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わたしがコツコツと階段を降りる音にひとつ下の階段の誰かの声が含まれていることを知った。

「子供のときの将来の夢ってなんだった?」
「えっと。わたしは何だっけ。あ!学校の先生だ。学校の先生になりたかったの。小学校の5年生のときの担任の先生が美人で優しくて大好きだったから、わたしもそうなりたいなって思ったの。」
「へぇ。何かそれって素敵だよね。」
「うん。でも、大人になって現実を見るにつれて夢も変わっていっちゃったけどね。」
「ぼくの夢はヒーローになることだったな。」
「ヒーロー?何それ。仮面ライダーみたいな?」
「そうそう。正義の味方になりたかった。」
「正義の味方かぁ。悪を懲らしめる正義の味方。それがヒーローってこと?」
「そうそう。だから、小学生の時は、よくいじめられている子を見つけると、駆け寄って行っていじめっ子を撃退してやったんだ。弱い者をいじめるなんて悪の所業だからね。」
「へぇ。勇気あるね。でもそれでそのいじめられっ子は余計にいじめられたりするなんてことはなかったの?」
「あったよ。いじめっ子は根性が腐ってるから。だから僕はさらに酷くその子がいじめられる度に行って、いじめっ子をやっつけてやるんだ。誰かをいじめることは悪いことだとそいつらに思い知らせてやらなきゃならない。」
「もしそれで更にいじめられっ子が酷い目にあうかもしれないって分かっていながらも?」
「大丈夫だよ。いじめられっ子には僕がついている。弱い者は必ず守る。悪を滅ぼすのが僕が信じる正義だよ。」
「…そっか。あなたは強いのね。」
「強くなきゃヒーローになんてなれない。」
「ねぇ、わたしのこと好き?愛してる?」
「突然どうしたの。もちろん、好きだよ。きみのことは世界一愛してる。」
「じゃあもし、誰もがわたしの敵になってもあなたは味方でいてくれる?」
「もちろんだよ。いつだってきみを守りたい。きみの味方だよ。」
「じゃあ…もし、わたしが罪のない人を殺してしまったとしたら?わたしが悪になったら?
あなたはどうするの?」
「…それでも僕は正義を貫くことをやめられないと思う。」
「そう。わたしは弱くて、そして悪なのよ。」
「でもきみは僕の愛する人だ。」
「わたしの正義はね、わたしが信じるものを愛することよ。だから、愛する人が悪なら、わたしはその悪を悪だと知りながら、でも守ることを選んでしまう。それがわたしの正義よ。」
ふたつの階段の足音は徐々に遠ざかっていく。
「僕は、もしも君が罪なき人を殺すならば、きみを悪だと思ってしまう。」
「だから、きみをこの手で殺すよ。」
冬空の真っ赤なグラデーションは砂時計のように地上へとサラサラと流れ落ちていく。
わたしの長く伸びた巨人のような影が白い壁にふいに写ってぞわりと肌が泡立った。
「そうしたら、僕も悪になれる。だって、愛する人を殺してしまうんだから。」
巨人のような影が辺りの闇に飲み込まれていく。
わたしは貫くことのうつくしさと恐ろしさを知った。

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