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四国大戦 一番札所 霊山寺2

「線香手榴弾に般若心経、まるで僧侶だ」
「この刀は? ふむ、血なまぐさい。蛮人でも切ったか」
「しかし剃髪はしていない。何者だろう」
 ジョンが目を開くと、そこはどこかの小屋の中だった。蝋燭の乗った机があって、そこにでは三人の人間がジョンの装備をいじくりまわしながら何事か議論していた。両手は天井から伸びた麻縄で縛られている。
「気が付いたか」
 ジョンの目の前に女がいた。
「お前は何者だ?」と、女が問う。
「ジョン・田中……破壊僧だ」
「破壊僧? 聞いた事がある。たしか平安京を襲う大仏を打ち払った、伝説の特殊部隊だったはず」
「あんたは?」
「真空の紅、ここの町長だ。答えろジョン。いったい、鳴門に何の用だ?」
「機動寺院を破壊しに来た」
「機動寺院?」
 紅が笑うと、鳥巻きらしい男二人も笑った。
「人を食っていると聞いた」
 紅は相変わらず笑っていた。笑いながら刀を手に取り、鞘から抜いて、それから吊るされているジョンの胸を切り付けた。
「グワーッ!」
 胸に痛みが走った。ジョンの胸板は厚く、傷口は浅い。それでも血が舌を出すように、ゆっくりと滴った。
「ふざけるな! 貴様たちが建てた寺だろう!」と、紅が言うと、ジョンも負けじと「俺が宮大工に見えるか?」と言い返した。
 紅が再びジョンの胸を切り付けた。
「グワーッ!」
「あの機動寺院のせいで、鳴門の人口の三分の一が既に犠牲となった! 仏教による侵略行為! 許せん!」
 紅が再び刀を振り上げると「よせ!」と沈黙を守っていた金剛杖が、青い光を発しながら言った。
 部屋の全員が金剛杖の方を向いた。
「私は弘法大師空海、機動寺院を建設したのは私だ。ジョンは関係ない」
「何だこいつは!」
「仏教の禍々しいテクノロジーだ!」
 男たちが動揺する一方で、紅は冷静であった。
「お前が機動寺院を作った弘法大師だと?」
「ああ、そうだ!」
「貴様が……」紅は震える腕で柄を握りしめ「貴様がみんなを!」刀を振り上げた。
「やめろ紅!」
 ジョンは釣り上げられたカツオのように暴れるが、麻縄が血のにじんだ手首に食い込むばかりでびくともしない。
 そのときである。地震が小屋を揺らした。奇妙な地震であった。小さな揺れが間をおいて起きは止むのである。地震は徐々に大きくなる。
「町長!」
 男の一人が叫ぶ。
「機動寺院です!」
 揺れは既に強烈なものとなっていた。次の瞬間、ジョンの目の前に巨大な何が屋根を突き破ってやってきた。ジョンの身体が彼を繋ぎとめる麻縄ごと地面に落ちた。唯一の光源であった机の上の蝋燭もなく、ジョンは手を縛られたままふんどし一丁で闇の中へ放り出された。
 突如、まばゆい光がジョンを照らした。機動寺院から発せられるサーチライトである。舞い上がる土ぼこりを貫通して、ジョンのシルエットが暗闇の中に浮かび上がる。
 小屋の屋根を貫通したのは機動寺院の甲殻類を思わせる先端の鋭い大きな足であった。
「ジョン!」
 金剛杖が青い光を発して言った。ジョンは金剛杖と対仏ライフル、それから線香と御朱印帳をふんどしに挟んで、輪袈裟を首にかけて闇の中を走り出した。
 あちこちで悲鳴が上がっていた。ジョンは半壊した小屋を飛び出し、狭い路地へ逃げ込んだ。
「ちくしょう!」
 ジョンは自分の両手を戒める麻縄を噛んだ。しかし太くて頑丈なそれは、文字通り歯が立たなかった。
「駄目だ!」
 すると次にまた、上空から「ひゅるるるる……」という音が聞こえた。
「伏せろ! ジョン!」
 金剛杖の言葉に、ジョンは素直に従った。飛び込むように地面へ伏せると、周囲の家が爆発し、オレンジ色の閃光と炎が辺りを照らした。狙いは明らかにジョンであった。
「対仏ライフルの反仏質を探知しているんだ!」
 金剛杖が言った。
「それより、どうして寺が砲弾なんか装備してる!」
「仏敵から身を守るためには仕方がなかった」
 言い合いをしている内に、再び上空から砲弾が降り注いだ。
「くそっ、走れジョン!」
 ジョンは機動寺院から身を隠しながら、鳴門の町を走った。地面が揺れる。機動寺院がジョンを追っていた。何にせよ、両手の自由が効かないことには対仏ライフルを構えることすらできない。だがこのまま逃げ続ければ、鳴門の町が壊滅してしまう。
「ジョン!」
 大通りに出ると、ジョンは呼び止められた。そこには彼の刀を持った紅がいた。暮紅は左手で刀を持っていた。右腕は血が滴っており、骨折しているようだった。
「ジョン!」再び紅が叫んだ。「お前は機動寺院を破壊しに来たと言ったな!」
「ああ、そうだ!」
 紅に負けないくらいの声量でジョンが答えた。
「腕を出せ!」
 紅が刀を振るった。ジョンの両手を戒める麻縄が断ち切られる。
「行け!」
 紅が言うと、ジョンは金剛杖をふんどしに差し、対仏ライフルを掴んで機動寺院へ向かって行った。


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