見出し画像

戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ TRANSMITTER #1 MOON RIVER⑥

同日 午後四時二分 東京都八王子市川口町 カワイユカの自宅

 カワイユカの住所は八王子市の川口町にあった。どうやら彼女の実家はメッキ工場をやっているらしい。
 出発する前にスミオは学校の電話を借りて署に報告を入れた。すると電話に出たのはモリカワだった。スミオはモリカワにことのあらましを告げて、自分とクサビはこれからクァイユカの自宅へ行く旨を伝えた。
 するとモリカワの方でもスミオとクサビに伝えることがあるのだという。
「ナナミケイの乗っていたボートの出所が分かった。殺害場所もだ」
 いくら上流を遡っても手掛かりの得られないことに疑問を抱いた森川は、捜索対象を逆に下流へ向けたのだ。すると世田谷区でボートの盗難、というか遺失の報告があった。何分ボロボロのボートだったから、盗まれたというより自分の係留が甘かったと考えたのだろう。
 試しにモリカワがナナミケイの乗っていたボートの特徴とを紹介させたところ、ナナミケイの乗っていたボートを所有していたのは、多摩川上流の貸しボート屋ではなく、下流は世田谷区の貸しボート屋だと断定された。
 その後、地元警察の手を借りながら貸しボート屋を中心に捜索したところ、ボートや近くの公園そばにある古い小屋の中から大量の血痕と、ナナミケイの制服らしい燃えカスが発見されたという。
「現在、周辺で不審人物や、ナナミケイを見てないか聞き込みをしているようです」
 スミオが助手席で説明する。ハンドルを握るのはクサビだった。
「ええい! スミオ! 次はどっちへ曲がればいい!」
 スミオの話を聞いているのかいないのか、クサビはカワイユカの自宅へ向かうのに全力だった。
「曲がらないで下さい。まだ真っ直ぐ、まだ真っ直ぐです」
「いつになったら曲がるんだ!」
「都道六十一号線に出て左です」
「道路を番号で呼ぶんじゃねぇ! 余計分からなくなる!」
「落ち着いて下さい。曲がるときは曲がるよう言います」
「頼むぞ………」
 スミオは地図を膝に、クサビをなんとかカワイユカの自宅までナビゲートする。
 カワイユカの自宅は農家を思わせる古い一軒家だったが、隣にはトタンの塀を挟んで小さなメッキ工場が並んでいる。カワイメッキ工場という字が、工場のトタンの壁に堂々と描かれていることから、あれが父親の職場らしい。
「通勤時間も短そうだ。でも、隣に職場があるってどうなんですかね。休まりますかね」
「馬鹿言ってねぇで行くぞ」
 クサビがシートベルトを外して言った。
 家の前の板塀には政治家のポスターが貼られている。
「おっ、スミオ見てみろ。チヅルの親父だ」
 ポスターの写真はハチスカチヅルの父親、ハチスカカオルだった。ハチスカの父親は現役の八王子市長だった。もっとも当の娘はその事実を煙たく思っているようだったが。
「そんなことより早く行きましょう」
「なんでぇ、同僚の父親に冷てぇな」
 玄関の呼び鈴を鳴らす。
「はーい」
 出たのは三十代半ばの主婦らしき女性だ。カワイユカの母親だろう。
「八王子警察署の者です」
 スミオとクサビは素早く警察手帳を見せつけて、
「カワイユカさんはどちらに?」
 畳みかけるように娘の所在を訊ねた。
「あ、あの、ユカが何か………」
 戸惑う女性。警察がおしかけて娘を尋ねるのだから当然だろう。
「どうした?」
 奥からYシャツ姿の男が現れた。年齢は女性よりも一回り年上と言う感じで、いかにも町工場の社長と言った雰囲気をしていた。おそらくカワイユカの父親だろう。
「あなた、警察ですって」
「警察? なんで?」
