私のアパート業について

私はアパート業を行っている。

アパート業というのは、地味だ。古いアパートを1棟まるごと買って、入居している人の不満を聞いてそれを直して、なるべく長く住んでもらう。

アパートを7棟を買ってみて気が付いたのだが、私のやり方をしている大家さんは少ないようだ。なぜなら入居者さんが決まって「前の大家さんに言ったんだけど直してくれなくて。」と話を切り出すからだ。
今回は私がはじめて買ったアパートについて書いてみよう。

アパート業の原点

私が初めて購入したアパートは、木造2階建で築30年。7部屋あって、満室だった。1250万円で売りに出ていて、利回りが20%となっていた。

この時、私は31歳。サラリーマンを辞めて会社を立ち上げたばかりだった。

私にはこの物件がとんでもないお宝物件にみえた。当時読んだ不動産の本では利回り15%以上を探そうと書いてあった。
更に現状満室となれば、買った瞬間に成功が約束されている物件だと思った。

が、手持ちのお金は数万円しかなかった。
私は自分の給与の振込口座のある銀行に資料を持ち込んだ。これほどのお宝物件なら全額銀行で貸してくれるのではないか。

融資担当者は物件の資料をみて「正確には詳細な資料が必要ですが自己資金が400万円くらいあれば検討できます。」といった。

「詳細な資料というとどんなものですか?」と私が聞くと「物件の全部事項証明書や固定資産税のわかるもの、地積測量図や公図ですね。」と担当者はいった。どれも初めて聞くものばかりだった。

私は平静を装って銀行から出てきたが、内心は絶対無理だと落ち込んでいた。400万円なんて大金はみたことがなかった。
その日は眠れずにいろいろ考えた。
ずっと貧乏サラリーマンでどんなに残業をしても年収は200万円くらいだったので自分の年収の倍を用意しろというのだ。
立ち上げたばかりの会社もまずは借金の返済を目指さなくてはならず余裕はなかった。

何度か実家の父親の顔が浮かんだ。
父は一流企業のサラリーマンで年収も一千万円近くだったが、父との関係はうまく行っていなかった。

長男である私は教育熱心な父に反発をして、大学にはいかず絵の専門学校に入学した。

父の言った通りろくな会社に就職もできず、ずっと苦労をしていた。今更、父にお金を貸してほしいなんてどの面下げていえるだろうか。

会社を立ち上げたが先行きは全く見えず、結婚はしたが、家も車も子供も無理そうだった。ぐるぐると考えているうちに朝になった。だめかもしれないが、父親に頭をさげてみようと思った。それ以外にできる方法はなかった。

父との対話


妻と一緒に実家を訪れた。
父の実家は、車で片道2時間半。

タイル張りの戸建てで周りの家よりもワングレード上といった印象だった。

私の借金の申し出に父は不機嫌になった。
私も妻も何時間か説教をされた。特に父の助言に従わず、大学に行かなかったことを何度も責められた。
まったくの正論ばかりで、私の申し出は自分勝手で都合の良いものだった。

説教の後、何分間か沈黙があった。

父はいくつかの条件を果たすなら、貸してやってもよいといった。

その条件とは
「お前に貸すのはこれが最後で二度とない。」
「借用書を書き、もし一度でも返済が遅れたら、アパートを売って全額返済すること。」
「(休職していた)妻もパートにでて働いて借金返済が滞らないように努力すること。」
などだ。

父の条件は情にあふれた優しいものだった。
さらに金利も不要だという。

私と妻は父に感謝を伝え、翌日銀行に向かった。
銀行は地方銀行と信金と国民政策金融公庫の3つに行った。

信金と国民政策金融公庫は融資出来ないと返事があったが地方銀行は条件付きで融資できると言われた。
条件は私の父と妻の父が連帯保証人になる事だった。諦めるべきか迷った。

