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【番外編】『歯を削らなくても詰めるだけでむし歯を治せる魔法の薬があるってホント?』


 以前、某団体から「ドックベストセメント(むし歯を削らず、薬をつめて殺菌して治すと謳い文句で紹介されやすい治療方法)」についての記事のご依頼があり、その記事作成の過程で編集担当の方から「むし歯の治療について詳しく教えてほしい」というご希望をいただきました。
 そこで、ドックベストを推す方々が目の敵のように「削る」治療とおっしゃる従来の治療法について、新しい概念を含めてご紹介します。


執筆:ウサギの歯医者さん先生@kusagi23 
チェック:2名以上のトンデモ歯゛スターズメンバー
(見出し画像:はりぃ先生@harunezumi_i)

トンデモバスターズ的結論

むし歯は自然治癒することがなく(初期う蝕を除く)、治療法としては、むし歯になった部分を「削る」、そこへ人工材料を「詰める、被せる」方法しかない。ただし、最近はこの「詰める」材料のくっつき方(接着性)や強度などの物性が改良され、「削る」方法が変わるまでに変化し、削ることを最小限にとどめようという考え方が広まりつつあるという点において、治療法は進化してきている。

参考にしたエビデンス

FDI STATEMENT: Minimal Intervention in the Management of Dental Caries; Adopted by the FDI General Assembly: October 2002, Vienna

-むし歯の治療法

 むし歯は自然治癒することがなく、放置するとむし歯の穴は大きくなり、ついには激しい痛みが生じる病気であることは、おそらく多くの方がご存知でしょう。
 はじめにお断りしておきますと、ここでは初期う蝕以外の治療が必要なむし歯のお話をします。むし歯の治療法は、むし歯になった部分を「削る」、そして人工材料を「詰める・被せる」ことです。近年はこの「詰める」材料の接着性や物性が改良され、「削る」方法を変えるまでに至り、削ることを最小限にとどめようという概念が浸透しつつあります。これを最小限の侵襲ということでminimal intervention (MI) と我々は呼んでおります。従来なら近接する健全な歯を削る必要があった(これを予防拡大と呼びます)のですが、詰める材料の進化により、大きく削る必要がなくなるケースが出てきたのです。

-Minimal intervention (MI) とは

 少し横道にそれますが、MIについてご説明します。
国際歯科連盟(Fédération dentaire internationale; FDI)が提唱した MIの概念は、生体への最小限の侵襲という点でむし歯の治療法に劇的な変化をもたらしました。
2000年に初めてFDIが提唱したこの概念は、2002年の国際歯科連盟世界会議の総会において、う蝕(むし歯)管理の原則に関する公式声明として新たに採択されました。この原則には、う蝕病原細菌の削減、感染予防や糖質の摂取削減などが含まれます。さらに、歯科医療者サイドからの一方向のアプローチだけではなく、患者への教育によって得られるプラークコントロールや食習慣の改善といった患者の自発的なセルフケアも同じく重要と位置付けられたのです。

 声明が出されて以後、歯科医療者の間にMIの概念が浸透していった結果、従来の「削って詰める」むし歯治療から、最小限の介入あるいは最小の侵襲で治療を行い、再発を防ぐために注力する歯科医療者が増え、医療制度側からもこの流れを後押しするよう今日まで変遷を続けています。

う蝕(むし歯)管理の原則

1.Modification of the oral flora:口腔内細菌叢の変容
2.Patient education:患者教育
3.Remineralisation of non-cavitated lesions of enamel and dentine:エナメル質および象牙質における非う窩性病変の再石灰化
4.Minimal operative intervention of cavitated lesions:う窩性病変への最小の侵襲による修復処置
5.Repair of defective restorations:不良修復物のリペア


FDI STATEMENT: Minimal Intervention in the Management of Dental Caries; Adopted by the FDI General Assembly: October 2002, Vienna


ちなみに、本記事で論じているむし歯を削ることに関するのは4つ目の項目です。

-MIの概念が浸透する過程において

 さて本題に戻りましょう。
MIの概念が浸透する過程において、従来なら王道であった予防拡大が次第に悪者呼ばわりされるようになってきました。正確にいいますと、「MIの原則に則った材料で詰めることができる歯(むし歯)を、従来の材料で詰めるように大きく削るのはよくない」のです。
 ところが、これを発信者が都合よく端折ってしまうと、「歯を削るのはよくない」となってしまうのです。「歯を削るのはよくない」、……そうですよね、(健康な)歯を削るのはよくないことです!そして、この言葉遊びにさらにつけ込むのがドックベストです。「歯を削らない」を誘い文句に、削らずに大きなむし歯でも治せますなどとまるで魔法のような治療法が宣伝されていますが、トンデモに絡め取られないようお気をつけください(ドックベスト治療については、別記事をご参照ください)。

-さいごに

 先ほど述べましたように、切削の対象となるむし歯の治療法は、現段階で削って詰める方法ただ一つです。削らなければむし歯は取り除くことができませんし、決して自然治癒することはありません。また、余談ですが、「削れば削るほど歯医者が儲かる」などとお言葉をいただくことがありますが、これも決して正しくありません。いくら大きく削っても治療費は一定ですし、大きく削るほど歯科医師の労力は大きいですから、むしろ逆と言ってもよいほどです。
 読者の皆さまにおかれましては、どうか甘い言葉に惑わされず、あなたの歯を大切にしてくれる歯科医院をお選びください。

トンデモ歯゛スターズの活動は、基本的に全てボランティアで行っております。本活動を持続可能なシステムにしていきたいと考えておりますので、是非ご支援いただけると幸いです。