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戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ PLACEBO *1 UMI ④

 俺がいない間にエリカが調べ上げたことだが、事実だけを抜き出すとつまりこうだ。
 事件の犯人(犯人と仮定すればだが)を射殺したのはどうやらクサビらしい。その前後の状況がややこしいんだが、その場にはスミオともう一人少女がいたそうだ。
 元々、スミオとクサビはその少女を保護するために、その子の家へと向かったらしい。どうしてその子が次の標的だと分かったのかは不明。クサビの言葉を借りれば刑事の勘だという。
 まぁ、そんなわけで少女の家へ向かうと、少女は警察を見るなり逃げ出したそうだ。気持ちは分かるがな。
 それで少女とスミオとクサビ、それから少女の父親であるカワイヤスオが河川敷へ行くと、武装した男がいたという。少女の証言では、この男はカムイであるという。
「自分は選ばれたと思った」
 少女はこう証言したらしい。意味が分からん。年上の男に対する憧れとか、恋心とか、そういう類なのだろうか。エリカに聞いてみると私もさっぱりと言われた。でも神威は少女にどこか共感するところがあるらしい。
「特別な男の人との特別なつながりって、なんかロマンチックじゃないですか?」
 しかし現実には人が殺されている。河川敷ではもう一人、死体が出た。少女の父親だ。少女を庇ったというより、流れ弾に当たったような感じらしい。実名が出ているからそのためだ。父親の名前が出ているから、被害者の少女の名前も半分出てる感じなんだが………まぁ、いいか。
 河川敷で発砲、死者二名、これだけの大騒ぎなのに、新聞もマスコミもテレビもラジオこの事件を黙殺した。現場では記者連中ややじうま、救急車、パトカーが詰めかけてまるで戦場のようだったらしい。今やアンダーグラウンドな界隈どころではなく、小学生の口にも、
「あれは何だったんだろう」
 という声が上がっているらしい。そして妙なことに、少なくとも警察も現場レベルの職員には報道規制がかけられる理由を聞かされていない。そもそも報道規制をかけられていることを、質問されて知った警察官もいるくらいだ。裏で相当な圧力がかけられてることは間違いないんだが、圧力をかける意味が未だに分からないのは気持ちが悪い。
 さて、河川敷で射殺された犯人だが、これも未だに身元が特定できていないらしい。そもそも一連の事件に置いて、ナナミケイ、ソノダユリコを殺したという物的証拠も上がっていない。唯一の手掛かりは少女の証言だが、それも結局のところ同人誌の販売場所で知り合った、ということでしかない。
 ただ少女が男に関して「まるで新月のようでした」というところが気になった。つい先日、エンザワも同じことを言っていた。俺は横目で神威を盗み見たが、なんかエロい変な格好をした女という以外の感想を持てなかった。
 唯一の導線はカムイネットという同人誌だ。しかし少女に言わせるとこのカムイネット、どうも雑誌の名前だけを意味するものではないらしい。
「アンダーグラウンドなサークル………というよりは、通信網かしら?」
 少女に言わせると、カムイネットはハガキや手紙による通信で成立する団体らしい。カムイネットを複数購入したり、売人と仲良くなるとある郵便番号と住所、通称『サーバー』を渡される。これがカムイネット入会の第一歩らしい。カムイネットに入会した人間は、サーバーにハガキや手紙を送る。内容はカムイに関連するものなら何でもいい。採用されれば次の号に文章が載る。文章が載ると、それに対する賛同や反対意見が寄せ集められるが、基本的に採用された回数の多い人間はカムイネット内のステータスが上がるのだ。
 ステータスの高い会員は『パフォーマー』と呼ばれ、中でも殺されたナナミケイ、ソノダユリコ、そして件の少女はその中でも『トップパフォーマー』に分類されていたという。ここに出身校以外の、被害者の共通点を見ることが出来る。カムイネット内のやり取りは、個人情報保護の名目で相手対相手ではなく、一端、サーバーを経由して内容を濾過して送られてくるらしい。
 そうなると河川敷で殺された男の正体も何となく察しが付く。俺がクサビなら、カムイネットのサーバーを探る。しかしことはそう単純じゃない。サーバーの住所は数か月から数日で変更され、直近のサーバーへ家宅捜索を行ったが、既にもぬけの空だったようだ。警察は現在、家主を追っている。それが最新の状況だという。

