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【番外編】『ドックベストはむし歯を削らずに治せるすごい治療法って本当?』

以前トンデモ医療と戦う某団体からドックベストセメントを使用した治療法に対する検証依頼頂いた記事です。団体のホームページが閉鎖となったため、こちらにて再掲致します。

執筆:ウサギの歯医者さん先生@kusagi23
チェック:2名以上のトンデモ歯゛スターズメンバー
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トンデモ歯゛スターズ的結論

ドックベストセメントは学術的根拠に乏しく、一般に行われているむし歯の治療法より優れているとは決して言えない。それにもかかわらず、専門家である一部の歯科医師までもが「むし歯を削らず、殺菌して治す夢の治療法」などと誇大に情報発信しており、注意が必要である。

参考としたエビデンス
Thneibat A, Fontana M, Cochran MA, Gonzalez-Cabezas C, Moore BK, Matis BA, Lund MR. Anticariogenic and antibacterial properties of a copper varnish using an in vitro microbial caries model. Oper Dent. 2008; 33: 142-8.
https://www.accessdata.fda.gov/cdrh_docs/pdf3/K031494.pdf

③う蝕治療ガイドライン第2版,日本歯科保存学会
④https://spee.hatenablog.com/entry/docsbestcement
https://sakisiru.jp/20913
https://note.com/sho_x/n/nfc0c6e3d3e4b


1.まず、ドックベストセメントとは

「むし歯を削らず、殺菌して治す」などと、まるで夢の万能治療法であるかのような謳い文句で紹介されるドックベストセメント。
 インターネットの検索上位に挙がってきたあるサイトでは「セメントを虫歯部分に塗ることで、従来のむし歯治療のようにむし歯を削ることなく、殺菌してむし歯を治す事が可能」などと記載されていました。もしかしたら、むし歯治療法の一つとしてみなさんもお聞きになったことがあるかもしれません。少し調べ進めてみると、19世紀にアメリカの歯科医師John Henry Holidayが提唱した治療法のようです。

2.学術的根拠に乏しい

 世界中の学術論文が検索できるPubMedサイトで、執筆日時点において「Doc’s best cement」でヒットしたのは2008年の論文(1)のみでした。論文タイトルにもあるように、『in vitro』といって実験室で行われた研究の報告で、動物実験ですらありません。ちなみに、日本の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)でドックベストセメントは承認されていませんので、使用するなら個人輸入という形になるのでしょう。一方、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)では承認を受けている(2)ものの、適応はクラウン(被せ物)やインレー(詰め物)、矯正装置などの接着材、あるいは裏装材(むし歯が大きい場合に、歯の神経を保護するための材料)としてであり、決して「むし歯を削らず、殺菌して治す」ために用いるとは記載されていません。私たち歯科医師が臨床において参照する治療ガイドライン(3)にも本治療法の記載はありません。同様にエビデンス不足を指摘した記事は他にもありますので、併せてご参照ください(4)。
 通常、臨床的な治療法として確立しているものは、例えば類似の治療(比較的大きな虫歯の治療)に用いられることがあるMTAセメントを例に取ると、世界中で治療成績などのエビデンスが蓄積されており、PubMedなどで検索できます。国内でも複数のメーカーから入手可能で、もちろん医療材料として承認も受けており、必要な情報を得ることができます。また、要件を満たせば健康保険が適用される治療法でもあります。

3. トンデモ歯゛スターズ的見解

これらを鑑みると、ドックベスト治療法は学術的根拠に乏しい治療法であるにもかかわらず、それを理解していない歯科医師の誤ったブランディング手法のひとつになっているように見受けられます。
おそらくその理論展開としては、

①通常のむし歯治療法だと歯を大きく削らなければならないし、歯の神経の治療(根管治療)が必要になることもある。
②ドックスベストセメント法なら歯を削らなくてもいいし、殺菌して歯を修復してくれるので歯の神経を温存できる

といったところでしょう。

①については、言葉のニュアンスの問題もあるでしょうが、歯科医師の間ではすでに削る量を最小限にとどめるという概念が浸透した昨今において正しいとは言えません(5,6)。(他にトンデモ歯゛スターズ関連記事もページの下部にありますので、興味がでた方はぜひどうぞ。)
むし歯部分の切削がまるで悪であるかのように誤解を招く印象を与え、患者に「削られる」不安を過剰に喧伝しているかのようにも見えます。実際、本治療法に関する問い合わせを受けている歯科医院も多くあるようです。また、インターネットで検索するだけでも、本治療法をあたかも効果の高いものであるかのように誤認させかねない情報発信、あるいは実際に治療行為として行っている歯科医師も少なくないようです。

当該歯科医師の行為が詐欺に当たるかどうかの判断は司法の専門家に委ねるとして、前述のように、薬機法の未承認材料を適応外使用するなら、そのリスクを十分に説明した上で同意を得る必要があり、もし健康被害が出てしまった場合の対応等も説明しておかなければならないでしょう。

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https://note.com/moody_dent_info/n/n5a39d9fb5950

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