見出し画像

戦艦探偵・金剛~蘇る忍者伝説~⑨エピローグ

 季節はすっかり春になって、金剛探偵事務所の中にも春の暖かい空気が流れ込んでくるようになった。
「さぁ、今日は三本勝負ですよ!」
 五月雨が温め終わったカップと、紅茶の入ったポットの並んだ盆を、えっちらおっちら抱えてやってきた。
 午後三時の昼下がりのこの時間、最近の五月雨と金剛は急ぎの仕事も客も無く、紅茶の銘柄を当てる遊びをするのが日課となっていた。
「さて、先生の方はハンデとして、紅茶の種類だけでなく値段も当てるんですよ!」
 五月雨が言うと、金剛は余裕の表情で、
「ノープロブレム!」
 と答えるのであった。
「じゃあ、第一問目ですよ」
 そう言って、五月雨は最初のカップに紅茶を注いでいく。
「ふむ」
 金剛は紅茶の香りを嗅ぎ、カップに口を付ける。
「種類はダージリン、値段は―――」
 そこで金剛は目を泳がせて、
「五月雨、あなたが紅茶の買い出しに出て戻って来るまで平均二十分。ついでに文房具や日用品のを買い出しに行くとなると、四十五分かかるネ。しかし今日は戻って来るまで三十分かかったが、買ったのは紅茶のみデース。というと、新しく遠くに出来た輸入雑貨店へわざわざ足を運んだに違いないワ。あなたが最近、広告の紙を細かくチェックして、新店舗がオープンしたという情報を私からシャットアウトしようと涙ぐましい努力をしていたようだけど、私が一週間に一回、靴磨きの少年から町の情勢を聞いているから無駄なことデース。さて、その店にあるダージリンは富裕層向けの高級品が一つ、中流向けの安物が無駄に三種類ほどあるネ。普段なら、財布の紐が固い五月雨だケド、先日、ガンドー=サン経由で、ケンジ=サンからお礼として大金が振り込まれたネ。私の裏をかく意味でもここは―――」
「わーっ! 推理は駄目です! ちゃんと飲んで、味で当てて下さい!」
「ケッ、物の値段なんて景気でコロコロ変わるネ。当てれるわけないヨ」
「あーっ! それじゃ、負けを認めるんですね!」
「勝つとか負けるとか意味が分かんないヨ。さぁ、五月雨も紅茶飲んで菓子でも食べるネ。ん? 今日の茶菓子はひなあられデース」

 根尾村の事件が終わったあと、相続投票の結果、藤木戸健二がやはり遺産を継ぐことになった。また、藤木戸健二は姓名を変え、元の竜宮健二として生きることを決めた。
 益荒田海はあのあと、警察に逮捕されて聴取を受けるも、すぐに釈放された。彼の罪はせいぜい、捜査妨害と不法侵入くらいであったし、腕のいい弁護士が彼についたことも大きいだろう。
 その後、益荒田は健二の会社に世話になることに決めたそうだった。やはり根尾村は彼にとっても、健二にとってもしばらくは離れたい場所であるらしく、二人は根尾埼玉製作所の本社がある東京に家を買って、そこで二人と、更に寿を女中に雇って暮らしているのだという。もっとも寿なら、給料が出なくても押しかけてきそうなものだが。
 礼二は由香乃の真実を聞いてひどくショックを受けたそうだが、富士夫亡き今、彼が中心となって富士夫の会社と田子、それから千波を支えているらしい。
 千波がいつか大きくなって、真実を知った時のショックを考えると五月雨の胸は痛んだ。しかしたとえ血の繋がりがなくとも、本当の愛情があればきっと健やかに育っていけるだろう。そう祈るばかりである。
 由香乃亡き後の竜宮寺には、隻腕のお坊さんが新たな住職となって寺の管理を行うことになったそうだ。
 最後に一つ。
 龕灯の依頼料に上乗せする形で、健二から小切手の入った封筒を渡されたとき、そこには竜宮健二、益荒田海、寿ルリの名前で、小切手の他に三つの折り紙の兎が同封されていた。
 一つはとても精巧に折られたもの、もう一つはまぁまぁの出来のもの、最後の一つは線がところどころ歪んだものだった。
「誰が、どれを折ったと思います?」
 三つの折り紙を金剛の机の隅に並べて、五月雨がたずねると、
「さぁね」
 と、金剛は椅子に座ってクルクルと回りながら、新聞のクロスワードパズルへ文字を埋めていった。
「そういう推理は五月雨に任せるネ」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?