「何だかややこしい状況だな」
 俺が感想すると、エリカも首を縦に振って、
「全くね。訳が分からないわ」
「そうでしょうか?」
 横槍を入れたのは神威だった。
「何か考えでもあんのか?」
 俺が訊ねると、神威はあっけらかんとした調子で、
「カムイネットを買って、住所を教えてもらえばいいんですよ」
 と、人差し指を立てた。俺は体の力が抜けるような気分だった。
「それがそうもいかないのよ。事件以来、カムイネットを販売している売人は姿を消してしまって、サーバーを知っているカムイネットの会員も名乗り出ないし」
 俺の代わりにエリカが説明する。おおかた、そんなことだろうとは思ったが。
 ところで。
「エリカ、俺に見せてくれたカムイネットだが、どこにも投書なんてなかったぞ?」
「あれはいわば入門用みたいなものよ。最新号は郵便で郵送されるみたい」
「なるほどね。最新号も、やっぱりクオリティは?」
「わからない。被害者が持っていた、直近のものは警察が押収したようだけど、巷で出回っているって話は聞いたことない」
「印刷所を通していたら、印刷所が通報するだろうしな」
「それはどうかしら? この事件は報道規制されているわ。ある意味で『存在しない事件』ともいえるから、もしかすると分からないかもしれない」
「ふむん」
 俺はカクテルを一口すすって考えた。
 さっきの、神威の言葉だが、最初は馬鹿にしていたがもしかするといい線を突いているかもしれない。
 上手くすれば、他の記者はおろか警察だって出し抜けるそんな方法が、アルコールの回って来た俺の頭にスパークしそうな、そんな気配があった。

同日 午後九時四十二分 自宅マンション『タイフーン』

 結局、気配だけで何も思いつかないまま俺は帰って来ることになった。神威もそのままだ。今は風呂へ入っている。
 実はあいつの世話もエリカへ押し付けようと思っていた。艦娘とはいえ男と女だ、世間体が悪い。通信社には独身社員用のアパートもあるし、何とかそこへ住まわせてくれないかと思ったんだが「亀ならともかく艦娘までは無理よ。社員でもないし」と、無下に断られた。ま、最初からあんまり期待して無かったけどね。
 しかし世間体か。
 このマンションへ越したとき、入居者は一斉に引っ越したんだが、そういえば誰からも挨拶が来ないし、逆に来ることも無かった。こうした集合住宅は、日本ではまだまだ新しい道の住宅だ。未知の住宅では、マナーも未知数になるんだろうか。何だか興味深い。俺は隣の部屋にどんな奴が住んでいるかも知らずにいる。あっちからしたってそうだろう。密集した住宅にいるにもかかわらず、人間関係は逆に希薄になっていくということだろうか。そう考えると神威一人を住まわせたって構わないような気がしてきた。
 まぁ、どれだけ住まわせるかによって問題の大きさは変わってくるような気もするが。
 亀と言えば、この話に及んでようやくエリカはアカミミのことを思い出したらしい。バーを出るとすぐにタクシーを捕まえて、俺と神威を乗っけて、エリカの家へ行って、アカミミの水槽を手に再びタクシーでタイフーンまで送り届けてくれた。
 久しぶりに再会したアカミミは前とちっとも変っていなかった。
 ものの本によれば、亀には感情が無いという。ただひたすら食って、寝て、交尾して、たまに日光浴をすて、泳ぐ。それだけの存在だという。
 本当にそれだけなのだろうか? と、思ってしまうのはやはり飼い主だからなのだろうか。
 アカミミは環境に敏感だ。透明な水槽に砂利と浮島みたいにちょっと大きな石、水、それがこいつの世界の全て。それ以上でも、それ以下でも駄目だ。
 以前、無味乾燥な世界に新風を巻き起こそうと、小さくて、カラフルなパラソルを水槽の中に置いてやったことがあった。そうするとアカミミは、どうしてか分からないがそのパラソルにひどく怯えてしまって、砂利を蹴ってパラソルを水の底へ埋めてしまったことがあった。
 さっき、車で移動したときだって、ずっと頭と手足を甲羅にひっこめたままだった。
 アカミミはそれくらい周囲の環境に敏感で、繊細に反応する生き物なのだ。そう、だから、アカミミに感情があるように思えるのは俺がアカミミにそうあって欲しいと願うからかもしれない。
「なぁ、アカミミ。俺のこと好きか?」
 と、アカミミに呼びかけてみる。この愛すべき爬虫類は水槽の砂利をガラガラ転がすだけで何の反応も示してはくれなかった。当然だし、それでいい。俺がアカミミに求めているのは、コミュニケーションじゃない。むしろその逆だ。しゃべらないこと、話さないこと、きっと俺がアカミミに求めているのはそういうことなんだ。
 人間嫌いの作家のことを何かで読んだことがある。彼(確か彼で合っていたと思う)は犬を飼っているんだが、その犬が何か気に入らないことをすると『人間』と呼んだそうだ。俺とアカミミの関係もそれと似たようなもんかもな。
 ということは俺も人間嫌いと言うことか?
 おっと、神威が風呂から上がった。俺にも風呂へ入れと言う。こいつとの会話は終始面倒でイライラさせられる。やっぱり俺は人間嫌いなのかもしれない。
 でも艦娘って人間なのか?