「お宅の娘さんが雛代高校の女子生徒連続殺人事件の次の標的である可能性が高い。保護の必要があります。もう一度お訊ねします。カワイユカさんはどちらに?」
「ユカなら二階の部屋にいると思います。学校からも外に出ないようにと言われてるんで、私たちも外に出さないようにしているんです」
「娘さんと話をさせて貰ってもいいですか?」
「わかりました」
 女性が二階の階段へ向かってユカの名前を呼ぶ。しかし返事がない。
「あの子、最近は反抗期なもんで」
 女性が申し訳なさそうに言うと、クサビが、
「スミオ、ここは俺が押さえる。お前、そこのお母さんと一緒に確認してこい」
「二階には私が行きます」
 Yシャツの男が言った。
「わかりました。ではお邪魔させていただきます」
 スミオが靴を脱いで玄関へ上がる。カワイユカの父親と共に、二階へと上がる。
「ユカちゃん、ちょっと来なさい。お客さんだ」
 父親が呼びかけつつ、廊下とカワイユカの扉を隔てる木のドアをノックした。ドアのネームプレートには小学校三年生くらいの字で『ユカ』と書かれていた。
「入るぞ」
 ドアを開ける。それなりに整理はされているが、机にはノートや鉛筆、床には本、ベッドの上には着替えが散乱している。ものぐさな性格のようだった。
 しかし肝心のカワイユカの姿はどこにも見えなかった。
「そんな」
 動揺する父親とは対照的に、スミオは冷静に半分開かれた窓へ近寄る。窓の向こうは植木鉢が置けそうな、頑丈な鉄の柵があって、そこにはロープが結び付けられていた。そして遠くの道路を制服姿で走るカワイユカの姿があった。
「いた、あそこだ!」
 スミオと父親が慌てて二階へ降りる。
「何だ、どうした」
 クサビは一階の玄関でまだユカの母親と話し込んでいた。
「テツさん外です! カワイユカが外へ逃げました! 河川敷の方へ向かってます!」
「なぬ!」
 スミオとクサビ、そしてカワイユカの父親は外へ出て、ユカの向かう先へ走る。女子高生の足だ、車を使うまでも無いし、この辺りは入り組んだ路地が多いからそこへ逃げ込まれると厄介だ。
 三人で走ると、先にばてたのが父親、次にクサビ、最終的にスミオがトップとなってユカを追うことになった。
「頼むぞスミオ!」
 息を切らしながらクサビが言う。その言葉を背に受けて、スミオは河川敷の方へ走った。
 路地を抜けて、少女の後姿を捕らえる。
「君! 止まりなさい!」
 スミオが叫んだ。少女は止まらない。日が傾いている。世界が赤く染まっていた。必死に足を動かす自分が、まるで劇場に立つ役者のように思えた。
 少女は道路を渡って河川敷へと土手を下る。スミオもそれに続く。自然と、船に乗せられて血塗れとなったナナミケイを思い出す。カワイユカはどうして逃げているのだろう。まさか彼女が一連の事件の犯人なのだろうか。
 ナナミケイの向かう先には男がいた。身長百八十センチの、スキンヘッドにサングラスをかけた男だった。この暑い中、長袖のジャケットに、茶色いスラックスをはいている。
 少女が、いや、もうハッキリとカワイユカだと視認できる距離までスミオは来ていた。カワイユカは男と対峙して、第一声、
「あんた誰!」
 と声を上げた。
「警察だ! 二人ともそこを動くな!」
 スミオが声を張り上げるのも構わず、ユカは喚き散らす。
「嘘! 嘘! 嘘! 私は選ばれたはず! あの二人とは違うって! どうして? ああ、まさかそうなの? あなたが………あなたが………」
 男が腕をユカへ向けた。
 すると。
 キン、という金属音がして、男の腕から何かが放たれた。
「あっ!」
 ユカが崩れ落ちる。足から真っ赤な鮮血が噴き出た。
「きゃああ!」
 悲鳴。
「ユカ!」
 スミオが駆け寄る。額に汗が滲んだ。彼女を担いでここを離れることが出来るだろうか。刑事は警察官と違って普段、拳銃を携帯していない。刑事の仕事は大抵、現行犯ではなく捜査によって容疑者を挙げるからだ。暴力沙汰は意外と少ない。
