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戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ PLACEBO *1 UMI ①

 自分はどうも特別らしい。
 と、感じたことはある?
 俺がそうだった。
 前はわりかし気のきいた通信社に勤める事件記者だったんだが、説明するのも情けないようなゴタゴタがあってそこを辞めた。
 辞めてからはフリーランスのライターになった。
 折しも出版業界は好景気も好景気。次から次へと新しい出版社が出来ては、新しい雑誌が創刊されている。
 もっと前、戦後ほとんど戦国時代と言っていい群雄割拠ぶりだった。娯楽が少ないこともさることながら、深海棲艦との戦いが集結し、政府が戦時体制を解除したことで、政府による文章や写真の検閲が解除された。
 おかげで編集者や小説家、記者はエログロナンセンスから、天皇機関説まで自由に書くことが出来た。
 抑圧されたものが一気に解放されたわけだな。
 まぁ、限度はあるが………。
 とにかくそういう状況で、俺はフリーライターとして、病気になった記者の代わりに記事を書いたり、女と駆け落ちして逃げ出した作家の代わりに小説を書いたりしていた。
 こう書くと野球チームの補欠みたく感じるだろうが、実際は出版社の方が切羽詰っていて、締め切りは厳しいが金払いは良かった。それに先も書いたように出版業界は好景気だから、仕事も引く手数多で、逆に仕事をどう断ろうか悩むときの方が多い。ま、大抵の仕事は引き受けてしまうんだがね。
 そういうわけで今回の仕事も俺は快く引き受けたわけだ。
 仕事の内容は『ウエハラカムイをマークしてケツの毛一本一本まで調べろ』、そんな感じだ。
 そう、ウエハラカムイ。今、多摩川の河川敷で女子高生を殺したとかで世間を騒がせているあのウエハラカムイだ。
 実際には報道規制が行われていて、大手メディアがカムイの名前を出すことは無い。
 そんなことは前代未聞だった。政府が報道機関に情報の発信内容に規制をかけることは今までどんな事件でもなかった。鼻息の荒い連中は政府による情報統制だと抗議の声を上げている。実際、その通りだしな。
 ただ、問題は理由が皆目見当がつかないことだった。そしてお偉方がこぞってそれに賛同していることもだ。
 殺人犯なら、情報を広く発信して市民への逮捕協力も期待できる。そもそもそんな危ない奴が近くでうろついていることを知らせること自体が、一種の防犯にもなる。
 それなのに報道を規制するということは、ウエハラカムイが政府の要人と何かしら関係があるのか。鋭い記者は誘拐殺人の可能性も示唆している。警察に知らせると人質を殺すぞ! とか、そういう要求をしている可能性だ。
 確かにその可能性はある。殺された少女は見せしめで、他にも人質を取っているのかもしれない。
 だが、政府の報道規制は大手の会社だけで、弱小の出版社はそれに構わず堂々とカムイの名前を出していた。そして大手の雑誌に迫る売り上げを叩き出していた。
 だから仮に誘拐で、犯人の要求で報道が規制されたとしても実質、意味は無かった。元々が無茶な要求なのだ。ただただ、大手の出版社が無駄な損失を被ったに過ぎない。
 あるいはこれから再び殺人が起こるのだろうか?
 前置きが長くなったが、そういうキナ臭い背景があったから、ウエハラカムイの名前を聞いて一瞬、俺が躊躇したのも納得できるだろう?
 それでも報酬(前金付き)が破格だったことと、そのとき日本語が英語に聞こえるほど酔っぱらっていたおかげで、俺は引き受けることにした。
 さて、これは俺、つまりモリシマトキオという男の目から見た一連のカムイ事件と、その周辺で起こった出来事を書いた手記だ。
 いわば一つのサンプルだと思ってもらえればいい。
 この東京には俺みたいなやつがゴマンといて、俺はその中のありふれた一人にすぎない。そしてたまたま『二人のカムイ』と関わることになった。
 ただし奇妙な形でな。
 どんな風に奇妙かって?
 アセんなよ………わざわざこんなモンを読んでくらいだ。時間はたっぷりあるだろ?
 まずは煙草でも吸って落ち着こうぜ。