 風呂に入ると『高速修復材』と書かれた緑色のバケツが転がっていた。風呂から上がった後で神威に妙なものを勝手に置くなと言ってやろうとしたが、当の本人は既にソファーで熟睡していた。仕方なく俺は冷蔵庫から牛乳瓶を出して飲み、こうして手記に文句を書き連ねているわけだ。
 さて、アカミミとの再会を喜んでばかりもいられないし、神威に文句を言ってばかりもいられない。カムイネットへのとっかかりを考えなきゃならねぇ。しかし、警察も特定に苦労している奴らの編集部『サーバー』なんてどうやったら見つけられるんだ?
 カムイネット。どれだけの部数が巷に出回っているのか知らんが、大量の部数を素早く印刷して発行するには大型の印刷機が必要だ。そんなもんを抱えて東京のあちこちを転々と出来るはずがねぇし、そもそも普通の住宅に置けるような代物じゃない。だから奴らの印刷は絶対に外注だ。東京には数多くの印刷所があるが、しらみつぶしに当たって行けば確実に正解にヒットする。警察がどんな適当な捜査をしているか知らんが、真面目にやってりゃ今頃もう特定できていてもおかしくない。
 それでも特定できないってことは、よほど人が足りないのか? クサビの顔が脳裏をよぎる。でもあのおっさんは、捜査に関しちゃ口が固い。何も教えちゃくれねぇだろうな。
 サーバーへの一番の近道はやはり最新のカムイネットを手に入れることだ。だが一体どうやって?
 今回の事件の少女たち………彼女たちは初期のブックレット。つまり、俺がエリカから渡されたような同人誌からのパフォーマーだ。カムイに関わる殺人事件が起きた今、パフォーマーを二人も殺されたカムイネットの運営者は警察に怯えて夜も眠れないに違いない。従って最新のカムイネットを手に入れるのは難しいだろう。でなきゃとっくの昔に警察が手に入れてガサ入れが行われているはずだ。
 ここまで書いて思ったが、カムイネットの奴(あるいは『奴ら』か)の目的はなんだ? 何故ここまでする? 手間も金もかかるだろうに。
 以下、思いつく動機を列挙してみる。
 ①金。実はカムイネットはすごい勢いで売れている。
 ②熱狂的なカムイの信者。
 ③ただの愉快犯。
 ④金持ちの暇つぶし。
 俺が今、考えられるのはこの四つだが、どれもしっくりこない。
 不気味だ。
 カムイと同じく、カムイネットの存在もまた、フィクションのようにぼんやりとしている。しかし必ず実態はあるはずだ。
 今日はこの辺にしておこう。疲れた。生活習慣が変わったせいだろうか。

九月九日 午前七時 世田谷区 自宅マンション『タイフーン』

 朝っぱらから神威にたたき起こされて、無理やりメシを食わされる。午前七時つったら真夜中だぞ、おい。
 ろくな抵抗も出来ないまま白米とみそ汁、焼き鮭と漬物を食っていると、
「作戦会議をしましょう!」
 と、神威が息巻いた。
 何だ作戦会議って。
 俺がそうたずねると、神威は、
「もちろんウエハラカムイを捕まえるんです、はい!」
 と言った。
「カムイは死んだろ、河川敷で」
「でも、モリシマさんの考えだとまだ事件は終わっていないんですよね?」
「そりゃ、あくまで俺の推測だ。そもそもカムイが犯人だと決まったわけじゃねぇしな」
「そうなんですか? でも、するとカムイネットは誰が発行しているのでしょう?」
 神威が首を傾げる。こいつ、根本的なことが分かってねぇ。カムイ自身がカムイネット運営し、発行していたなら、すげぇナルシストだ。
「とにかく! カムイネットのサーバーを突き止めるにはカムイネットの最新刊が必要なんですよね!」
「まぁ、そうなんだが」
 こいつは人の話を聞いているのかいないのか、ときどき分からなくなる。艦娘っていうのは、みんなこんな感じなのだろうか。俺が頭を抱えるのを尻目に神威が続ける。
「私、女子高生になります! はい!」
「は?」