私のアパートのために連帯保証人になってくれと頼んでも良いのだろうか。
妻に相談すると、まずは妻のお父さんに相談してみようと言われた。

妻のお父さんは話を聞くと、いいよと即答してくれた。私は断られるか、しばらく考えさせてくれといわれるかのどちらかだろうと覚悟していたので、大変驚いた。
理由は私の事を信頼してくれているからだという。絶対に信頼を裏切ってはならないと心に誓った。

父へのさらなるお願い

銀行の条件は二人の連帯保証人である。

私は一人で実の父のところにむかった。
父にこの前のアパートの件だけど、と切り出した。

連帯保証人になってくれないかと頼むと父は「それはだめだ。」と即答した。

「結局お前の信用がないから、連帯保証人が必要といわれるんだ。」
「コツコツと頭金を貯めて、年収もあげて、保証人なしで買えるようになってから買えばいい。アパートなんていつでも売っている。」
父の言うことは正論だった。

私の年収では、生活するのが精いっぱいだったので、コツコツと頭金を貯めるには10年以上はかかるだろう。その時には41歳。そしてアパートの返済が終わるころは50代、私の生活力では子供を持つのは難しいと心の中で考えた。

私と父の間に重苦しい空気が流れた。

「向こうのお父さんだって連帯保証人にはなってくれないと思うぞ。」と父はいった。

「向こうのお父さんは連帯保証人になってくれるって。」と私は力なく返事した。
またもや沈黙が流れた。どのくらい沈黙があっただろうか。

最終的には父は「もう二度とこういうことはしないからな。」といって保証人になってくれることを承諾してくれた。

こうして私は、父から借りた400万円を頭金、銀行からは諸経費も合わせて870万円を借り、実父と義理の父の両方の連帯保証人をつけてようやくこのアパートを買った。

50万円の値引きが通って1200万。毎月の家賃収入は21万円だった。
父への返済は月6.7万円。銀行への返済は11万円。何も起こらなければ毎月3.3万円のプラスのはずだった。父には5年で、銀行へは8年で返済することになっている。

アパートを一棟買えた事に私は有頂天になっていた。これで貧乏生活を脱出しお金持ちになれると思ったのだが現実は甘くなかった。

現実のアパート経営

アパートを買って3週間くらいした頃に一人の入居者さんから部屋を出たいと電話が来た。

実はアパート契約時の説明で、一人いずれ引越ししたいという人がいると聞いていた。
まさかひと月もせずに退去とは思わなかった。

その部屋の家賃は3万円だったので、これで毎月三千円しか手元に残らない。もしも、もう一人でも退去になったら完全に赤字だ。

父に何度も頭を下げ、信頼しているといってくれた義理の父になんていえばいいのか。
あと最低でも5年、できれば8年間、これから退去しないなんてことはあるのだろうか。
私の心臓は不安で押しつぶされそうだった。アパートを買って安心したかったのに、借金の不安でまた眠れなくなった。

そんなある日。

私の携帯に着信があった。

電話はごそごそという擦れる音と、しぼりだすような声で聴きとることが困難だった。何度も聞き返し、ようやくアパートの入居者さんだとわかった。

一階のお部屋に住む40代の女性でご病気で生活保護を受けている方だった。

何度も何度も聞き返してどうやら
「ドアノブがこわれた」
と言っているような気がした。
そこで「ではすぐに工事業者さんにいってもらいますね」と伝えると「おねがいします」といわれた。

修理代金はたぶん5000円くらいだった気がする。
修繕費用は痛いが退去されるよりはマシだと自分に言い聞かせた。

そのひと月後くらいだろうか。

またこの女性から電話をいただいた。
どうやらまたドアノブが壊れたといっている。
私は「前と同じドアですか?別のドアですか?」と聞いたが何と答えられたか聞き取れなかった。

仕方なく、また工事業者さんにいってもらったところ、また5000円くらいの修理代金の請求がきた。
初めてアパートを買ったのでドアノブが壊れることが普通なのか、どうなのかもよくわからなかった。