一九五X年 八月三十一日 午後九時十七分 自宅マンション『タイフーン』

 扇風機の風を一身に受けながら、今、俺はこのノートに鉛筆を走らせている。マンションと言えば、今や庶民には手の届かない憧れの物件だとされてるが、やっぱり夏はどこにいたって暑いもんだ。
 俺がいるこの場所は五階で、確かにここから見る世田谷の風景は絶景だし、遠くには竣工中の東京タワーも見えて中いい。ステンレス製の台所に洗面所、トイレ、狭いながら風呂も付いている。
 月収二万円以上の収入と言う条件があるものの、この団地に住みたいという人間は多く、部屋数に対して応募者の倍率は二百倍と言うからものすごい。俺もコネがあったとはいえ、抽選で受かったときは信じられなかった。
 なぁ、アカミミ。
 ああ、アカミミというのは俺の買っているカメだ。正確にはミシシッピアカミミガメというんだが、俺は昔からアカミミと呼んでいる。
 こいつは俺の相棒で、記事の内容や文章に詰まったとき、よく話しかけたりする。まぁ、アカミミが返事をするわけじゃないんだが、実際に話しかける形式をとることで、考えや気持ちを整理している………ような気がする。とにかくそういうわけで、アカミミは昔からの俺の相棒だった。
 な? アカミミ。何だよこいつ。照れてるのか? そっぽ向くなよ。なぁ。
 まぁ、いいや。とにかくこいつは太古の化石のように無口で、精密機械のように繊細な扱いな奴だ。そんでテレビ、冷蔵庫、洗濯機なんかよりもよっぽど重要な、俺にとって大切な存在だ。
 さて、まず何から書こうか。やっぱり手紙だろう。
 昨日、俺のマンションのポストに手紙が入っていた。仕事の依頼だった。
 何の変哲もない封筒で、差出人の住所は俺の前の職場だった。
 それだけでもゴミ箱へ投げ込むには十分な理由だったが、そのときの俺は日本語が英語に聞こえるくらいに酔っぱらっていて、居酒屋の店員の声すらろくに聞き取れず、連れのシゲに送ってもらってようやく帰った状況だった。
 それで試しに封筒を開けると、内容は仕事の依頼だった。手紙を送ったのは正解だっただろう。電話口なら聞き取れていなかったろうから。
 以来の内容はウエハラカムイの過去と現在を詳細に調べてレポートを送る事。この仕事の事を誰にも話さないこと。報酬は二百万円、内前金が百万円となる。この前金の百万円は取材費という意味もあるらしいが、それにしたって破格も破格だ。
 レポートは差出人の住所ではなく、指定の私書箱へ送る事。
 いや、凄まじい内容だ。百万つったら、しばらく遊んで暮らせる金額だ。仕事を終えたらハワイにでも行くか? 真剣に考えちゃうよな、アカミミ。でもお前、飛行機に乗れないか。カメ連れて空港行くなんて話、聞かないもんな。
 取らぬ狸の皮算用は置いておいて、実際、キナ臭い内容だ。まず報酬も高すぎるし、レポートを職場ではなく私書箱へ送るという話もおかしい。それに仕事の内容が、政府がよくわからない情報封止を行っているあのカムイだ。この仕事、絶対ヤバイ。