 神威の話をまとめるとこうだ。
 神威の知り合いの艦娘に龍田という巡洋艦がいて、そいつは東京のどこかで国語の教師をしているらしい。そいつに連絡を取って、その学校に女子高生として潜入。若者特有の情報網を伝ってカムイネットの最新刊を入手する。
 ………ということらしい。
 俺はよく回らない頭を無理やり回転させながら、神威の話に対してどう突っ込みを入れるか腕組みして考えた。そんな俺の様子を見てどこをどう勘違いしたものか、賛成と思ったらしく、
「じゃ、早速電話してきますね!」
 と、黒電話のダイヤルを回してどこかへ電話をかけ始めた。それから少しして、
「行ってきます!」
 と、マンションを出て行ってしまった。
 俺はあっけにとられながらも、しばらくして朝食を再開し、食べ終えると食器を流しへ持って行って洗った。それからコーヒーを淹れて、ベランダから差し込む心地よい日の光を浴びながらこの手記をしたためている。
 まぁ、いいだろう。俺も暇じゃない。イノハナへの報告もボチボチ書いて送らなきゃならんし、他にも締切の迫った仕事がいくつかあるんだ。神威の作戦………どうなるか分からんが、俺に代案があるかと言えば無いわけだし。ここは神威に任せてみるか。
 しかし、あいつ強引なところがあるからな。誰かに迷惑でもかけてなきゃいいが。

同日 午後三時七分 自宅マンション『タイフーン』

 神威が出て行った後、俺はとりあえず締切の近づいてきた他の仕事をすることにした。でもこんな時間に叩き起こされても頭が回るわけないだろ? 仕方なく適当に切り上げて、冷蔵庫で冷やしてあったビールを昼間から飲みながらボーッとすることにした。言い訳するつもりはないが、北海道に行ったり、艦娘を部屋に連れ込んだり、最近の俺をめぐる環境変化の激しさは凄まじいものがある。ちょっとは休ませて欲しいぜ。
 環境と言えば、さっきまでやってた仕事も環境にまつわるものだった。
 内容は公害についての記事。
 これも元々は別な記者が担当していたものだったが、色々あって部署ごと配置換えになって、後任が決まらず結局、俺のところにお鉢が回って来た。
 きっと小難しい内容だから誰も手を出したがらなかったんだろう。掲載する雑誌側の熱意も薄そうで「ま、適当に」という感じだった。こういった社会派な記事は地味な割に、引き継ぐ際の資料も膨大なものになる。現にこの仕事を引き受けた際、段ボール二箱分の資料を送り付けられた。嫌になるね、全く。
 段ボールからとりあえず適当に資料を引っ張り出してみたところ、担当記者はこの件に相当入れ込んでいたようだった。資料の数もさることながら、大抵はペンで注訳が入れられていたし、私的にまとめられた文書も多い。
 具体的な事件の内容は神奈川県にあるミクモ村における製薬会社『ミクモ製薬』の薬品流出によって引き起こされた、地元住民への集団的健康被害事件を十年に渡ってレポートしたものだ。
 公害と言えば足尾銅山鉱毒事件やイタイイタイ病、最近じゃ水俣病が有名だが、このミクモ村の事件はメディアに露出した形跡は少ない。水俣病の事件じゃ、記者が会社から雇われたヤクザに袋叩きにされたらしいが、この事件は見事、隠蔽に成功したようだ。何だかどっかの事件を彷彿とさせる。
 ミクモ製薬はその後、住民側と和解が成立して順調に業績を伸ばし、今では創業者の名前を取った『雪村グループ』として名を馳せている。あの有名な雪村グループの原点が公害事件とは何だか意外だった。誰でも叩けば埃の一つや二つ出るもんだ。
 さて、こうしてざっと資料に目を通してみたが、俺としては内容が村民寄りの内容であることが気になった。この熱血ライターさんは村人に感情移入しすぎている。俺としてはもう少しミクモ製薬側の言い分や事情を取材すべきと思うんだが………。
 カレンダーを見る。締め切りまで二週間ほどあるが、報酬と取材費のことを考えると厳しかった。何よりやる気がねぇ。今回は手持ちの資料でなんとかするか。

同日 午後五時十二分 自宅マンション『タイフーン』

 神威が帰って来た。
「どうでしょう」
 と、クルリ一回転して雛代高校指定のセーラー服をヒラリとさせる。
「どうしたんだそれ?」
 俺が訊ねる。
「借りました!」
 神威が笑顔で答えた。何でも神威の知り合いの艦娘というのが、雛代高校で国語の教師をしているらしい。
「って、お前それ早く言えよ!」
「へ?」
 神威がきょとんとする。まぁ、仕方がない。俺はこいつにカムイ事件をそんなに詳しく話したわけじゃない。
 俺が一連の事件の被害者が、全員、雛代高校の生徒だと話すと神威はとても驚いていた。

