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戦艦探偵・金剛~蘇る忍者伝説~④事件編

 夕食前から強くなりつつあった風は、五月雨がいざ床に着こうとしている頃には、すっかり大雨になっていた。風に揺すられる木の葉と、窓に叩き付けられる大粒の雨音が部屋の中一杯に響いて、五月雨を不安な気持ちにさせるのだった。
「いやだなぁ、昼間はあんなに晴れていたのに」
 五月雨はカーテンを開け、暗闇の向こうから果てしなく振り付ける雨粒を見上げて呟いた。カーテンを閉めると、傍らにある空っぽのベッドを見やりながら、
 今日は明かりを消して寝れないな。
 と、思うのだった。
 すると。
 コンコン、と五月雨の部屋をノックする音が聞こえた。
 こんな時間に一体誰だろう?
 ドアを開けると、そこには健二が立っていた。隣の屋敷から来たらしく、体が少し雨に濡れている。
「ああ、よかった。まだ起きていましたか」
「藤木戸さん、こんな時間に何かあったのですか?」
「ラジオによると今日は暴風雨らしいのでね。もしかすると、電線が切れて停電を起こすかもしれないので、念のために寿くんと手分けして、皆さまの部屋を回ってロウソクを配っているのですよ」
 そう言うと、健二は五月雨に三本のロウソクと、燭台、それからマッチを一箱渡した。
「ご苦労様です」
 五月雨が頭を下げると、健二は例のぎこちない笑みを浮かべて、
「まぁ、大丈夫だとは思いますがね。それでは」
 健二が去ると、五月雨は燭台に蝋燭を差し、マッチ箱と呼びの蝋燭と一緒に、ベッド脇にあるサイドテーブルへ転がした。それから枕元の電気スタンドを点けたまま、ベッドに入って、目を閉じて眠りにつこうとするが、今日はどうしたことか、昨日のようにうまく寝付くことが出来なかった。風雨が窓を割らんばかりにガタガタと揺らし、うるさくがなり立てるのも一因だったが、何となく五月雨の胸にある種の胸騒ぎが起こったからだった。
「うーん………」
 胸騒ぎを打ち消すように、今日の楽しい思い出を回想する。春の暖かな日差しの中で歩いた山道、龍宮寺の桜、由香乃、そこへ唐突に墓参りをする健二の姿がフラッシュバックする。
 藤木戸さんはあそこで誰にお参りしていたのかな? 奈落さん? 由香乃さんも藤木戸さんが来ているなら教えてくれればいいのに。それとも藤木戸さんは、由香乃さんの目を忍んでこっそり来ていたのかな?
 境内で石畳を掃く由香乃に気づかれずに墓場へ来たのか、それとも由香乃が五月雨たちを家に上げた後に来たのか。普通に考えれば後者であるが、そうだとすると健二は五月雨たちの歩く後を気づかれずについて来たことになる。帰るときもきっと、五月雨よりも早く帰ったのだろう。屋敷から龍宮寺までの道のりは、少し長いものがあったから、そんな中を休みなしで素早く往復した体力は、まるで本当の忍者じみたところがある。
 藤木戸さんも忍者の修業とかしたのかな?
 五月雨は健二のどこかキレのある頭の下げ方、歩き方を思い出す。顔色は悪いが、少なくとも礼二のように、千波を背負って息を切らすようなやわな体とは思えない。
 忍者、という言葉から五月雨は、これまで忘れていた昨日の忍者騒ぎを思い出した。寿が見たという、黒装束で血走った目をした忍者のことを思い出してしまい、
 ああ、どうしよう余計眠れなくなっちゃう。
 と、思った時だった。
 凄まじい落雷が響き、電気スタンドの光が消えて、部屋が真っ暗になってしまった。
「きゃっ!」
 五月雨は小さな叫び声を上げる。どうやら健二が言った通りの停電が起きてしまったようだった。
「も~」
 手探りでサイドテーブルに置いたマッチを探すが、焦って電気スタンドや燭台、読みかけの紅茶の本を、床へバタバタ落としてしまう。ようやくマッチ箱を探し当てて一本、擦ったときだった。
「うわあああああ!」
 屋敷のどこかから、確かに男性の悲鳴が上がったのが聞こえた。五月雨の記憶が正しければ、声の主は礼二である。
 五月雨が素早くベッドから起き上がり、蝋燭にマッチの火を移して燭台にさした。それから寝巻の上からカーディガンを羽織って、燭台を持って廊下へ飛び出した。
「うえ~、五月雨さん」
 廊下では、やはり今、隣の部屋から出てきたところらしい貴子が、眠そうな顔で立っていた。その手にはやはり燭台が握られている。