 だから、俺のところにこういう依頼をする判断は実にスマートなのが良くわかる。俺は元事件記者だからその辺のノウハウは叩きこまれているし、立場上、フリーランスだから責任を追及されたとしても被害が会社におよぶリスクを最小限に出来る。
 俺の勝手な推測だが、この手紙を送った男………イノハナは部下に話さずに一対一で俺に依頼をしている。だからこそカムイのレポートを職場に送らずに、私書箱へ送るよう仕向けているし、誰にも口外するなと釘を刺している。いざと言うときには俺を切ってシラを切るつもりだ。
 通常なら、俺が今持っているこの手紙が証拠になるんだろうが、奴はでっち上げだと主張するだろう。そしてそれは、たぶん、通りかねない。
 何故なら、俺が奴に恨みを持つ理由が客観的にはキチンと存在することだ。だから俺は通信社を辞めることになったからだ。
 封筒には一枚のハガキが入っている。仕事を受けるか受けないか。受けるなら明日までに受けると書いてポストへ投函すること。受けないと書いて出すか、そもそも投函しないことと書かれていた。
 俺は受けた。
 仕事に私情は挟まない。私情を挟めば客観的な事実を暴けなくなる。クライアントが元上司であれ、恋人を寝取った男であれ、そんなことは関係ない。
 報道関係者が今、頭を悩ませている謎の男、ウエハラカムイ。
 昼間の内に本屋を巡って買ってきたカストリ雑誌の類には、戦前に出現した連続殺人鬼『ウエハラカムイ』と手口が酷似しているらしい。
 記事には、女子高生が殺された事件の他に過去のウエハラカムイが起こした事件を詳細にまとめてある。
 曰く、当時の東京市長を殺したり。
 曰く、会社の社長を殺したり。
 曰く、司法省の次官を殺したり。
 曰く、五人の不良少年を殺したり。
 曰く、衆議院の議員を殺したり。
 とにかくとんでもない野郎だ。五人の不良少年以外は、全員が政治家と社長だ。これだけ豪華な被害者のラインナップもそうないだろう。
 政府が情報を規制しているのもその辺りに原因があるのかもしれない。だとしたら問題は根深いものがありそうだ。
 だけど今回の被害者は女子高生。前回の事件とは標的の基準が違う。ただ一つの共通点は目玉に紙片が押し込められていたことらしい。
 やっぱどっかの変態の仕業か。でも、それにしたってなんで世間が今までせっかく忘れていたカムイのモノマネなんかをやるんだ?
 よくわかんねぇ。
 ボタンを掛け違えているみたいに一つ一つの要素が何かズレてる気がする。
 まぁ、それはおいおい考えるとして………まずは取っ掛かりが必要だ。
 俺って基本的には事件記者なんだけど、最近は小説の代筆や、評論とかそっち方面ばっかやってたから、とんとご無沙汰だ。そもそも記者クラブにも加入していないから、まともに取り合っても警察の方だって相手してくれないだろ。
 そこで、だ。蛇の道は蛇というやつ。知り合いの事件記者に聞いてみる。上手くすれば一石二鳥。最高のアイデアだ。同時に我ながら最低なアイデアでもあるんだが。
 今から電話を一本かける。遅い時間だが、まだ会社にいるだろう。