九月十日 午前七時 雛代高校 校長室

 スーツで行くべきか、いつもの服でいくべきか、迷った挙句、俺はいつも通り私服で行く事にした。そもそも俺はスーツ何て持っていなかったからだ。
 俺は神威を連れて始発の電車で雛代高校までやってきた。神威に雛代高校への体験入学をさせるためだ。俺は神威の後見人ってことにしておいた。
 もちろん、体験入学というのは表向きの話だ。神威の狙いは高校で出回っている(と、神威が勝手に思い込んでいる)カムイネットの最新刊の入手。一方、俺は神威の担任となる龍田なる艦娘へのインタビューが目的だ。
 高校を卒業して随分と経つが、職員室は未だに聖域のように感じられた。特に校長室なんざ大統領執務室だぜ。
 でも、こうして来てみると何だか狭く感じるのは年の功なんだろうか。

同日 午後七時三十分 雛代高校 面談室

 本日のメインイベント。龍田先生との面談が実現した。
 龍田は天龍型二番艦の軽巡洋艦の艦娘だ。神威と違って蠱惑的で頭のよさそうな艦娘だった。担当教科は現代国語だという。しかし教師にしては頭の上でフワフワ浮いている輪っかとミニスカはどうなんだろうか? まぁ、艦娘だから仕方ねぇか。仕方ねぇのか?
「それで本日はどのようなご用件でしょう? 朝礼が始まるのであまり時間は取れないのですが」
 そう言って龍田が笑った。神威の浮かべるような少女っぽいそれとは違って、目元が笑っていないのが気になった。
 手ごわそうだな。
 というのが、俺が龍田に感じた印象だった。
「単刀直入に言うけど、俺が神威にこの学校へ体験入学させた理由はカムイネットだ。最近、若い奴らの間でそういう雑誌が出回っているらしい」
「存じておりますわ。警察の方でも聞かれましたし」
「なら話が早い。早い話が、神威はこの学校の生徒と仲良くなって、カムイネットの最新刊を手に入れるつもりだ」
「そうですか。しかし、簡単にいくでしょうか?」
「まぁ、俺も難しいと思うんだけどね。この学校にまだ出回っている証拠もないし。だが、俺が気になったのはカムイネットより、あんたの生徒だ。殺されたナナミケイ、あんたの受け持ちの生徒だったんだろ?」
「そうですけれど」
 龍田は困ったような仕草をするが、その目は言うほど困っていなかった。
「ごめんなさい。うかつにベラベラと話すなと警察から釘を刺されておりますので」
「別に事件と直接関わりがなくてもいいんだ。普段はどんな感じの生徒だったかとか」
「教えられませんわ」
「ナナミケイ、ソノダユリコ、カワイユカ。この学校に通う三人の生徒が立て続けにカムイに襲われた。マスコミはこれを報じていない。警察に口止めされてるからだ。報道しているのは三流のカストリ雑誌。どうも異常な状況だよな」
「あなたに教える理由がありませんわ」
 龍田は笑顔を崩さない。自分の感情を完全に制御しているように見える。この鉄壁とも思える女をどう崩すか………。
 とりあえず何か話そうと思って、
「四人目の被害者が神威になるかも」
 と、言葉が出た。これには龍田も虚を突かれたようだった。口にした俺自身も自分の言葉に驚いた。
「ありえないわ」
 龍田が言った。
「どうしてそう思う?」
「犯人は死んだんでしょう? 風のうわさでそう聞きましたわ」
「河川敷で射殺された男の身元は未だに分かっていない。あいつが犯人だとは限らない」
「ふーん」
 龍田は肩の少し上まで伸ばした髪をかきあげて、足を組み替えて背もたれへもたれ掛かった。
「なぁ、龍田先生。殺された三人はどんな女の子だったんだ? 聞かせてくれないか」
「数が一気に三倍になってるじゃない」
「頼むよ」
「いいわ。その代わり」
 龍田が背中を椅子から離してこちらに迫る。たわわな胸の谷間が丸見えになった。笑顔の質が先ほどと違う。こちらが彼女の本性らしい。何となくそんな気がした。
「ミクモ村のことを調べて欲しい」
 それが龍田の要求だった。
「ミクモ村?」
 俺はオウム返しに応えた。
「そう、ミクモ村。公害によって無くなった村よ」
「どうして?」
 龍田は俺の疑問に微笑みで返す。
「あなたが賭金をつり上げたんでしょう? 調べてくれたらちゃんと、質問に答えてあげるわ」

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