さらにひと月後にまた電話がきた。
やはり「ドアノブが」とお話されている。

私は馬鹿にされているのかもしれないとすら感じたが「わかりました、すぐに業者さんに行ってもらいますね。」と伝えた。
こんな事をしていたら完全に赤字になってしまう。原因を突き止めなければいけない。

私は工事業者さんに、なぜドアノブが壊れるのかを聞き出してほしいと依頼をした。

数日後、工事業者さんから電話をいただいた。
「〇〇さんは部屋の中を這って移動していて、トイレにいく時にドアノブにつかまって起き上がるみたいなんです。」と教えられた。
私は正直ショックを受けた。

わざと壊しているのでは、疑ってすらいたのに実際は違ったのだ。

「なにか良い方法はありますか?」と工事業者さんに聞くと、部屋の何か所かに手すりを付ける方法を提案された。
値段を聞くと3万円くらいとのこと。
私はすぐに工事を依頼した。

数日後、この女性からはしぼりだすような声で「ありがとう」といわれた。

そうか、これがアパート業なのかと理解をした。

アパート業は銀行と交渉して金利を下げて通帳に記載される家賃を眺める事ではなく、一人一人の生活を快適に維持し少しずつ向上させていく努力をする事なのだ。

一棟目の反省

この最初のアパートは、最初の5年間は全くお金が残らなかった。退去した部屋に入居が決まり満室にもなったが、入居があれば退去もあり。
同じ月に2人退去になって慌てたこともあった。
5年たって父への返済が完了すると、ちょうどその分(毎月6.7万円)だけ手元にお金が残った。

よく銀行では頭金は2割くらい用意してくださいといわれるが、その通りなんだなと思う。
利回りが15-20%程度で5-8年くらいの返済をしているとほとんどお金が手元に残らない。

しかし、返済が終わってしまえば毎月15-20万円ほどが手残りとなった。
さらにこの物件は14年所有して1050万円で売却した。
返済は全部完了していたので手元に約1000万円の現金が振り込まれた。

いま、もしも当時の自分から「買ったほうがいいか?」と質問されたら「絶対に買え」とアドバイスをする。
なぜならこの物件がすべての原点となり、その後のアパート拡大につながっていくからだ。

すると当時の自分はもう一つ質問するだろう。
「いまはアパートを買うのはやめた方がいいといわれているが、どうなんでしょう?」と。

信じられないことだが、今では考えられないほどの「買い相場」の好機だったこの頃でさえ「いまはやめとけ」という人だらけだった。
当然私の答えは「絶対に買え」で変わらない。

2018年のスルガショック以来、銀行の融資は厳しくなり、副業を解説している動画でも不動産はオススメしないとされている。
もちろん今後どうなるのかは誰もわからないし、日本の人口が減っていくのも事実だ。

今の自分も実は10年後の自分に質問をしたい。

「いまはアパートを買うのはやめた方がいいといわれているが、どうなんでしょう?」と。

アパート業の未来

なにもしなくても入居者が決まるという時代も終わりつつあるが、ほかの業種と比べるとどうだろうか。飲食店だって、小売店だって、運送業だって、スマホ業だって、全部そうじゃないか。
時代は顧客本位にどんどん進化していく。

アパートも外国人向け、障がい者向け、高齢者向け、ショートステイ対応などもあれば、IoT設備の導入など進化させるべきポイントは山ほどある。
アパート業にだって、きっと改善していける余地があるはずだ。

このためには、やはり顧客の声に耳を傾ける必要がある。
今アパート経営をする人のほとんどは管理会社に管理を委託し、重要な内容だけが報告されていると思う。

確かに手間もかからないし効率的だ。
しかし、一番重要な顧客の声を収集する力が弱まる。入居されている方が何を思い、何を感じて生活されているのかを知る事は簡単にはできないと思うが、何気ない会話の中に潜在的なニーズや不満、改善点のヒントが隠れている事も多い。

アパートがこれからの時代を生き抜くには、顧客の声にいかに応えていくのかに係っているのではないだろうか?

10年後の私はきっとこう答えると思う。

「与えよ、さすれば与えられん。」と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?