 電話をかけ終えた。
 散々に文句やら嫌味を言われたね。
 電話の相手はエリカだ。俺の元恋人で、イノハナの女房で、今も通信社で働くビジネスウーマン。
 自分の手記とはいえ、エリカの名前を書くのは少し勇気が要る。何故だろう。ただの名前なのに。文字にすると彼女の存在をリアルに感じる。
 ちったぁ、気持ちの整理が付いていると思ったんだけどね。
 エリカから情報を聞き出すことが出来た。報道できないとはいえ、いつ規制が解除されるかは分からない。通信社の方でも事件の方は把握しているようだった。
 事件を捜査しているのは八王子警察署の刑事課。担当刑事はクサビテツゴロウとコダイスミオの二人組。スミオの方が若いがガードが固い。攻めるならテツゴロウの方だそうだ。名前からして昔カタギの刑事っぽい。余計な先入観は入れるべきではないんだがな。見て見ないことには分からん。
 それにしても八王子か………世田谷からはそれなりに遠いね。

九月一日 午前十時五二分 八王子警察署

 今日はいつもより早起きしたおかげで、頭の方が本調子じゃない。早起きと言っても午前九時過ぎくらいだから、世間のサラリーマンと比べちゃ遅いくらいだけどな。
 つくづくライターという職業で良かった。ライターが気にするべき時間は締切だけだ。ある出版社は出勤時間も退勤時間も記者任せらしい。適当なようで合理的な考えだ。
 おっと話が逸れたな。
 とにかく俺は早起きして、昨日読んだカストリ雑誌の情報の裏を取った。といっても、図書館で当時の新聞記事を漁っただけだけどな。雑誌の情報は確かで正確だった。きっと古参の記者がカムイのことを覚えていたのだろう。
 当時の新聞記事には雑誌には書いていないこともあった。政府の汚職官僚を暗殺するカムイに対して、世論は犯罪者と言うよりも英雄的な視線を送っていたらしい。二十年前と言えば、考えてみると深海棲艦との戦いに向けて政府の統制が厳しくなってきた時代だから、余計にそうなったのだろうか。
 いや、昔の話はいい。問題は現在の話だ。今を生きろ、だ。
 さっきクサビのおっさんに会ってきた。というよりはバッタリ出くわしたっているのが正確なところだ。警察署のロビーでのんびりタバコ吸ってるとっぽいおっさんがいて、
「クサビって刑事知りません?」
 と、質問すると当の本人がクサビだった。「誰だオメェ」
 そういうクサビに俺は昔の名刺を差し出すが、クサビは相変わらず煙草に夢中なようだった。
 こういう対応には慣れている。慣れなきゃ事件記者の才能は無い。簡潔に事件記者だった頃の会社の名前と身分、そして名前を伝えるとクサビは鼻で笑って、
「嘘だな」
 と、言った。何故かと訊くと、
「ほわんほわんしてるからだ。鏡を見て見ろ。事件記者ならもっと飢えた顔つきしてらぁ」
 と言われた。思い当たるフシはある。最近、なんだか顔が丸くなったような気がするし、腹も出てきたような………って、そういうんじゃねぇよな。
 結論から言うとクサビから何も聞き出せなかった。しかし渡りはつけた。入っちまえばこっちのもんだ。
 しかしダイエットは真剣に考えるべきかもな。タイフーンの五階まで登るのも結構キツイと思ったが、最近、意外と食べ過ぎてたかもな。
 食べると書いて、アカミミのエサを買ってやることを思い出した。どれ、今から買ってくるか。

同日 午後十三時二分 多摩川河川敷 事件現場

 アカミミのエサを買う前に、八王子警察署から、事件現場の河川敷まで歩いてみた。距離はだいたい六キロと言ったところ。通信社時代なら平気で歩き通せる距離だったが、久しぶりに歩いてみるとしんどい。クサビの言う通りだ。事件記者から遠ざかって、俺は狼から太った豚みたいになっていたようだ。
 ………ちょっと言い過ぎかな?
 これを書いている今、俺は河川敷にしゃがみ込んで、Tシャツを抜いて上半身裸でこの文章を書いている。汗が顔から滴り落ちて、手帳に零さないように必死だ。
 周囲には俺と同じく上半身裸のおっさんが、川へ向かって釣り糸を垂らしていた。だから俺の姿も浮くことは無かった。
 昨日、少女の遺体が発見された現場だというのに、いざ目の当たりにするととてもそんな風には見えなかった。日差しが照り付け、生い茂った雑草が風に吹かれ、川の水は光を反射して艶めかしく光っていた。小学生ぐらいの子供が川辺ではしゃぎまわっている。もう下校したのだろうか。考えてみると今日は始業式の日に当たるから、すぐに帰されたのだろう。ナナミケイは始業式に参加することは出来なかった。誰かに殺されて、衣服を脱がされて、ボートに乗せられて流された。そしてここに流れ着いた。
 釣りをしている爺さんの一人に話を聞くと、爺さんは河川敷の、砂利が貯まって開けた場所を指さした。そこには何の痕跡も認めることが出来なかった。警察の仕事は早い。奴らは悲惨な非日常の現場を、日常へ組みなおすプロだ。現場には唯一、花束が捧げられていた。そこで俺は献花するための花を買ってくるべきだということにようやく気が付いた。事件記者時代は必ず用意して、身に染みていたはずの行為なのに、いつの間にか俺の手から離れていたことに俺は慄然とした。
 同時に、慄然とするポイントがずれてることも客観的に感じてる自分もいる。

