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戦艦探偵・金剛~呪いの娘~⑩

 昼下がりの金剛探偵事務所、テーブルの上に置かれた二つの紅茶を前に金剛は項垂れていた。紅茶には砂糖もミルクも入れられていない。更に言えば、茶菓子さえなかった。
「プリース、五月雨………スウィーツ、プリーズ………」
 金剛が小さな声でそう言うと、五月雨は反対側のソファーで、
「駄目です!」
 と、断固とした姿勢を取った。
 金塊を発見した後の町内は、もう蜂の巣を突いたような騒ぎになった。誰も彼もが一目、金塊の山を見ようと慰霊碑の下へ押し寄せたのだ。
 金塊は地元警察の厳重な警備の下で、銀行の金庫へと運び出された。このことはすぐ、地元新聞どころか、全国紙の一面を飾る結果となった。テレビの取材も駆け付けて、町はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
 だがどの新聞も、ニュースも、金塊の発見に直接的な貢献をした金剛と五月雨のことについては一切、触れられていない。金塊の持ち主だる田辺貝蔵が、伊香を衆目に晒したくが無いための措置であった。もしも金剛と五月雨の名前を出せば、彼女たちは海岸線に現れる人影、ひいては伊香を探していたことが知られてしまうだろう。
 また、ダイオウイカの発見も、その方面ではちょっとした話題になった。喜久子の死についても、ダイオウイカの発見と並列して少しばかり語られる程度である。結局、金塊を発見したにも関わらず、金剛と五月雨がこの事件で得られたのは依頼人の遠山幸成から貰った二万円程度の依頼料のみであった。
 五月雨がそのことに関して金剛にたずねると、金剛はあっけらかんとした態度で、
「何言ってるネ、五月雨。財宝を探して、かつそれを発見するなんて経験は一生に一度もないことだヨ! いや、私も正直、金塊がまだあれだけの量を残しているとは驚いたデース!」
 と、高らかに笑うのであった。
 さて、その二人が何故、茶菓子もなく、ストレートの紅茶に向き合っているのだろうか?
 旅館『檸檬』に泊まった初日、金剛は帰るころには二人の体重が二キロ増えると推理した。結論から言うと、その推理は少し外れた。二人の体重は三キロも増えていたのだ。千鶴と伊香があの夜、お礼とばかりに大量のご馳走を振舞ったからだ。
「いいですか、先生。ここが正念場です。適正体重に戻るまで、おやつは一切禁止! 甘いものも駄目です! いいですね?」
「うう、あんまりデース………」
「紅茶自体はダイエットにいいんですから。せめて、檸檬を絞ってレモンティーにしてあげます」
 そう言って五月雨は、二人のカップにしぼりたてのレモン汁を加えた。
「紅茶がダイエットに良いって、それはカフェインの利尿作用で水分が抜けて、体重が減るように見えるだけデース」
 そう言いつつも、金剛は紅茶のカップに手を伸ばすのだった。

 事件直後のこと。
「お世話になりました」
 金剛と五月雨は、見送る千鶴たちに頭を下げた。
「いいえ、こちらこそお世話様でした。いつかまた、いらして下さいな」
 千鶴がそう言うと、二人は駅へ向けて歩き出す。千鶴たちも旅館へ引き揚げた。
 すると。
「ああ、最後に一ついいネ? チヅル=サン」
 金剛が千鶴を呼び止める。
「はい?」
「目の虹彩の色、特にブルーの色は主に瞳の中のメラニンという色素によって決まりマース。ですが、生まれたときはブルーでも、環境によって次第に暗くなっていくことがありマース。また、目の色が明るい人は、ちょっとした光でも眩しく感じるネ」
「金剛さん………」
「チヅル=サン、ゴロー=サンの気持ちに応えてあげるといいネ。この町にかけられた『呪い』は、もう解けたのデース」
 金剛がそう言うと、
「先生ー! 早くしないと電車に遅れますよー!」
 遠くから五月雨の声が響いた。
「それじゃ、シーユー!」
 金剛は手を振って、五月雨の下へ走った。その姿を見て、千鶴はそっと微笑むのだった。
                      
戦艦探偵・金剛~呪いの娘~ 了

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