「貴子さん、今しがた男の方の悲鳴が聞こえませんでしたか?」
「そっすね、何か上の方から聞こえましたっすね」
 貴子は燭台を掲げて上を見上げると、ドタドタという足音と共に蝋燭のか細い明りが動くのがかすかに見えた。
「行ってみましょう」
 そう言って五月雨が貴子と共に三階へ上がると、三階の一室にある扉の前で、蝋燭を持って立ち尽くす羅尾本と柴田、それから益荒田がいるのが見えた。
「どうしたんですか?」
 五月雨がたずねると、暗闇のせいか、ひどく青ざめた顔をした柴田がふるえる指で、部屋の中を指さした。するとそこには、暗闇の中にいる健二と礼二、それから床でぐったりと倒れている富士夫の姿が蝋燭の炎に照らされて見ることが出来た。その向こうでは、窓が開け放たれていて、風に乗った雨粒が赤い絨毯の上に、重い染みを広げていた。
「死んでいます。どうやら首を絞められたようだ………」
 首を横に振って、健二が言うと、周りの人からため息が漏れた。確かに富士夫の首には紫色の痕があり、必死に抵抗したのか首にはひっかき傷があった。そしてその両手の指先には血が滲んでいて、爪の剥がれている指もあった。
「ど、どうしよう。ああ、どうしよう」
 狼狽する礼二の肩に手を置いて、健二は、
「しっかりするんだ、礼二くん!」
 しかしそう言う健二の方も、動揺が激しいのか言葉に詰まってしまい、次に何をすればいいのか分からないようだった。
「礼二さん、バルコニーの窓を閉めて下さい!」
 まず五月雨はそう言った後で、
「それから誰も部屋に入らないように! 現場の保存の為です! それから誰か警察へ連絡を入れて下さい」
 と、てきぱきと指示を出した。
「この停電で、電話なんて通じませんぞ。車で麓へ警察を呼びに行くにせよ、この暴風雨では危険すぎる」
 羅尾本が苦言を呈すると、
「では、扉を閉めて、警察が来るまで交代で見張りを行いましょう。健二さん、いいですね? あと、誰か富士夫さんを覆える大きな布を持ってきてはくれませんか」
 五月雨に半ば気圧されるように健二は、
「は、はい」
 と頷いた。
「では、田子さんへは私から説明しましょう」
「では、私は寿さんに言って、予備のテーブルクロスを貰ってこよう」
 柴田と羅尾本がそう言うと、健二が、
「お願いします」
 と暗い顔で言った。
「藤木戸さん、よろしければ富士夫さんが発見されたときの状況をご説明願えますか?」
 五月雨が言うと、健二は頷いて、
「え、ええ。片倉さんにも非常用のマッチと蝋燭を持って行ったのですが、ノックしても返事がありませんでした。隣の部屋にいた礼二くんから大きな音がしたというので、もしやと思い、部屋のカギを開けて入ると、富士夫くんが、窓の下に倒れていて………」
「鍵がかかっていたのですね? 合鍵を持っているのは?」
「私を除けば、屋敷の管理を任せている寿くんくらいですが………」
「窓の下には何があるんです?」
 五月雨が窓を指して言うと、
「何もありません。木が一本あるだけで、あとは断崖絶壁ですよ」
「ふむ、すると、片倉さんの部屋は完全な密室ということになりますね」
「藤木戸さん!」
 礼二の呼びかけに、一同が振り返ります。
「どうした? 礼二くん」
「これを見て下さい!」
 そう言って、礼二は富士夫の顔を指した。暗くてよく分かり難かったが、礼二が富士夫の顔をロウソクで照らすと、その口元には支配の面頬が付けられて、取れないようにするためか、紐でグルグル巻きにされていた。更にその上には、左側と右側に一文字ずつ、赤いインクで漢字が書かれているのが見える。おどろおどろしい字体で読みにくいそれは、どうやら、
『忍殺』
 と書かれているようだった。
「忍………殺………?」
 五月雨が読み上げると、健二はただでさえすぐれない顔色を、更に真っ青にさせて、
「ま、まさか」
 と、うろたえるのだった。
「何です? 心当たりが?」
 五月雨がすかさず、きいてみるが、健二は首を横に振って、
「いえ、何でもありません」
 と答えるばかりだった。
 かくして、本事件は、地上三階の密室において幕を開けたのである。


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