同日 午前十三時十五分 喫茶店『プルシアン』

 どうして河川敷から一気に喫茶店へ場面が飛んだのか、自分で書いている手記とはいえ、後で見返したときに首を傾げるだろう。だから一応、こうなった経緯をここに書いておく。
 俺が自分で自分に慄然としていた時、一人の女子高生が河川敷を下って行った。手元には花束があった。間違いない、被害者を知っている。
 上半身裸で話しかけるのもマズイと思って、俺は汗でベトベトになって気持ちの悪いTシャツを苦労して着て、女子高生に話しかけた。こういう場合、十中八九嫌がられて逃げられる。ダメで元々、それでも行くのが記者だ。人の不幸を飯のタネにしている代償だ。しかし九回裏、満塁サヨナラホームラン! 女子高生は快く俺の取材をこうして近くの喫茶店で受けてくれることになった。
 少女の名前はソノダユリコ。被害者のナナミケイとは、高校の先輩らしい。
「ケイとは友達だったんです」
 顔を伏して、ときおり目尻に涙を滲ませてユリコは言った。傍から見て痛ましい姿だった。俺は二人分のコーヒーを注文して、ユリコが落ち着くのを待った。
「すみません」
 ようやく落ち着きを取り戻したユリコが言った。
「別に謝ることじゃない」
 俺はそう言ってから、名刺を差し出して自己紹介を行った。まず、
「俺は新聞記者じゃない。このインタビューも雑誌には乗らない」
 と、安心させる目的で言った。本当のことだ。イノハナなんぞにこんな会話の内容を渡すつもりは無い。依頼の内容はあくまでカムイだ。
「俺の狙いは今回の事件の犯人、ウエハラカムイについてだ。単刀直入に聞くけど、ユリコちゃん、君はナナミさんを殺した犯人はウエハラカムイだと思うかい?」
 俺がそうたずねると、ユリコは、
「わかりません」
 と、心底申し訳なさそうに答えた。ま、当然の反応だ。俺でも知らなかったんだから、今の若い子に分かるはずがない。
「他に犯人の心当たりは?」
「ありません」
「そっか………まぁ、そうだよな」
 そう言って俺は煙草を一本取り出して、火を点けた。煙を喫茶店の天井に向けて吐く。
「ナナミさんはどうして殺されたのかな? 誰かに恨まれたりしたとか」
「そんなこと、無いと思います」
 ユリコは首を横に振った。表情がまた泣き出しそうだった。今の質問は我ながらデリカシーが無い。こういう時にリアルな会話ってのは不便だ。俺は煙草を灰皿でもみ消して、
「ごめんごめん。今のは聞かなかったことにしてくれ。それなら、えーと、ナナミさんのことを聞かせてくれないかな。楽しかった思い出とかさ」
 沈黙が流れる。ただ、これは正しい沈黙だ。泣き出しかかったユリコの心がバランスを取り戻し、それから彼女はポツリポツリと話し始めた。
 ナナミケイとソノダユリコは読書仲間だったらしい。主に探偵小説が好きだったそうだ。江戸川乱歩、横溝正史、アーサー・コナン・ドイル、アガサ・クリスティー。
「へぇ」
 俺は感心した。最近の若い子は本なんかあまり読まないだろうと思っていたからだ。
「モリシマさんは、どんな本を読んでらしたんですか?」
 今度はユリコが逆に質問してきた。
「俺か? そうだな………どんな本を読んできたと思う?」
「そうですね。モリシマさんって、三島由紀夫とか好きそうな感じです」
「いんや、違うね」
「じゃあ、何ですか?」
「聖書さ」
「聖書? キリスト教の?」
「俺の親はキリスト教徒でね。プロテスタントだったんだ。プロテスタントはとにかく聖書を読まされるんだ。子供のころは退屈で仕方がなかったよ」
「神様を信じているんですか?」
「どうだろうね。ただ、悪魔はいると思う。この仕事をしているとつくづくそう思うよ」

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