい。その事件直後に、仲手川氏の屋敷で働いていた成瀬リルという女中が姿を消しました。おそらく賊の一味だったのでしょう。それから二日かけて成瀬を追ったところ、新潟の旅館で確保しました。その際に、強盗に使われたピストルが発見され、どうやら強盗で最初に現れた女は成瀬だと判明したわけです。その後、厳しく問い詰めましたところ、偽警官を演じた二人の男の内、一人の男の名前と住所を吐きました」
「男の名前は何デース?」
「ええ、安瀬竜太郎と言って、何でも大陸で知り合った男だそうです」
「もう一人の男の名前は分かりませんか?」
五月雨が質問した。
「それが、成瀬は知らないの一点張りでしてね。事件当日に会ったと言いますが、どうもこれは本当のことらしい。まぁそれで、とにかく竜太郎を確保しようと奴の家の前で張り込んでいたところ、あなたたちが来たという次第でして」
そう言うと刑事課長は身を前に乗り出して、
「どうも、我々とあなた方は、同じホシを追っているようですな。よければそちらの話もお聞かせ願えませんか?」
「ええ、喜んデ」
金剛は今朝、かばんちゃんから依頼された事件の内容から、これまで分かったことを刑事課長に話した。話すうちに刑事課長の額は汗ばんで、しきりに何かを考えるように顎をさするようになった。
「す、すると」
刑事課長はどもりながら、
「サーバルの檻にあった顔のない遺体は、安次郎では無かったわけですな」
「イエス、おそらく彼はリュウタロー・アンゼだと思いマース」
「金剛さん、写真は持っていますか?」
「こちらにあるデース」
金剛が写真を差し出すと、刑事課長はひったくるように写真を受け取って応接室を出た。数分後、刑事課長は興奮したように息を切らせて戻って来て、
「何と言うことだ………たった今、成瀬に確認させたところ、あなた方が調べたというアパートにいた男の顔を指しました。我々は安瀬の顔写真を手に入れていないから、はじめて顔を知りましたが。何分、奴の家を調べても写真の一枚も出てこなかったものでしてな。しかし何という犯人でしょうか、仲間を殺した挙句に、その仲間を自分の身代わりにするとは………」
「なかなか上手い手デース。死んだ人間は誰も探さないネ」
「早速、この写真を引き伸ばして全国指名手配しましょう!」
「あの、ところで」
五月雨が質問する。
「宝石の行方はどうなっているのでしょう? もうどこかの宝石商に売ってしまったのでしょうか?」
「そんなすぐに足の着くような真似をする男では無いですよ。やるとすれば、犯罪組織と取引するとか、外国に持ち出すとかですかね」
「成瀬さんはどうして新潟にいたのでしょうか?」
「それについては、どうやら事件の後にそれぞれ東京に潜伏して、あとで指定の場所で落ち合う手はずになっていたようですな。ところが連絡が無い。そこであの女、竜太郎の家まで行って宝石を探したようですが見つからない。そこで裏切られたと知って、新潟まで逃げたというわけです」
「すると、宝石はまだ安次郎が?」
「どうだろうネ」
金剛が言った。
「宝石を身に着けて逃げ回るなんて危なっかしいデース。仲間に裏切られ、殺すか脅されるかして取り上げられてしまいマース。また、万が一、警察に見つかって身体検査でもされれば言い逃れ出来ないデース。実際に、アンジローも最初からリュウタローを殺すことを前提に計画を行っていました。こういう人間は自分が裏切られることも当然考慮していマース。裏切られたときの保険として、ほとぼりが冷めるまで自分だけが分かる隠し場所に隠すに違いありまセーン」
「すると、やはり安次郎を確保しなければ宝石の行方も分からないということですか」
刑事課長が肩を落として言った。しかし金剛は首を横に振って立ち上がった。
「ノー! 全ては逆デース! この事件は何もかもがアベコベなのデース! 全国指名手配などしてはかえって捕らえるのが難しくなりマース!」
「はぁ………?」
刑事課長も五月雨も、怪訝な顔をして金剛を見た。
「私に任せなサーイ!」
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