 考えてみれば人間を何人も殺している連続殺人鬼を捕まえようというのに、丸腰なのは滑稽だった。ユカにかけよりながらスミオは笑いそうになった。不穏な兆候だ。自分で自分が冷静でなくなっていくのが分かる。
 キン、と金属音がした。今度はスミオの眼にはっきりと見えた。男の袖口から勢いよく千本通しの様なものが突き出て、次の瞬間に手元へ返っていった。一連の動きがゆっくりと分かった。きっと無意識に殺されると思ったからだろう。次の瞬間、スミオは河川敷の丸い石ころや雑草の生えている中へ倒れ込んでいた。左腕が熱かった。傷の状態を確認する前にスミオは立ち上がって、ユカを担ぎ上げて走っていた。
 警察官としての使命がスミオの体を動かしていた。でないと恐怖で押しつぶされそうだったからだ。
「スミオ!」
 クサビの声だった。遠くでクサビとユカの父親が土手を下るのが見えた。
「テツさん! 奴は武器を持ってます!」
 スミオが叫んだ瞬間、頬を何かが掠めた。さきほどの千本通しだ。今度は男の手元へ戻らずに、そのままスミオを掠めてユカの父親の頭部へと命中した。
 やばい!
 そうスミオが感じた瞬間、足元の何かに躓いて倒れた。それでもユカを庇って背中から倒れる。
 男が迫っていた。左腕をこちらに向けている。あの武器は両腕に準備されているらしい。武器の切っ先が夕日に照らされてキラリと光る。
 パン、と銃声が鳴った。
 クサビだった。クサビがコルト自動拳銃を男に向けて撃った。続けて三発も撃った。トドメにもう一発撃った。スキンヘッドの男が血塗れになって崩れ落ちていく。
「テツさん………」
「オヤジの指示だ。一応、持たされてたんだよ」
 クサビは銃を仕舞いながら、
「だいじょうぶか?」
 しゃがみ込んでスミオとユカの怪我の具合を見た。
「お前はかすり傷だが、嬢ちゃんが心配だな」
 ユカの足は大きくえぐれていて、骨が見えていた。クサビは素早くハンカチで太ももの動脈を締める。ユカはその間、気絶していて全く微動だにしなかった。わずかに感じる体温のぬくもりだけが、彼女の生命を証明していた。
「父親の方は………」
 クサビは首を横に振る。ユカは気絶していて幸いだったかもしれない。
 スミオは気絶したユカを地面に置いて立ち上がり、射殺された男の下へ近寄る。
「一体、この男は何者でしょう? まさか―――」
「カムイなら四十代近いはずだ。この男はどうみても二十代前半から後半。カムイじゃねぇ」
「じゃあ、誰?」
 スミオは無意識のうちにユカと同じことを口走った。
「知らん。とにかく病院だ。己はどこかで電話を借りて救急車を呼んでくる。嬢ちゃんの様子を見てやれ」
 そう言ってクサビは河川敷を去る。スミオはじっと男の死体を凝視していた。
 不審な点があるからではない。何故か、これと同じような光景をどこかで見た気がしたからだ。
 辺りが次第に暗くなりつつあった。男の姿も次第に見えずらくなっていく。ここでは街灯も遠い。空にはただ月だけがあった。
 月………。
 多摩川の水面に月が揺れる。そこに射殺された男の血が流れ混んでいく。スミオの記憶の奥底で、何かが割れた。血塗れの少女の、ナナミケイでもなく、ソノダユリコのものでもない、もっと幼い少女の死んだ姿がフラッシュバックした。
「そうだ………思い出した………」
 それはスミオが警察官になった理由だった。
「龍田さんに電話しないと」

MOON RIVER IS OVER......
JEUX INTERDITS
FESTIVAL IS COMING SOON......


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?